27 12日目
それから10日後の朝、4人はスノーウェル男爵領都チェンベルジーの領主の屋敷のすぐ傍にいた。アレキスたちには少し無理を言って、滞在時間を1日延ばしてもらえるようお願いしてみたところ、予定より進みが早いこともあり、快く承諾してもらえた。勿論通った街でアリサの話の裏はとってある。
「それじゃあ作戦通り行くわよ」
「うん」
「ああ」
「わかっている」
マリアは普段のワンピースより大分くたびれた服を着ていた。これは途中の古着屋で捨て値で売られていたものだ。
マリアは若干緊張した面持ちで領主の館に近づいていった。門には全身鎧を着込んだ兵が両脇に立っていた。
「何用だ! 止まれ!」
門まで後10メートルといったところで門衛がそう叫んだ。
「だ、代官様にお話したいことが──きゃあ!」
あるんです、と続けようとしたところでもう一方の門衛がマリアに近付き、持っていた槍を横薙ぎに振るった。
マリアは大袈裟に叫び声を上げながら吹き飛ばされた、ように見せて、払われた方向に跳ぶことで衝撃を逃がした。
「お前のような小汚い小娘にあのお方は会われん!」
「わかったらさっさと帰れ!」
「で、でも」
マリアが地面に倒れ伏したまま再度追いすがろうとすると、門衛は今度はマリアの腹を蹴り上げた。
「っ⁉」
その様子に隠れて見ていたエリザベートが飛び出そうとするが隣のアルフォードに肩を掴まれ止められた。
「なんで止めるの! このままじゃあの子⋯⋯」
「落ち着け。よく見てみろ、あいつならまだ大丈夫だ。それとも作戦を台無しにする気か?」
「⋯⋯わかったわよ」
エリザベートの視線の先ではなおも衛兵たちがマリアに罵声を投げつけながら暴力を振るっていた。すでにマリアはピクリとも動かず、気絶しているようだったが、止める気配がない。勿論それがマリアの演技で、実際はほとんどダメージを受けていないことはわかっていたが、気が気ではなかった。
「⋯⋯あいつらは即刻解雇ね」
「ああ、僕も同意見だ」
「無抵抗の人間をあれだけ痛めつけられる神経がわからない」
3人の中で意見が一致した。
やがて門衛が暴行を止めると生きていることを確認し始めた。
「お、おい! 脈がねえぞ!」
「い、息もしていねえ!」
2人は顔を見合わせると、証拠隠滅のためか、片方がマリアを担ぎ上げると屋敷の敷地内に入っていこうとした。
「行くぞ!」
「うん」
「ああ」
それを視界に納めて、エリザベートたちは動き出した。
「代官にエリザベート・スノーウェルが来たと取り次いで頂戴。⋯⋯あら? その子はどうしたの?」
エリザベートは貴族然とした態度で門衛に取り次ぐように告げ、さも今気づいたようにマリアについて尋ねた。
「えっ? 男爵家のお嬢様? いや、しかし何の連絡も⋯⋯それに徒歩で⋯⋯」
門衛は混乱している様だった。
「聞こえなかったのかしら? 私は取り次いでと言ったのよ」
そんなやり取りをしている間にマリアを担いだ門衛がこそこそと屋敷内に入ろうとした。
「わかったらさっさと取り次ぎなさい。それでその子はどうしたの?」
エリザベートがそれを見逃すはずもなく詰問した。
「わ、わかりました。この少女は屋敷の目の前で倒れたので、中で手当をしてあげようかと」
「倒れた理由もわからないのに?」
門衛が暴力を振るったのは全て服の下で見えない場所ばかりだった。
「私は回復系の魔術が使えるから待っている間見てあげるわ。あなたは代官に取り次ぎに行きなさい」
エリザベートがマリアを下ろすように命じたが、門衛は従う気配がない。
「どうしたの? 私が本物かどうかなんて、代官なら見ればわかるはずだわ」
「し、しかし、このような薄汚い少女をお嬢様にお見せするわけには⋯⋯」
「そんなこと気にしないわ。良いから見せなさい」
エリザベートが語気を強めると門衛は渋々とマリアを下ろした。もう一方の門衛もノロノロと入口に向かって動き出した。
「失礼するわね」
エリザベートは跪くと、まず手を取った。その様子を門衛は青ざめながら黙って見ている。
「! 脈がない?」
エリザベートは慌てた素振りを見せた。
「『《診察》』」
エリザベートの魔術によってマリアの全身が淡く輝いた。
「こ、これは」
「どうした? 無理そうか?」
アルフォードが心配そうに訊いた。
「ううん、大丈夫。仮死状態になってるだけ。⋯⋯ただ、原因なんだけど全身を痛めつけられている。やられてからそんなに時間が経っていないわ。ねぇあなた? この子は目の前で倒れたって言ったわよね?」
「あ、ああ」
「おかしいのよ。この子の傷じゃ動けたはずがないのに」
エリザベートは不思議そうな顔をして見せた。
「そ、それは我々を疑っていると?」
「ええ、だってそうでしょう? 他に人がいないもの」
まぁこの子に聞けばわかるけどねと、エリザベートが笑うと門衛は慌てだした。
「わ、私どもよりそのような者の言葉を信じると?」
「ええ。だってあなたの言葉を信じる理由が何処にもないもの。来る途中におかしな噂も聞いたしね」
「お、おかしな噂?」
「ええ、代官が税をやたらと跳ね上げたとか。どういうことか説明してもらうわよ、バート」
最後の言葉は門衛ではなく、慌てて駆けつけてきた代官に向けたものだった。
「エリザベート様⋯⋯」
「お久しぶりね」
エリザベートはにっこりと笑った。
「たっぷりと、納得が行くまで説明してもらうわよ」
立ち話も何だし、中に入りましょう、と言ってエリザベートは歩き出した。その後をマリアを抱き上げたアルフォードとアーティスが追いかけた。バードと呼ばれた男も我に帰ると慌ててその後を追った。
「あっそうそう忘れるところだったわね『《キュア》』」
エリザベートが今更ながらにマリアに魔術をかけるとバードの顔は蒼白になった。マリアが何を握っているのか察したのだろう。
応接室のソファーに座ると、エリザベートはバードに正面に座るように手で示した。アルフォードはエリザベートの後ろに立ち、アーティスはいつの間にか姿を消していたが、バードがそのことに気がついた様子はなかった。
「まず、何から聞こうかしら⋯⋯そうね、まず税率が上がったとかいう噂の真相から説明してもらえる?」
エリザベートがそう尋ねると、バードはこぶしを強く握りこんだ。
「何のことかわかりかねますな」
「⋯⋯あくまでもしらばっくれるのね。まっ良いわ。それじゃあ兵の素行が悪いのは?その子なんか、状況から見てもどう考えても門衛から暴力を振るわれたとしか思えないわ」
「兵の教育は衛兵長の職務、私はその辺りは詳しくありませんので⋯⋯」
「そう。だったら衛兵長を呼んで頂戴」
エリザベートは控えていた侍女にそう告げた。
「か、かしこまりました」
侍女は小走りで部屋から出ていった。
「他にもこんな噂を聞いたのよ。税が納められなかった村は年頃の娘が全員連れ去られたってね」
「それこそわかりかねますな」
「そんな事実はない、と?」
「ええ」
「本当に?」
「ええ」
エリザベートの念押しにバードは訝し気な顔をした。
「そう、あなたには失望したわ、バード」
エリザベートは大きく溜息を吐いた。
次の瞬間、応接室のドアが勢いよく開いた。




