26 2日目
「代官は誰がやっているんだ?」
アリサと別れ、アレキスに声が届かない程度に距離を取ると、アルフォードがそう訊いた。
「わからないけど、多分お父様の腹心の誰かだと思うわ」
「そうか⋯⋯。今更だが潰すってことで良いんだよな?」
「ええ、誰であろうとも許せないもの」
エリザベートは力強く頷いた。
「私、何かやることある?」
マリアも何か皆の役に立ちたかった。
「そうね~。多分私を含め、顔を知られているかもしれないからマリアには税を少しでも軽くするよう訴えに来た農民の子供の役をやってもらいましょうか。その方が反応が見れるしね」
「わかった」
「アルフォードたちは私の友人として一緒に領地に帰ってきたことにしましょう。お父様たちは後から来ることになっていて、私たちが先に着いたってことね。先触れはミスか何かで届かなかったってことで。細かいところは夜にでも話し合いましょう。どうせまだどんなに急いでも10日は掛かるもの」
「ああ」
「わかった」
その日は予定通りグレフの街に宿を取ることになった。
「残念だけど、服は帰りにしましょう。取り敢えず宿を取って素材を売りに行って、話し合いで良いかしら?」
「うん」
「ああ」
「勿論だ。残念がってるのはお前だけのような気がするがな」
「もう、いちいちそういうことは言っちゃ駄目だよ~」
エリザベートがアルフォードに何か言い返す前に割って入った。
「エリザも何か言われる度に言い返していたらきりがないよ」
何とか二人の仲裁をしながら適当な宿を取ると、冒険者ギルドに向かった。
「全部で2040エルです」
「等分してギルド証に入れて下さい」
ギルド証を差し出すと受付の人は手早く処理を終わらせた。
今回の値段は、全体の数は少なかったが、高価買取をしている特殊個体に遭遇したためだ。今回はエリザベートが八つ当たりも兼ねて杖で殴り飛ばして瞬殺してしまったため、そのことに気がついたのは回収をしている時だった。
そんな姿を見た商人たちは恐怖に頬を引きつらせていたとか。
「じゃあ戻るわよ」
用は終わったとばかりにギルドを出ようとすると──。
「おい!お前ら新人だろ?有り金を全部よこしな」
恒例となりつつある冒険者に絡まれるという事態に陥ったが──。
「邪魔よ」
エリザベートに殴り飛ばされ、あっさりと終わった。
宿の部屋に戻って来ると、4人は思い思いに適当な場所に腰を下ろした。
「一応念のため防音しておくね『《防音障壁》』」
マリアが魔術を使うと、僅かに聞こえていた外の喧騒も聞こえなくなった。
《防音障壁》は風魔術の応用で難易度的には基礎魔術と同じだ。空気の振動を止める壁を創り出すことで音が外に伝わるのを防ぐ。
「ありがとう。それじゃあ作戦会議と行きましょうか? 取り敢えず大まかな流れだけど、街に着いたら情報収集、特にスノーウェル男爵領に入ったら念入りにね。領都に入ったらまずマリアが正面から領主の屋敷に窮状を訴えに行く。私たちはその間近くに隠れて待機。対応にもよるけど、様子を見て私たちが姿を現してその状況を追求する。その後は代官を捕まえて終わり、そんなところかしらね?」
「ああ、そうだね」
「うん、いいと思うよ」
「後はこれをどれだけ詰められるかだな」
「まだ時間があるし、大丈夫じゃない?」
「⋯⋯一番危険が高いのはお前なのに余裕だな」
アルフォードが無邪気に笑うマリアに呆れた目を向けた。
「だってたかだか男爵家の警備ごときに、そんなに強い人がいるわけないもの。冒険者ランクで言えばD、高くても精々Cの下ってところでしょう?」
「⋯⋯本当のことだけに言い返せない。何気に合ってるし⋯⋯」
マリアの言葉にエリザベートが肩を落とした。
