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結局その日の夕食もベルを納得させられるような料理が出てくることはなく、そのまま食事を作る度にベルにダメ出しをされること早数日が過ぎ、王都に到着する日の朝食後のこと。
食堂にはエーアリアスとベル、マリアだけが残っていた。
「こ、これでどうなの」
エーアリアスはすっかりやけになっていた。
「⋯⋯ゼンブビミョウ。デナオシテクル」
自信満々で出した料理を一言で切って捨てられ、エーアリアスの目には涙が滲んでいる。
「ど、どこが駄目だっていうの?」
広いテーブルの上にはデザートにと、たっぷりのフルーツを使って作られた目にも美しい焼き菓子がところ狭しと並べられている。
口の周りに付いたクリームを苦笑いを浮かべたマリアに拭いてもらいながら、順に問題点を上げていく。
「マズ、サッキノチョウショク。アジガゼンブニカヨッテイタ。ソレニスープノシオアジガ、ビミョウニコカッタ。ソレト、ココニナランデイルノハ、ドレモクダモノノアジヲ、イカシキレテナイ。タダタダアマイダケ」
「えっ?」
「ソレダッタラ、タダノシロップヅケノホウガ、ヨッポドオイシイ。チュウトハンパナアマサハ、アマッタルイダケ。ザイリョウノムダ」
ベルはやれやれとでも言うように肩をすくめた。
「ワカッタラデナオシテクル。タダレシピドオリ、ツクレバイイモノジャナイ。スコシハジブンデソウイクフウスル。アナタノツクルモノカラハ、マッタクソレガカンジラレナイ」
それだけ言うと、肩を落としたエーアリアスと、どこか嫌そうな表情を浮かべるマリアをよそに、テーブルから飛び降りると、本を読むべく小走りに図書室へと駆けていった。
「リア、私からも1つ言わせてもらっても良い?」
「⋯⋯何?」
「作りすぎ。ベルが残したやつを食べさせられる私の身にもなってよ」
「ごめんなさいなの⋯⋯」
マリアは大きな溜息を1つ吐くと、げんなりとした表情で食べ始めた。
「ほとんど無駄だとは思うけど、一応アルたちも呼んで。1つぐらいは片付けてくれるだろうし」
「わかったの」
およそ10分後、半ば無理矢理呼び出されたアルフォード、レリオン、ギルガルドは無表情にフォークを口に運んでいた。
「くそっ、あいつら逃げやがって」
無表情でこの場にいない3人に悪態をつくギルガルドに、エーアリアスは顔を引きつらせた。
「ごめんなさいなの。私が作りすぎたせいなの」
「⋯⋯別に責めてるわけじゃねぇよ」
ただ文句の1つでも言っていないと気が収まらないだけだとギルガルドは困ったように笑った。
「でも、根本的な原因を作ったのは私なの⋯⋯」
そう言ってエーアリアスは俯いた。
重い空気のまま、ただ食器が触れ合う音だけが響く。
何かの作業のように5人で淡々と食べ続けること30分ほど。
「⋯⋯ごめん私、そろそろ限界。ちょっと飽きてきたし⋯⋯」
そう言いながら何杯目かわからないお茶を口にする。
テーブルの焼き菓子も残すところ手のひらサイズのものが10個弱となっていた。
「ごめんなさいなの」
マリアの目の前に積まれた10枚ほどの空の皿に、エーアリアスは申し訳なさそうに目を伏せた。
「謝るようなことじゃないよ。それにどれも美味しかったしね。ベルは⋯⋯ちょっと意地になってるだけだと思うし⋯⋯」
そう言ってマリアが微笑んだところで、若干足元がおぼつかない様子のメアリーが入ってきた。
「お嬢様、あと1時間ほどで到着いたします」
「わかったの。あっ、ここにあるの、好きなだけ持っていっていいの」
残すのももったいないからと、エーアリアスが言うと、メアリーは嬉しそうに大皿ごと全部受け取った。
「ありがとうございます」
メアリーが立ち去ったあと、非難がましい視線がエーアリアスに向けられる。
「べ、別に押し付けたわけじゃないの。メアリーはここ数日碌に食事をしていないだろうから心配だっただけなの」
「いや、碌に食事してないって⋯⋯」
「わ、私はいつもちゃんと食べるようには言ってるの。一応食事も運んでるの。でもいつもほとんど口を付けないし、ふらふらなの。睡眠も碌に取っていないみたいで⋯⋯私だって操縦ぐらいできるのに⋯⋯」
エーアリアスは小さく溜息を吐いた。
(王女様が船の操縦って⋯⋯)
マリアは口には出さなかったものの、思わず心の中で突っ込んでいた。
「私に『そのような雑事をさせることなどできません』って言うの」
「料理は良いのに?」
「それはもう私の趣味だと思って割り切っているみたいなの」
矛盾しているけどと、エーアリアスは笑うと、皆に荷物をまとめて降りる準備をするように言った。
「港に着いたらお城まで馬車で30分もかからないの。今のうちに心の準備をしておくといいの」
その言葉にギルガルドの顔色が悪くなる。
「城か⋯⋯いや、でも今回は心の準備ができる分まだマシか⋯⋯」
前回のあれに比べればと、ブツブツ呟きながら食堂を出ていくギルガルドをマリアは心配そうに見ていた。
「マリアは変なの」
「えっ? どこが?」
「普通お城に行くって言われたら、もっと狼狽えるものなの」
「そうかな⋯⋯」
マリアは誤魔化すように苦笑いする。
「お城に行くことなんて、もう何日前から決まってたし⋯⋯」
エルドラント王国の王城に何回も足を踏み入れているマリアの感覚は完全に麻痺していた。




