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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第九章 夏季休業
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 アランは素早くボードを見回し、鉱山での討伐依頼を発見すると、なんの躊躇いもなくそれを取った。


「おい。それはBランクの依頼だぞ。そもそもランクが足りるのか?」

「問題ない。武器防具がないのは少し心許ないが、その辺りはどうとでもなる」


 そのままマリアを抱いてカウンターに直行する。


「すまないが、依頼の受注を頼む」

「えっと、その子も連れていくんですか?」


 受付嬢は視線をアランとマリアの顔の間を行ったり来たりさせながら、戸惑いがちに尋ねた。


「ああ。何か問題でもあるか?」

「大ありですよっ! 冒険者舐めてるんですかっ⁉ 高ランク依頼を子ども同伴で受けるなんて聞いたことないです! しかも見たところ武器も防具も持っていないですよね?」


 受付嬢の大声で、周囲の視線がアランに集まる。


「依頼自体はこれで受けられるはずだが?」


 困惑の表情で自身のギルドカードを差し出す。だが受付嬢はギルドランクを一瞥すらせず、言葉を続ける。


「その舐めた態度、大方Cランクに上がったばかっかりですね?」


 言葉は疑問形だが、その顔は自身が言っていることが真実だと確信しているようであった。


「いや、違うぞ。というか、ギルドランクぐらい確認したらどうだ? ギルドカードがなんの為にあるかわからないぞ」

「何をい⋯⋯えっ?」


 自身の見たものが信じられないのか、ゴシゴシと目を擦る。


「Aランク⋯⋯?」

「そうだが何か問題でもあるか?」

「いえ⋯⋯」


 2人の会話を拾い、ギルド内はアランたちが入ってきた時とは別の意味でざわめいていた。


「高名な《神速》が参加してくださるのは、こちらとしても歓迎です」


 例え異例の子連れ参加であってもと、言葉にはせずとも目は如実に語っていた。


「ああ、ただ俺は他に誰かを連れていくつもりはないからな?」

「えっ?」


 冷ややかな声に、周囲の空気が固まる。


「えっと、それはどう意味で?」

「聞こえなかったか? 足手まといはいらないと言っている」


 わかったらさっさと手続きをしろと目で促す。


「は、はい」


 受付嬢は震える手でできるだけの速度で依頼受注処理を済ませる。


「⋯⋯依頼達成期限は、今日を含めて1週間です」


 返されたギルドカードを懐に仕舞うと、もうここには用はないとでも言うように冒険者ギルドを出ていった。


「おとうしゃん、こわいかおしちゃヤッ! なにょ」

「えっ? ああ、ごめんな。ついイラッとな」

「もう!」


 マリアは頬を膨らませたが、アランにとっては可愛らしいだけで表情を緩ませる以外なんの効果もなかった。


「さて、つい大口を叩いてしまったがどうしたものか」

「おとうしゃん⋯⋯」


 娘のジト目にアランはソッと目を逸した。


「仕方がない。とりあえず、行くだけ行ってみるか」


 無計画なままに鉱山に向かった2人を待っていたのはCランクの魔物の群れだった。


「うわ、マジか。狼系なんて相性最悪じゃないか」


 無意識なのか言葉が乱れる。


「でも倒せないって程じゃないな」


 アランは不敵に笑うと、5頭のシルバーウルフたちに向かっていった。左腕でマリアを抱いている為に、なんとも見た目が締まらないが。


「うおっ⁉ と」


 左右からほぼ同時に2頭が飛びかかってくるが、右手から来たものを紙一重で躱し、左手から来たものは腹を足で蹴り上げる。

 蹴り上げられたシルバーウルフは地面で何度かバウンドし、少し痙攣をした後に動かなくった。


「まずは1匹、か⋯⋯おっと」


 だがアランは蹴った後は興味を失ったようにそれから目を離すと、新たな攻撃に備えた。

 同じ要領で1匹ずつ確実に倒すと、マリアをソッと下に降ろした。


「ごめんなマリア、少し怖い思いをさせてしまって」


 マリアは静かに首を横に振った。


「おとうしゃんがまもってくれりゅからね、マリュアはこわくにゃいの」


 言葉からは父親への信頼が溢れ出ていた。


「しょれにね、いっしょにいくってね、いっちゃのはマリュア。だかりゃおとうしゃんはね、あやまりゃなくていいのよ?」


 そう言って微笑むマリアを、アランは力強く抱きしめた。


「それとね、マリュアね、おっきくなったらおとうしゃんみたいににぇ、ちゅよくにゃりたいにゃ」

「マリアは戦わなくたって良いんだよ。お前にそんなものは必要ない」


 アランの言葉を認識するのと同時に、マリアの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。


「マリュア、おとうしゃんみたいににゃりたいって、おもっちゃだめなにょ?」

「そ、そんなことはないぞ。だけどな、父さんはマリアが危険なところに行くよりは、安全なところにいて欲しいって思うぞ」

「うん⋯⋯」


 アランはマリアを抱き直すと倒したシルバーウルフをそのまま腰につけていたアイテムポーチへと仕舞った。


「なんで俺は剣の1つも入れておかなかったんだろうな」


 剣があるだけで随分と楽になるのにと、アランは過去の自分の行動を悔いていた。


「⋯⋯もしの話をしても仕方がない、か」


 そう言って大きく溜息を吐くと、坑道の中へと入っていった。


「ちっ、想像以上に数が多いな」


 姿は見えずとも、気配で相当数の魔物が潜んでいることをアランは感じ取った。


「マリア、ちょっと奥の手を使うから、父さんにしっかりしがみついてろ」

「う、うん」


 アランの機嫌はだいぶ悪くなっているのか、声音からは温かみが消えていた。


「悪く思うなよ。これは俺がエレナに怒られない為だ」


 アランは深く息を吸い込むと、朗々と言葉を紡ぐ。


「『我は一族の末席に連なりし者。古の契約に従いて力を現し給え。我が行く手を滅ぼす為の力をこの手に貸し与え給え』」


 マリアには言葉の正確な意味など、まったくもって理解できなかったが、不穏な気配だけは感じ取っていた。


「『我らの祖、エーデルハイドの名のもとに請い願う』」


 次の瞬間、2人の周囲の空気が渦巻き、目を開けていられないほどの閃光が走る。


「『終焉を』」


 そう締めくくった瞬間、周囲を覆っていた重苦しい空気が、まるで幻であったかのように霧散した。


「よし、これで大丈夫だと思うが、一応確認も兼ねて魔物の素材を回収しながらミスリル鉱も取って帰るぞ」


 そう言うアランは今日一番の笑顔であった。


 実のところ、アラン個人の戦闘力自体は他のAランク冒険者には遠くおよばない。精々がBランクの中堅といったところだ。そんなアランがAランク冒険者になれたのは、ひとえにエーデル王家、その血に連なる者だけが与えられる力によるものであった。普通では考えられない移動速度と、殲滅速度。故にいつしか《神速》と呼ばれるようになった。

 だがアランはそれを自身の力とは思っていない。だからこそ、ことさらに《神速》と呼ばれることを嫌うのである。しかし周囲の者は誰も真実を知らない。友人はおろか、妻や娘でさえも。

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