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「あなたたち、なんで普通に会話しているのよ。おかしいでしょ、絶対⋯⋯」
怒鳴られても動じない2人を見て、少女は力なく呟いた。
「そんなこと言われてもねぇ?」
「そんなこと言われてもなぁ?」
2人は顔を見合わせた。
「「これぐらいで怖がってちゃ生きていけないしね(からな)」」
「⋯⋯どんな生活よ。絶対普通じゃない⋯⋯」
少女はもはやそれ以外に何も言えないようだった。
「そんなことよりも、なんで落ち着いているのかだったよね?」
「そんなこと! ⋯⋯いや、もう良いわ。その通りよ」
少女はこの短い間に何かを悟ったようだった。
「そんなの、その気になれば自力で逃げ出せるからに決まっているじゃない」
マリアは当たり前のことのように答えた。
「えっ?」
少女はその答えを聞いて固まった。
「だから「わかったから」⋯⋯そう?」
マリアが同じことを繰り返そうとしたのを、少女は慌てて止めた。
「でも自力で逃げ出せるなら、なんで捕まったのよ」
少女は不思議そうに尋ねた。
「ん~、もともと捕まる予定だったからかな? レインさんってわかる?」
「レイン? ⋯⋯まさか代官のレイン様?」
「うん、それであってるよ。私たちは最近流れてきた冒険者たちが犯罪を犯しまくっていて、警備兵の人だけじゃ手が足りないって言うから手伝ってるの。私の担当は人攫いを捕まえることだね。子どもが被害にあっているって言うから、適任者が他にいなかったんだよね」
「その子は?」
「グレン? グレンは一般常識があまりないから、一人だけで行動させるのは危険なんだよね。最悪事件を増やすだけだし」
「失礼な。僕に常識ぐらいはある」
グレンはマリアの言葉にムッとしたようだった。
(私からしたら2人とも常識がないよ~。それにレイン様に聞いたって、えっ? この子たち何者なの?)
少女は内心ではかなり混乱していた。
「わかったわかった。それじゃあ、これから売られる筈の奴隷商を含めて全員どうにかするから心配しないでね。あっ、グレンを盾代わりにして良いから。そのために連れてきたんだし」
「⋯⋯僕の扱いが酷くないか?」
「⋯⋯私は一人でも良かったの。グレンはいざという時の保険でしょ?」
文句は言わせないと、言外に告げた。
「⋯⋯わかったよ」
「何かあったら私よりも他の子たちを優先して守って。私は自力でどうにかできるから」
「わかった」
その時、部屋の扉がガチャリと音をたてて開いた。
部屋に入ってきたのは、太った中年の男と、若い男の2人だった。中年の男の方は、無駄に豪華な服を身に纏い、指には馬鹿でっかい宝石が付いた指輪をはめていた。
「こちらが今回の商品です。アイゼン様」
「今回は随分と数が多いですね」
「運が良かったんですよ」
アイゼンと呼ばれた中年の男は、マリアたちを舐めるように見た。
「今回は上玉もいるようですし30枚でどうです?」
「それはお人が悪い。40は貰わなくちゃ割に合いませんよ」
「⋯⋯35枚。それ以上は出しません」
「それで良いです」
目の前で自分たちを売る算段をしていることに、子どもたちはガタガタ震えていた。
そんな中、マリアとグレンの2人は目だけで会話していた。
(こいつが黒幕みたいだね)
(もうこいつらをぶっ飛ばして良いか?)
(待って、多分近づいてくるから)
(了解)
マリアの思った通り、アイゼンは無防備に近づいてきた。そしてマリアの腕を強く掴んだ。
「きゃっ!」
「マリア!」
「誰が喋って良いと言った!」
若い男はグレンを思いっ切り蹴り飛ばした。
「グレン!」
大丈夫だとはわかっていても、容赦のない攻撃にマリアは悲鳴を上げた。
「傷ついたら商品の価値が下がるじゃないですか」
「それはすまねえな」
人間をものとしか見ていない2人に、マリアの頭は急速に冷めていった。
(一番人間として許せない人たちね)
マリアは深く深呼吸すると、心を落ち着けた。
さり気なく見つからないように自分の両手両足を縛っているロープを、無詠唱で出した小さな火で焼き切ると、グレンに視線で合図を出した。
「『《強化》、《防音障壁》』」
マリアはそう呟くと、自分の腕を掴んでいたアイゼンの手を振り払うと、呆気に取られているその体に思いっ切り回し蹴りを放った。
アイゼンは数メートル吹っ飛ぶと、ぐったりと動かなくなった。どうやら気を失ったようだ。
残った男の方を見れば、グレンの首筋に刃物を突きつけて、盾のようにしていた。
「こ、この坊主に怪我をさせたくなければ動くんじゃねぇ!」
そんな男をマリアは無表情に見た。
「良いよ、別に好きにすれば?」
そう言って男の方にゆっくりと歩いていった。
「ひっ! こっちに来るんじゃねぇ! 誰か!」
「無駄だよ? 外に声は聞こえないようにしているからね。誰も来ないよ」
後退る男に、マリアは笑いながら言った。
マリアに怯える男に、グレンが動いた。
「とう!」
首に刃が突きつけられているにも関わらず、男の腕を掴むと投げ飛ばした。
縛っていたロープは力任せに引き千切られていた。
投げられた男は背から地面に落ちて、気を失っていた。
「それじゃあこいつらを縛って⋯⋯」
「残りの奴らも倒して⋯⋯」
「全員纏めて警備兵のところに連れて行けば終了だね」
2人は何かをやり遂げたような爽やかな笑顔を浮かべ、どこか楽しそうだった。傍から見れば、どっちが悪者かよくわからない。何も知らずにこの状況だけを見れば、マリアたちの方が悪く見えるだろう。
「⋯⋯あなたたち一体何者よ」
どこからともなく取り出した紐で男たちを縛り始めると、ことの成り行きを見ていた先ほどの少女が口を開いた。
「う~ん、領主の友達の新米冒険者?」
「じゃないか?」
「普通冒険者でもこんな簡単には倒せないと思う」
「そんなこと言われても、私、冒険者になってまだ2か月ぐらいだしね」
「僕なんか半月も経っていないしな」
2人とも困ったように笑った。
「それに領主の友達って、アルデヒド様に会ったことがあるの?」
「アルデヒド?」
聞き慣れない名に、グレンは首を傾げた。
「アルのことだよ」
「ああ」
マリアに言われ、グレンはすぐに納得した。
「アル? まさか愛称で呼んでいるの?」
少女は信じられないといった顔をした。
「そんなこと言われても、アルって呼んでくれって言ったのは本人だしね。⋯⋯グレン、残りの奴らを片付けてくるから、後よろしく」
「わかった」
マリアは縛り終わると、足取り軽く部屋から出ていった。
「あまり深く考えない方が良いぞ?」
グレンのその言葉が少女に届いたかは定かではない。
それからマリアが全員を制圧して戻ってくるまで、5分もかからなかった。
その後、マリアが連れてきた警備兵たちによって、人身売買をしていた者たちは軒並み捕縛された。これにより、この街最大の人身売買組織は潰れた。
捕まっていた子どもたちも全員解放され、すでに奴隷商人の手によって売られてしまった者たちの行方も明らかになり、1週間も経たない内にこの事件は世間から忘れされられることとなる。
僅かに残った下っ端たちも、上の者たちが皆捕まってしまったため、これまでのように続けていくことができなくなり、街から姿を消した。




