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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第五章 エイセルの街
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51

 時は少し戻る。


 アーティスはマリアたちのようにどちらかと裕福で、お金を持っていそうな商人風の服に着替え、街を歩いていた。


「なんで僕が⋯⋯」


 アーティスは今のこの状況が若干不愉快だった。


「いつも皆僕のことなんて忘れてるくせに⋯⋯」


 普段は皆の影に埋もれ、厄介なことが起こった時だけ皆に思い出される。早い話が、貧乏くじを引いていることが不満だった。

 それでもこうして皆に協力して街を歩いているのは、生来の生真面目さからだった。


「こうなったら、すぐに終わらせてやる」


 アーティスは心に決めたが、彼は知らなかった。4人の中で一番厄介なのは、なんだかんだ言って、窃盗事件だということを。

 一番被害件数が多いのが窃盗であり、それは他の2つに比べ、出来心で行ってしまいやすい。それ故に犯人も多く、警備兵も苦労している。


 アーティスはぶつくさ言いながら露天を巡り、いつの間にか警備兵の詰所の一つの前に来ていた。


「あれ? どうしたんだ?」


 何かあったのか、詰所では警備兵が引切り無しに出入りしていた。


「何かあったんですか?」

「んっ? ああ。あの人が子どもが攫われるのを見たといっているんだ。今裏付けを取っているところだ」


 そう言って指し示された場所には、小汚い格好をした中年男性がいた。


「子ども?」

「ああ。なんでも10歳前後の赤髪の坊主と、同い歳ぐらいの女の子だそうだ」


 その特徴に、アーティスは覚えがあった。


「もしかして女の子は肩よりも若干下までの銀髪に蒼い目か?」

「あっ、ああ。お前さんの知っている子か?」

「ええ、まぁ」


 アーティスは曖昧に頷いた。


「うん? 知り合いが攫われたかもしれないにしては、いやに落ち着いているな。まさか犯人の一味か⁉」

「ち、違います!」

「ちょっと中で話を訊かせて貰えるか?」


 アーティスは必死に否定したが、警備兵に有無を言わさず連れていかれた。否定するところが身に疚しいことがあると思われたようだ。


「だから違うって! 離してくれ!」


 結局身の潔白を証明をするために、領主邸に人を走らせ、レインが訪れるまでアーティスが解放されることはなかった。

 どこまでも哀れなアーティスだった。


「ご迷惑をおかけしてすいません」

「いえ、気にしないで下さい。私は仕事が残っているのでもう戻りますね」

「はい、ありがとうございました」


 アーティスは解放してもらえると、レインに礼を言って再び歩き始めた。


 大通りをのんびりと歩いていると、後ろから一定の距離を取ってついて来る者がいることに気がついた。


「流石に人目がつくところでは何もしてこないか⋯⋯」


 アーティスは何気なさを装って、路地に入っていった。


「⋯⋯面倒だな」


 アーティスは深く溜息を吐いた。

 大通りからある程度離れると、尾行者は足早になり、距離を詰めてきた。


「おい! お前」

「何ですか?」


 アーティスが振り向くと、20代半ばの、まだ若いと言っても良いぐらいの男性が立っていた。


「その格好、それなりに稼いでいるんだろう?」

「えっ? ええ、まぁ」


 少し想定外な質問をされ、アーティスは一瞬戸惑ったものの頷いた。


「そんな旦那を見込んでお願いがあるんだ!」

「お願い、ですか?」

「ああ。俺は隣のベルジュラック公爵領の住人だ。いや、元と言った方が良いな」

「それで?」

「理に聡い商人なら知っているだろ? 最近公爵領の税金が上がったんだ。俺はそのために家族とこの街に逃げてきたんだ」

「で?」


 なかなか本題に入らないことに、アーティスは苛立ってきた。


「無理を承知で頼む! 殆ど着の身着のままで、金がもう殆どないんだ! 雇ってくれ! なんでもする! お願いだ!」


 男はそう言うと地面に土下座した。


「⋯⋯一つ訊いても良いか?」

「なんでも訊いてくれ!」

「なんで僕なんだ? 商人なら他にもいるだろう?」

「他の商人にはもう頼んだ! だが、俺と同じようにこの街に来たばかりの奴らが色々と問題を起こしたとかで、皆信用できないと断られた。もう旦那しかいないんだ!」


 アーティスは悩む素振りを見せた。とは言っても、それは振りだけで、もうどうするかは決めていた。


「⋯⋯そうだな。あなたの家族に会ってから決めても良いか?」

「勿論だ!」


 男はその言葉に顔を輝かせた。

 アーティスとってこれは半分賭けだった。男の話が全て真実かどうか。真実なら良いが、もし偽りが混ざっていた場合、この男が本当に悪なのかどうか──家族を人質に取られて無理矢理やらされている可能性もある。それを見極められるか、アーティスにはその自信がなかった。

 男はジャンと名乗った。

 ジャンに案内されたのは街外れのぼろ宿だった。


「ここが泊まっている宿だ」


 アーティスにはそこが人の住むような建物には見えなかった。

 警戒心を強めながら、アーティスはジャンの後に付いて中に入っていった。


 ジャンに付いて行くと、周囲の部屋の中で、よりぼろい扉の前で止まった。


「この部屋だ」


 促され、中に入ると、そこには20代前半の女性と、5歳ぐらいの女の子がいた。女性の方はどこか悪いのか、顔色が悪かった。


「お父さん!」


 女の子はジャンの姿を見て笑顔になった。


「あなた! ⋯⋯コホコホ」


 女性の方も気づいたが、すぐに咳き込み始めた。

 ジャンは慌てて女性の背をさすり始めた。


「大丈夫か?」

「ええ。それよりも見苦しいところをお見せして申し訳ないわ」

「いえ、大丈夫です。⋯⋯どこか悪いんですか?」

「心配をおかけしてごめんなさいね。どこが悪いとかではないのだけれど⋯⋯」

「アリアは生まれつき体が弱いんだ」

「生まれつき、ですか?」

「ええ」


 アーティスはどこか釈然としないようだった。


「まさか魔咳病か?いや、でも生まれつきなら魔力病の可能性も⋯⋯」


 アーティスはこの症状の病に心当たりがあった。

 魔咳は感染しても発症することが少ない珍しい病だ。症状としては咳があげられるが、他の病気と併発することも多々あり、見極めが難しい。咳によって徐々に体力が奪われていく。一般に体が弱い者がかかる病気と言われている。確実な治療法は見つかっておらず、ポーション類で体力を回復させる延命治療しかない。

 魔力病は魔咳病に似た病だ。こちらは生まれつき魔力が高い者が患う。自身の魔力が体を蝕んでいく。こちらは治療法も確立されており、定期的に魔力を体外に排出することで治る。ただ、一般庶民には知られておらず、医者には体が弱いだけだと言われ、匙を投げられることも珍しくない。酷い時には命にも関わる。


「魔力病? 何だそれは?」


 ジャンはアーティスの呟きを聞き逃さなかった。


「知らないのも無理はありません。珍しい病気で、あまり知られていないですから」

「医者は病気ではないと言った。医者でもないお前がなんでそんなことが言える?」

「言ったでしょう? あまり知られていないって。知っているのはほんの一握り、豪商か王侯貴族ぐらいですよ」

「治療法は? 知っているんだろう?」


 ジャンの目は期待に満ちていた。


「ええ」

「教えてくれ! 俺はどうなっても良い。アリアを直してやってくれ!」


 ジャンは勢いよく頭を下げた。

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