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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第九章 夏季休業
202/210

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 ホランドの街に戻る途中、マリアはアランの腕の中でうつらうつらし始めた。


「眠いのか?」

「⋯⋯しゅこしだけ」

「家に着いたら起こしてやるから、寝ても構わないぞ」

「う、ん⋯⋯」


 マリアの意識はそこで途絶えた。


◇◆◇◆◇


「マリア、いつまで寝てるのっ⁉ いい加減起きなさい!」


 母親の大声でマリアの意識が浮上する。


「あなたが作らないで、誰が朝食を作るのよ」


 マリアが目を開けると、すぐ目の前に先ほどまでマリアがかけていた布団を片手に、目を怒らせているエレナが立っていた。


「えっ? おとうさんは?」

「何寝ぼけたこと言ってるの。お父さんは何週間も前から戦争に行ってるじゃない」


 そう言って呆れたように溜息を吐く。


「そうだった。ごめんなさい。いまいそいでじゅんびする」


 マリアはベッドから飛び降りると、手早くエプロンを身に着けた。

 アランから料理を仕込まれ始め、早1年と余月。簡単なものならば1人でも作れるようになっていた。


「ねぇ、マリア」

「なぁに?」


 手慣れた様子で野菜を細かく刻みながら、背後からの呼びかけに答える。


「お母さん、最近同じようなメニューで飽きてきたの。お父さんみたいにとは言わないけど、もう少しなんとかならないの?」


 アランが家を離れてから、エレナが突発的にこのような我儘を言うことも増えていた。


「わかった。あとでベラおばさんになにかおしえてもらってくる」


 静寂が流れる朝食を終え、片付けまで済ませるとマリアは隣の家のドアを叩いた。


「マリアちゃんじゃないか。今日はどうしたんだい?」


 ふくよかな中年の女性がエプロンで手を拭きながら出てきた。マリアの姿に目を輝かせる。


「おかあさんがにたようなメニューばっかりでね、あきたっていうの。ベラおばさん、なにかあたらしいおりょうりをおしえてほしいの。たいかは⋯⋯おせんたくのおてつだいでどう?」

「そりゃあ構わないが、マリアちゃんも大変だね」

「ううん、おとうさんとのやくそくだもん。おかあさんのいうことをよくきくって。だからね、ぜんぜんたいへんじゃないよ」

「そうかい。でも辛くなったらいつでもうちに来て良いんだからね」

「うん。ありがとう、ベラおばさん」


 いつまでも外にいたら寒いだろうと、ベラは家の中に入るように促した。


「最近は何を作っているんだい?」

「さむいからにこみりょうりをつくってる」

「そうかい。じゃあ今日はニンでも教えてやろうかね。あれは火加減さえきちんとできれば簡単だ。それに応用がきくからね」

「うん」


 昼食作りも兼ねてベラに言われるままに料理をする。


「そうそう。中身が出ないようにね。火加減は中火をキープだよ」


 石窯の火の熱さに全身汗だくになりながらも、マリアが完成させたのはお昼には少しばかし早い時間だった。


「1度着替えておいで。その服のままじゃ気持ち悪いだろう?」

「うん」


 家に帰ってきたマリアを迎えたのは荒れ果てた居間だった。だがマリアが泥棒だと騒ぐことはない。


「またか⋯⋯」


 溜息を1つ吐くと、着替えることも忘れて無言で片付け始める。幸い被害は1部屋だけだったこともあり、10分もすればある程度見られるようになった。


「マリアちゃん、随分と時間がかかっているようだけど、どうかしたのかい?」


 10分という短い時間といえどもベラに不審感を持たせるには十分だったようで、ちょうどマリアが一息ついたところで顔を覗かせた。


「まだ着替えていなかったのかい⁉ 風邪を引いたらどうするんだい⁉」


 ベラはマリアの格好にギョッとした顔をした。


「⋯⋯ごめんなさい」

「今までいったい何をし⋯⋯」


 そこでベラは室内の異変に気がついた。いくらある程度は片付けたといえども、荒れていることは隠しようもない。


「泥棒でも入ったのかい⁉」

「ちがう。いつものことだからだいじょうぶ」

「いつものことって⋯⋯エレナさんがこれをやったのかい?」


 マリアはコクリと頷いた。


「わたしがだめなできないこだから、おかあさんをおこらせちゃうの」


 マリアの瞳は年齢に合わない憂いを帯びていた。


「駄目な子だなんて⋯⋯そんなことはない。それどころかよく働く良い子だよ。うちの息子たちに爪の垢を煎じて飲ましてやりたいぐらいだ」

「⋯⋯ほんとう?」

「ああ。お前さんが駄目な子なら、うちの遊び呆けてる息子たちなんて人ですらなくなっちまうさ」


 そう言って早く着替えておいでと、マリアを急かした。


「冷めると美味しくなくなっちまうよ」

「うん」


 ベラに励まされ、いつも通りとはいかないまでも、目に光が戻っていた。


「おいしい⋯⋯」


 ベラの家で作ったばかりのそれを口にし、マリアは瞳を輝かせた。


「それは良かったよ。何に入れるものでだいぶ味が変わるから色々試してごらん。中に何も入れないで、ソースか何かを付けるのも良いかもしれないね」

「うん、ありがとう」


 子どもらしい無邪気な笑顔にベラはホッと息を吐いた。


「せんたくは⋯⋯あさってかな?」


 大して洗濯物が溜まっていない洗濯籠と、薄黒い空一面に広がる雲を一瞥し、マリアはそう尋ねた。


「そうだね。明後日には雨も上がってるだろうさ」


 その後、食後のデザートにと出された焼き菓子を堪能している途中にベラの息子たちが帰ってき、マリアから奪おうとしてベラに怒られるという事件も発生したが、マリアにとってはいつもの日常の一部分でしかなかった。

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