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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第三章 魔術の授業
22/210

15

 その日はそれ以上は特に特筆する点もなく放課後になった。

 それは寮の食堂でマリアがエリザベートと夕食を食べていた時のことだった。

 2人で和やかに話していると取り巻きを引き連れた少女がやって来た。


「貴女を私の部下にして差し上げます。感謝しなさい」

「はい?」


 マリアは思わず聞き返してしまった。隣でエリザベートも口をあんぐりと開けている。


「私の部下にして差し上げると言っているの。光栄でしょう?」


 マリアは最初少女が何を言っているのか理解できなかった。


「えっと、一体何のお話でしょうか?」


 そう聞き返すだけで精一杯だった。


「だから私の部下に「それはもう聞きました」えっ?」


 マリアは深呼吸をして自分を落ち着かせて言った。


「あなたは私を部下にすると言いましたがそれはどういう意味です?」


  少女は一瞬口ごもった。


「そ、それはそのままの意味ですわ。それでわからないのでしたら家来と言い替えてもよろしいですわ」


 その言葉を聞いてマリアは内心でほくそ笑んだ。


(どうせ碌でもない話だろうとは最初から思っていたけれど、部下はともかく家来と言い出すなんてね。怒りを通り越して呆れしか出てこないわ。それにしてもこんな大勢の前で言い出すなんて馬鹿なのかしら)


 周囲には少女がマリアに近づいてきた時から聞き耳を立てていた者が何人もいた。


(とりあえず証言してくれそうな人は何人かいるわね。少しぐらいなら挑発しても問題にはならないだろうから言いたいことはさっさと言っときますか)


 マリアは一瞬で考えを纏めると少女に向き直った。


「そもそもあなたはどなたです? 私、まだお名前すらもお聞きしていないのですけれど⋯⋯」


 マリアの言葉に少女は怒りで顔を真っ赤にした。


「この私を、ベルジュラック公爵家のこの私の名を知らないと言いますの?」

「ええ」


 マリアが即答した。


「それでは教えて差し上げますわ。私はベルジュラック公爵の一人娘、フェリシー・ベルジュラックですわ」


 この国には四大公爵家と呼ばれる家が存在する。その血は元を辿れば王家に行き着くという。

 1つ目は代々多くの優秀な文官を排出していることで有名なカンベール公爵家。現当主、エルマン・カンベールは宰相をしている。

 2つ目はカンベール家とは対照的に代々武人を排出しているクールセル公爵家。当主のジェローム・クールセルはコネではなく自分の実力で将軍まで上り詰めた男だ。

 3つ目はダルヴィマール公爵家。先ほどの二家と比べて特に目立った点はないが、収める地は肥沃で穀倉地帯になっている。王妃、クリスティーナの出身の家としても知られる。

 最後にベルジュラック公爵家。当主のマクシミリアン・ベルジュラックには黒い噂が絶えないが、証拠がなく、国王すらも容易には手出しができず、ランフォードに並んで国王の悩みの種となっている。そしてその娘のフェリシーは我儘娘と裏では有名だ。自分のしたいことは押し通そうとするし、気に入らない者は徹底的に痛ぶる。それがフェリシー・ベルジュラックという少女だ。


「それでフェリシーさん「誰がさん付けで呼んでいいと言いました!」⋯⋯様、先ほどのお話ですがお断りします」

「えっ?」


 フェリシーは幼い頃から手に入れられないものは何もない環境で育ってきた。今回も少々手こずったが頷くと信じていた。


「今何と言いました? 断る? この私の話を断ると言いましたわね? フフフ、わかりましたわ。少し痛い目に会わなければわからないようですわね。⋯⋯貴女に決闘を申し込みますわ!」


 決闘。この学園には決闘という制度がある。教師の立会いのもと行われ、勝者は敗者になんでも1つ言うことを聞かせられる。ルールは至ってシンプル。相手を気絶させるか、降参させること。武器や魔術の使用は自由。特殊な魔道具を使用するのでダメージは精神的苦痛に変換され、死ぬことはない。ただし、行うには両者の同意が必要。


「決闘、ですか?」

「そうですわ」


 フェリシーマリアを痛めつけるつもりでいた。

死ぬことはないと言っても極稀に廃人になってしまう者もいる。エリザベートは必死でマリアを止めようとした。


「辞めた方がいいと思うよ」


 エリザベートも公爵家令嬢という上級貴族の前でそこまで強く言えなかった。


(うわ~。プライドが高そうだとは思ったけど自分の思い通りにならなかったら今度は決闘って、ここまでやりたい放題だとは思わなかったわ。断るとめんどくさそ~。かと言ってやって私が勝っても面倒なことになりそうだしなぁ。⋯⋯どうしようこれ。負けるのは論外だし⋯⋯)


 エリザベートの言葉は結論から言えばマリアの耳に届いていなかった。マリアは如何にして後腐れなく決闘を回避できるか、そのことに必死に頭を働かせていた。


(そうだ! この人が私の思った通りの人なら⋯⋯)


 時間にして数秒だろうか。マリアの頭に1つの案が浮かんだ。


「それを受けて私に何のメリットがあるんですか? どう考えてもあなたに有利なだけじゃないですか。受ける理由がありません」


 見た目には普通だが内心では冷や汗ものだった。


「メリット、ですの?」

「はい」


 マリアはハラハラしながら次の言葉を待った。横ではエリザベートが青い顔をして、今にも気を失いそうだ。


「何を言っていますの? 平民なら貴族たるこの私の言うことを聞いて当然でしょう? 先ほども本当は打ち首にして差し上げてもよろしかったんですのよ。むしろ感謝して欲しいですわ」


 尊大な物言いでそう宣った。マリアの予想通りに。


「そちらこそ何を仰っているんですか? 聞いて当然? そんな決まりはありました?」


 マリアはそう尋ね返した。


「なかった筈じゃがなぁ。一体いつの間にそんな決まり事が出来たのか教えてくれるかのぅ、フェリシーくん」

「が、学園長!」


 マリアの質問に答えたのはフェリシーの後ろまでやって来ていた学園長だった。

 いる筈のない学園長の姿にフェリシーは真っ青になった。


「答えてもらえないかのぅ?」


 いつまでも答える気配のないフェリシーに学園長は再度尋ねた。


「そ、それは⋯⋯」


 フェリシーは口ごもるだけで答えなかった。


「そう言えば、なぜこの話になったのじゃ?」


 学園長は諦めて話を変えた。


「それはその平民が私の部下にして差し上げると言ったのに断ったからですわ」


 話が変わった瞬間にこれ幸いと自分に都合の良い話を押し通そうとした。


「そうなのか?」


 学園長が訊いたのは周りで様子を伺っていた言わば第三者だった。


「はい、ですがその説明では少し足りません。最初はそうだったのですが最終的には家来と言っていました」


 訊かれた生徒ははきはきと答えた。


「同じ学園の生徒を家来じゃと?」


 学園長の聞き返しに食堂にいたフェリシー以外の全員がコクコクと頷いた。


「が、学園長。これは皆が私を嵌めようとしているのですわ」


 フェリシーはこの期に及んでもなお言い逃れようとした。


「見苦しいぞ。処分は追って知らせる。自室で大人しくしているように」


 学園長はそれだけ言うと去っていった。

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