「ま、まあそれは仕方がないことだろう?寧ろ男爵家が王領の隣に領地を持てるだけで凄いことだと思うぞ」
アルフォードがフォローになっているんだかなっていないんだかよくわからない励ましを口にした。
「わかっているわよ、それぐらい⋯⋯。でも仕方がないじゃない。わかっていてもはっきり言われると傷つくのよ!」
「⋯⋯ごめんなさい。私、エリザを傷つける気なんて⋯⋯」
マリアは目から涙が零れ落ちるのを止められなかった。
エリザベートはそんなマリアの姿を見て我に帰った。
「マリア、私の方こそごめんなさい。少し言い過ぎたわ」
「ううん、私が他の人の気持ちを考えないで思ったことを言っちゃったから⋯⋯」
「それを言っちゃ怒鳴った私も⋯⋯」
「はいはい、きりがないから両方悪かったってことでもうその話は終わり。作戦会議の時間がなくなるだろ?」
いつまで経ってもお互いに謝り続け、話が先に進まないことを察したアルフォードが手を叩きながら止めに入った。
「うん」
「⋯⋯わかったわ」
マリアはもう泣き止んでおり、涙を拭った。
「とは言ってもそろそろ食堂に行かなきゃ夕食を食べ損なうけどな」
アーティスにそう言われ、慌てて時間を確認すると、ラストオーダーまで残り10分を切っていた。
「不味い!」
「なんでもっと早く言わないのよ!」
「とにかく急ごう!」
4人は部屋から飛び出し、ドアに鍵を掛けると小走りで食堂に向かった。
「夕食には間に合ったか?」
食堂に駆け込むや否やそう給仕をしていた少女に尋ねた。
「はい。時間ギリギリですけど⋯⋯」
その言葉にホッとしながら空いている席を見つけ、座った。
「今日のメニューですが、黒パンとサラダに日替わりスープ、それにメイン料理を焼き魚とセトーク、魚のヘリウから選べます。飲み物はアロンズ、イッペレ、ゲローペのジュース、お酒は地酒とエールがあります。何になさいますか?」
席についたのを見て、先程の少女が注文を取りに来た。
「じゃあ私はヘリウにイッペレのジュース!」
「私は焼き魚と、そうですね、アロンズジュースをお願いします」
「僕はセトークを。飲み物はゲローペジュースで」
「僕もセトークとイッペレのジュースをお願いします」
「えっと、焼き魚が一つに、セトークが二つ、ヘリウが一つ。飲み物がアロンズ一つ、イッペレ二つ、ゲローペ一つですね?少々お待ちください」
少女が立ち去るとその場は出てくる料理の話になった。
「マリアはヘリウは食べたことがあるの?」
「ううん、でも美味しいって話は聞いたことがあるから楽しみ! 出している店ってほとんどないんだもん⋯⋯」
「そう言えばそうね⋯⋯」
「何気に見ないなそう言えば」
「そこまで手がかかる料理じゃないと思うんだが⋯⋯」
「揚げ物だから油の質の問題かしら?あまり安い油だと匂いがきついって言うし⋯⋯」
そんなことを話しているうちに料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。まず黒パンとサラダです。他のお料理もすぐにお持ちしますね」
その言葉通りすぐに他の料理も運ばれてきた。
「日替わりスープはタミタのスープです。パンとスープはおかわり自由なので声をかけてください」
「わかりました」
その説明の間も、マリアの目は目の前のヘリウに釘付けだった。
「これがヘリウ⋯⋯」
「このソースをかけて食べるのよ」
そんなマリアに笑いながらエリザベートはソースを差し出した。
「ありがとう」
早速マリアはソースをかけると一口かじった。
「美味し~い♪」
笑顔のマリアに自然と周りも笑顔になった。
「良かったな」
「ここにして正解ね」
「ああ」
他の料理も申し分ない味で心ゆくまで料理を楽しむのだった。




