34 14日目
(どうしよう)
実際はマリアの意識はあった。だが、受けたダメージのためか、体をまったく動かせなかった。
そのため、振り下ろされる腕をただ見ていることしかできなかった。
腕の動きがが酷く遅く見える中、マリアは必死に頭を働かせた。
(回避は無理。防御するしか方法がない。でも今から魔術を使っても詠唱が間に合わない。残っているのは⋯⋯。ぶっつけ本番で成功するか怪しいけどやるしかないか。『《光の障壁》』)
残った方法、それは今まで挑戦したこともない、無詠唱での魔術行使だった。
次の瞬間マリアの眼前に光で出来た盾が現れた。否、それは盾と呼ぶにはあまりにもお粗末すぎるものだった。ひどく小さく、拳一個分しかない。
そしてその拳はマリアに──当たらなかった。
先ほどの盾がオーガキングの拳を防いでいた。
オーガキングは驚いたのか目を見開いて硬直していた。
その隙を見逃すマリアではなかった。
「『《ダークアロー》』!」
すかさず放たれた黒い闇色の矢は、吸い込まれるようにオーガキングの眉間を貫いた。
「魔術は使わないって言いましたが、嘘になっちゃいましたね」
マリアはもう聞く者がいないにも関わらず、そう呟いた。
「さてと、キングさんを含め、オーガさんたちを片付けないといけないんだけど⋯⋯まだ動けそうにないね」
マリアは苦笑してしばし体を休めた。
「皆のことだから怪我1つしていないんだろうな~。⋯⋯あっでもアーティス辺りはこう視界が悪い森の中だと相性悪いかな? 確かアーティスのメイン武器って弓だし」
マリアはアーティスが普段使っている武器を思い起こした。
怪我の治療に治癒魔術を使えば良いということに気づいたのは、その数分後のことだった。
「私も結構うっかりしてるな~。『光よ、傷を癒せ、《キュア》』」
マリアの体を光が包み込み、傷が塞がった。それでも完治とはいかず、数回重ね掛けしたところでようやく動ける程度まで回復した。
「えっと、確かオーガさんたちの討伐証明部位が右耳、素材が革と眼球だったっけ? キングさんはそれに角が加わるんだよね?」
マリアは朧気な記憶を頼りに、必要な素材を剥ぎ取っていった。
◇◆◇
まず最初にエリザベートが、そのすぐ後にアルフォード。そして少し時間を置いてアーティスが馬車のところまで戻ってきた。
商人たちはその体に目立った傷がないことを確認してホッと溜息を吐いた。
「お疲れ様。こっちは10だったけどそっちは?」
「僕は9だったよ」
「僕は13匹だったな。それよりも群れを率いているキングがいなかったんだがお前たちはどうだった?」
「そう言えばいなかったわね」
「いたらたぶん僕はここにはいないよ」
「⋯⋯ということはマリアのところか」
「あの子なら大丈夫でしょう? 遠距離から攻撃するだろうし」
「⋯⋯マリアのことだから変な制限をかけて戦いそうな気がする」
「戻ってくるのが遅いし、あり得るわね」
3人の間に気まずい空気が流れた。
「あの~。結局何だったんですか?」
その空気を破ったのはバシルだった。
「よせ! 空気を読め!」
カロロスが慌てたようにバシルを止めた。
「構いませんよ。魔物の種類ですけど⋯⋯オーガでした」
「オーガ? オークではなく?」
「はい、オーガです」
「えっ? 確かオーガってBランクの魔物だったような⋯⋯。まさかBランクを複数相手に一人で戦ったんですか⁉」
ゲオルゲが叫んだ。
「はい。オーガって攻撃力は高いですけど、防御力はオークと変わりませんから、すべて避ければ後は楽ですよ」
「楽って、そんなに簡単に⋯⋯」
「んっ? ということは嬢ちゃんが相手しているのはオーガキングか⁉」
「そうなりますね」
焦る商人たちとは対照的に、3人は平静だった。
「なんでそんなに落ち着いてるんだ! それでも仲間か⁉」
バシルが怒り出した。
「大丈夫ですよ」
「そうそう信頼しているしね」
「マリアがやられるとしたら不意打ちくらいだろう? 今回それはまずないだろうしね」
「しかし──」
バシルは尚も言い返そうとしたが──。
「あれ? どうかしたんですか?」
マリアがひょっこり姿を現した。
「遅かったじゃない」
「えへへ、ちょっとキングさんを倒すのに苦労しちゃった」
マリアは茶目っ気たっぷりに笑った。
「ちゃったって、お前なぁ~」
「それよりもそろそろ出発しません?遅くなっちゃいますよ」
「⋯⋯それもそうですね」
アレキスは何か言いたそうにしていたが、御者台に戻っていった。他の商人たちも続く。
その日はもう魔物に出会うこともなく、無事次の街──ブルメルに到着した。




