30 13日目
食後、皆思い思いに過ごしていた。
マリアは裁縫道具と縫いかけの布を取り出すと縫い始めた。
(これならあと数日で出来そうね)
マリアは満足そうに頷くと、一心不乱に手を動かした。
「何を作ってるの?」
「うわっ!」
マリアが顔を上げるとすぐ目の前にエリザベートの顔があった。
「ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「ううん、大丈夫。これは夏物の服を作ってるの。ここ最近暑くなってきたしね」
「⋯⋯もしかしてマリアの服は全部マリアの手作り?」
「うん」
エリザベートは貴族の子女として最低限の裁縫の心得はあったが、それは精々小物や刺繍止まりだった。
「普通自分で服を作る人なんていないわよ」
「裁縫は好きだから。⋯⋯エリザもやる?良かったら教えるよ」
「そうね。偶には良いわね。教えてくれる?」
「うん!」
マリアは満面の笑顔で頷いた。
「まずは何を作るか決めなくちゃね」
「私もワンピースに挑戦しようかしら」
「ワンピースって言っても色んな種類があるよ?」
「簡単なのはどんなものがある?」
「切り替えが多いと大変だから⋯⋯この辺かな」
そう言ってマリアはいくつか型紙を取り出した。
「これが袖無しのワンピース。一番シンプルでわかりやすいと思うよ。こっちが袖があるタイプだね」
「⋯⋯これって上から下まで切り替えなしよね?」
「? うん、そうだよ」
「切り替えがあるのって難しい?」
「⋯⋯そうだね。慣れると簡単だけど最初は大変かもね」
マリアがそう答えるとエリザベートの目がキランと輝いた。
「じゃあそっちが良いわ」
「えっ? でも⋯⋯」
マリアは反論しようとしたが、エリザベートが絶対に諦めないと目で訴えていた。
「うっ。⋯⋯わかったよ。うまくいかなくっても知らないからね」
マリアは根負けした。
「サイズはどれぐらいにするの?」
「一般的な女性もののサイズにしたいんだけど⋯⋯」
「そうは言っても既製服も数種類サイズがあるよ?」
「じゃあ一番小さいサイズで」
「わかった。これが原型になるから、これに途中で飾りを付けたり刺繍を入れたりする。取り敢えず今日は布を切るだけ切っておこうか」
マリアに言われ、エリザベートは自分のマジックポーチから大きな布を取り出すと、言われるままに印を付け、切り取っていった。
◇◆◇
辺りはすっかり日が暮れ、真っ暗だった。
寝る前にマリアは野営地の中央に立つと、防御結界を張り始めた。隣には興味津々といった様子のアレキスがいる。
「『光と闇よ、我らに危害を及ぼさんとする者が近づくことがなきよう守りたまえ、《守護結界》』」
すると、マリアの足元から光が放射状に広がり、野営地の端まで辿り着くとそこから空中をドーム状に覆い、消えた。
「これで良しっと」
問題なく結界が張れたことを確認すると、マリアはホッと息を吐いた。
「ご苦労様です。これはどれぐらい持つんですか?」
アレキスが労いの言葉をかけた。
「そうですね~。よっぽど沢山の魔物がやってきて、執拗に体当たりでもしない限り朝まで余裕で持ちますよ」
「⋯⋯そうですか。ありがとうございます」
マリアの返答にアレキスは一瞬頭がクラクラした。
「どうかしましたか?」
そんなアレキスにマリアが心配そうに尋ねた。
「あ、いえ、少し驚いただけです」
「えっ? なんで?」
マリアは心底不思議そうな顔をした。
アレキスは苦笑すると優しく答えた。
「あなたは知らないかもしれませんが、魔術師は希少なんですよ? その大半がお貴族様ですから。残った者の中で強力な魔術を使える者は一握りです。その者たちも法外な報酬を支払う大商人か貴族に雇われてしまいます。つまり、私たちが魔術を見る機会なんて無いに等しいんですよ」
アレキスは自嘲気味に笑った。
マリアは実は私たち全員が魔術師で、私以外は王侯貴族だと言ったらどんな反応をするだろうと、そんなことを考えた。
「私のような一介の行商人が魔術師なんて雇えませんからね。あなたには感謝しているんですよ」
その言葉で夕食の時の専属の話は料理の腕だけでなく、魔術師だったからという理由もあったのかと思い至った。
無論、アレキスは諦め半分だったのでその件に関して特に何も感じていない。
「普段は夜でも護衛の方が起きて警戒しているとは言っても安心して眠れませんからね」
「お役に立てたのなら嬉しいです」
マリアはニッコリと笑った。
「明日も早いですからこの辺で失礼しますね。⋯⋯今の魔術で魔力もほとんど空っぽですし」
マリアは疲れた顔をした。
「それは長い間引き留めて申し訳なかったです。それではゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
マリアはアレキスと別れると、エリザベートが待っているテントに向かった。




