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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第五章 エイセルの街
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52

「⋯⋯それはこの部屋を取り囲んでいる人たちについても説明して貰えるということですか?」


 アーティスはこの部屋に入ってから周囲を囲まれていることに気がついていた。


「すまねぇ。アリアの薬代のためだったんだ」

「何が原因かわからなかったのにですか?」

「ああ。だが体力を定期的に回復させなければアリアはすぐに衰弱してしまう。仕方がなかったんだ。名医と呼ばれる医者何人にも診せた。効果があるかもしれないと言われた薬は全て試した」

「⋯⋯その結果が今のこの状況ですか」

「すまねぇ」


 ジャンは再び頭を下げた。


「仕方がないですね。次はありませんからね。僕だったから良かったものの、人によれば死んでしまったかもしれないんですよ」


 アーティスは深く溜息を吐いた。


「ドアの向こうに2人か。『風よ、彼の者らを拘束せよ、《ウィンドストーム》』」


 本来なら強風を起こし攻撃する魔術を応用して、アーティスは扉を塞いでいた小柄な男2人を捕らえた。そしてそのまま部屋の中に運ぶと、武器を取り上げながら一人一人縛っていった。

 残った者たちはそれを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「魔術師?」

「はい。⋯⋯騙したようで申し訳ないですけど、魔術師で新米冒険者のアーティスと言います」

「えっ? でもその格好は?」

「私服ですよ? 僕も年がら年中冒険者をやっているわけではありませんし」


 どこか納得できないようだったが、ジャンはそれ以上何か訊いてくることはなかった。


「お兄ちゃんすご~い!」

「ハハハ、ありがとう。でも僕なんてまだまだだよ。⋯⋯同じパーティーに僕より強い女の子がいるしね」

「そうなの?」


 アーティスは自分で話していて、精神的にダメージを負っていた。


「それよりもアリアさんの病気なんですけど、僕よりも詳しい人がいるので、これから一緒にその人のところに行きませんか? あっ、途中で詰所にこいつらを引き渡さなければいけませんけど」

「⋯⋯その人のところに行けばアリアは治るんだな?」

「僕の見立て通りなら」

「⋯⋯話はわかったが、アリアも連れていかなきゃダメか?できれば動かしたくないんだが」

「それなりに身分が高い方なので、精神衛生上、止めておいた方が良いと思います」

「⋯⋯わかった」


 ジャンは頷くとアリアを横抱きにして持ち上げた。


「すまないが、マリンも一緒で構わないか? 一人にするのは不安なんだ」

「大丈夫です。⋯⋯あっ、これから会う人と僕のことは口外しないようにお願いできますか?」

「それぐらいなら問題ないぜ。約束する」

「ありがとうございます。それでは行きましょうか?」


 アーティスは捕まえた2人を風で持ち上げ、それを抱くようにして歩き出した。

 傍から見れば、アーティスは恐ろしい力持ちの男に見えた。


◇◆◇


 他の4人が部屋を出ていくと、アルフォードは執務机に目を向けた。


「どれがまだ終わっていない書類だ?」

「向かって右が確認済み、真ん中が未処理、左が保留のものです」

「保留?」

「私では処理ができない領主の印が必要なものです」

「ああ、なるほど。俺はそれからやれば良いのか?」

「はい、お願いします。それと、口調が素に戻っていますよ?」


 レインは楽し気に笑った。


「良いだろ、別に。他に人もいないんだし」

「そういうことにしておきますね。⋯⋯それにしても珍しいですね。アル様があれだけ素に近い状態で接しているなんて。我が目を疑いましたよ」

「それは言い過ぎじゃないか? あれは⋯⋯最初はいつも通り接していたんだ。一緒に過ごしているうちにだんだんな。⋯⋯そう言えばエリンが呼んでいたぞ?」


 アルフォードは誤魔化すように言った。


「本当ですか? 多分この件に関する話だと思うので、すぐに行ってきますね。後はお願いします」


 レインはそれだけ言って、部屋から足早に出ていった。


「そんな気はなかったんだがな⋯⋯」


 ポツリと呟いた言葉が部屋に響いた。その言葉は誰に向けたものだったのかはわからない。レインに向けてだったのか、自分自身への言葉だったのか、それとも別の誰かか⋯⋯。

 アルフォードは頭を軽く振って気持ちを切り替えると、執務机に座り、書類に目を通していった。


「⋯⋯条例の見直し案か。考えたな。街で犯罪が起きるのが防げないなら、法で縛るということか。確かに抑止力にはなるだろうが、気をつけなければ住人からの反発を受け兼ねん。⋯⋯これは後回しだな。⋯⋯何だコレ?」


