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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第九章 夏季休業
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 空を行くこと数刻。お昼を回る頃になってようやく眼下に目的地であるホランドの街が見えてきた。


「ありがとうな。帰りにまた喚ぶ」


 アクアは一瞬光を放つとアランの胸元に吸い込まれていった。と同時に、2人の身体は重力に従って落下を始める。


「えっ?」


 突然の浮遊感にマリアは完全に思考を停止し、固まる。


「『古の契約に従いて力を貸し与えよ』」


 先ほどのものよりも短く、乱暴な言葉だったが、それで十分だったのか落下速度が徐々に遅くなる。そして空中でマリアの身体を抱き寄せると、ふわりと音もなく地面に着地した。


「街道はあっちだったな」


 降り立ったのはホランドから徒歩30分ほどの平原だった。

 アランは上空から見た記憶を頼りに街道に向かった。


「⋯⋯こわかったにょ」


 不意にポツリとマリアが言葉を漏らした。


「あ~、予告するのを忘れたからな。悪かったよ」

「か、かえりもあるにょ?」


 その声は隠しようもない程に震えており、アランは罪悪感からか額にシワを寄せた。


「⋯⋯ああ、ごめんな」


 申し訳なさに満ちた言葉にマリアは顔を凍らせる。


「⋯⋯ありゅの」


 自分から来たいと言った結果のため、マリアは文句を言うようなことはしなかった。幼いながらもそれぐらいの聞き分けはできている。

 落ち込むマリアの背中をすまないと繰り返しながら優しく撫でること数分。ようやく街道に出た。


「ここからはまた走るからな。そろそろお腹が空いただろう? 街に着いたらお昼にしよう」

「うん!」


 まだ見ぬ街に、マリアの心は弾んでいた。


 走ること10分弱、2人は街の入口へと到着した。


「⋯⋯一応形式上訊くが、親子、だよな?」


 衛兵に尋ねられ、アランの目が涙で潤む。


「え? おい、どうした?」

「今日は何回も人攫いじゃないかと言われたので、つい⋯⋯」

「⋯⋯まあ言ったやつの気持ちはわかる。でも纏っている空気が似てると思うぞ」


 慰めにしかならないだろうがと、衛兵は快活に笑った。


「まあ問題もないし、通って良いぞ。ただ、子ども連れで武器の1つも持たずに街の外に出るのは、Aランク冒険者でもやめた方が良いと思うぞ」

「少し急いでいたからな。次からはそうするよ」


 アランはそう言って笑うと、街に足を踏み入れた。


「マリア、何が食べたい? 今日は父さんが好きなものを食べさせてやるぞ」

「えっとね、マリュアね、あれがたべちゃい」


 マリアが指した先には串焼きの屋台の姿があった。


「マリアは変わったものを食べたがるな」

「マリュア、おにくたべちゃいの」


 マリアの目には肉しか映っていなかった。


「わかった。だけどな、野菜も食べなきゃ駄目だぞ」

「うん⋯⋯」


 肩を落とすマリアの頭を撫でながら、アランは屋台へと近寄った。


「串焼き肉を6本と、そっちの野菜のやつを2本頼む」

「へえ。全部で30エルになりやす」

「少し高くないか?」


 告げられた金額が予想よりも高く、アランは眉を寄せた。


「最近肉の値段が上がっていやして。やむなく値上げをさせていただきやした」

「そうか。魔物が少なくなってるってことか?」

「どうもそのようですぜ、ダンナ」


 アランはマリアを降ろし、お金を払うと受け取った串焼き肉を手渡した。


「落とさないように気をつけろよ」

「うん」


 食べながらも2人の足はゆっくりと冒険者ギルドに向かっていた。はぐれないようにと、マリアの左手はアランの服の裾を掴んでいる。

 中には良からぬことを考える者もおり、マリアを攫おうとした者もいたが、実行に移す前にアランから殺気に満ちた視線を向けられ、事件にまで発展することはなかった。


「ここは?」

「冒険者ギルドだ。さっきの話が気になったからな」


 そう言いながら2人はギルドに入った。


「こ、子ども連れ⋯⋯?」

「え⋯⋯?」


 ギルド内部が騒然とする。

 それを意に解さず、アランは依頼の貼られたボードに直行する。


「⋯⋯やけに高ランクの討伐依頼が多いな。いや、低ランクの討伐依頼が少いのか?」

「んっ? この街には来たばっかりか?」


 いつの間にか2人の背後には革製の防具に身を包んだ中年の男が立っていた。


「ああ。さっき着いたばかりだ」

「そうか。じゃあ今鉱山が閉鎖されていることは知ってるか?」

「いや、初耳だ。王都でミスリルがないっていうから採りに来たんだが⋯⋯」

「そうだったのか。鉱山は3週間ほど前から突如現れた高ランクの魔物に占領されているんだ。付近の低ランクの魔物は粗方逃げてしまった。おかげで魔物素材全般の値が上がっていやがる」


 男の言葉の端々から苛立ちが漏れていた。


「そうか。教えてくれてありがとうな」

「いや、俺もその子と同じくらいの子どもがいるからな。他人事とは思えなくてな」


 そう言って照れくさそうに頭をかいた。


「鉱山に入れないならしょうがないな」

「気の毒だが諦めた方が無難だと思うぞ」


 アランは理解不能なことを聞いたように、キョトンとした顔をした。


「諦める? そんなわけないだろう?」

「は? 正気か? そんな街中を歩くような軽装で、しかも子ども連れで高ランクの魔物がいるとわかっているところに行く気か?」


 信じられないものを見たと、男の目が驚きで大きく開かれている。


「当然だろ? 他に何をするっていうんだ?」


 アランの声はどこまでも自信に満ちあふれていた。

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