 声に出しながら処理を進めていくと、おかしなものが紛れ込んでいた。


「大規模な菓子工房建設計画? 公共事業として進めていくだと? どこの書類だ、これは」


 アルフォードが書類の最後を見ると、貴族院代表アレリーナ・オルコットと書かれていた。


「あいつか⋯⋯」


 アルフォードはその名前を見て頭を抱えた。

 第四王子直轄領──マイエルでは議会制を採用している。各街は能力に秀でた代官が治め、全体に関わるようなことは議会で話し合って決める。議会では貴族で構成された貴族院と一般庶民で構成された庶民院があり、両議会で意見が食い違った時のみ領主であるアルデヒドのところに書類が送られてくる仕組みだった。

 貴族院では私利私欲に忠実な者が多いため、こういったことが比較的多くある。また、庶民院の出した案を跳ね除けることは当たり前となっており、アルフォードの頭を悩ませていた。

 なお、この決まりを破った場合は誰であれ私財を全て没収の上奴隷に落とされることになっている。そのため、貴族が好き勝手するというような、最悪な事態だけはなんとか回避することができていた。


「却下と」


 アルフォードは不承認の印を押すと、処理済みの書類に加えた。

 書類の山を少しずつ減らしていき、最初は数百枚はあると思われた山が三分の一ほどになった頃、レインが帰ってきた。


「やはり今回の事件についてでした。冒険者ギルド側は今回の事態を重く捉えて、事件を起こした者の冒険者ギルドから除名、程度の低い者に関してはGランクへの降格処分にするそうです」


 レインは部屋に入るなりそうまくし立てた。


「えっと、それはどれぐらいのことなんだ?」


 アルフォードにはそれがどれぐらい凄いことなのか理解できなかった。


「通常でしたらギルドからの除名処分は殺人を犯した者にのみ降されます。通常なら精々ギルドランクが一つ下がるか、特に何も処分をされないことも多いですね」

「⋯⋯なんだそれは。あり得ないだろう?」

「その通りなんですが、裏で色々事情がありまして⋯⋯」


 レインは言葉を濁した。


「どうせ権力争いとかその手のことだろう?」

「⋯⋯おっしゃる通りです」


 ギルドマスター、もしくはギルド長と呼ばれる者たちは権力争いには興味がなく、この手のことに頭を悩まされていた。処分をしようとしても、幹部たちが何かと過去にそのようなことをした者はいない、前例がないと、何かしら言いがかりをつけてきて何もできない。そしてギルドが何もしないので冒険者たちも増長する。悪循環だった。

 毎年年度末に行われるギルマスたちの会合でもこの件は問題になっており、最後は皆で愚痴を言い合って終わるのがこの十数年の恒例となっていた。


「サブギルドマスターがそれぞれの支部に3人いることはご存知ですか?」

「いや、初耳だ」


 アルフォードはてっきりサブギルマスも1人だと思っていた。


「その3人が権力争いをしているんです」


 レインは溜息を吐いた。


「少しでも自分の利益になるようにそれぞれが画策した結果が今のギルドマスターが動けなくなっている状態です」

「そ、それは⋯⋯何というか」


 アルフォードは言葉に詰まった。


「今ギルドマスターたちの間で、サブギルドマスターを減らすかどうかの会議が極秘裏に行われています。決定されるのも時間の問題でしょう」

「⋯⋯すぐに可決されそうなものだが、それはサブギルマス対策か? 文句を言う奴もいそうだしな」

「その通りです。つまり今を乗り切れば近いうちにこのようなことは起こらなくなるでしょう」

「そうか。⋯⋯そう言えばこんなのがあったんだがどう思う?」


 アルフォードが見せたのは先ほどの条例の見直し案だった。


「これは⋯⋯ギルドマスターの動きを考えると一時保留が妥当だと」

「だな」


 レインも椅子に座り、書類に目を通し始めた。


コンコン


 書類仕事を再開してすぐに部屋のドアが叩かれた。


「失礼します」


 入ってきたのはこの屋敷の警備をしている兵の1人だった。


「どうしました?」

「それが⋯⋯街の警備兵が、レイン様の知り合いだと名乗る男を捕らえたと言っていまして。どうも人攫いだと思われたらしく⋯⋯本人は否定しているそうなんですが。確認をしてもらいたいと」

「わかりました。すぐに行きます。⋯⋯というわけでちょっと行ってきますね。仕事が進まなくてすいません」

「気にするな」

「できるだけすぐに戻りますから」


 レインと兵が出ていくと、アルフォードは重い溜息を吐いた。


「何をやってるんだ? アーティスのやつ」

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