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「どうしたのだ? 説明しろ」
国王は再度問いかけた。
けれど少女は黙り込んだままだった。
「何も言わないということは自分たちが貴族だから何をしても許されると思っていたということで良いのか?」
「ち、違っ!」
「だがお前たちは何も言わなかったではないか。それでは何が違うというのだ?」
少女は答えられなかった。
「これに懲りたのならもうこのようなことは言うべきではない」
その言葉は少女だけではなく、周りの者にも向けられたものだった。
「はい⋯⋯」
顔にも声にも不本意だと出ていたが少女は頷いた。これ以上何を言っても国王を怒らせるだけだとわかったのだろう。苦々しい顔をして去って行った。
「さて、マリア。お前とは一度ゆっくり話してみたいと思っていたのだ。学園長に部屋を用意させたからそちらに行くぞ。ここは人の目もあるからお前も落ち着かないだろう?」
国王は言いたいことを言うだけ言ってさっさと歩き出してしまった。
(私の意思は完璧に無視ですか⋯⋯。まぁでも部屋を用意してくれたのはそれなりに配慮してくれているってことよね? まっ、目立っていたからあまり関係ないと思うけどね)
マリアは小走りで国王を追いかけた。国王は普通の速度で歩いているつもりのようだが、いかんせん身長がかなり違う。ということは勿論足の長さも違うということだ。結果、マリアは小走りになる。
国王はそのことにすぐに気がついて速度を落とした。
「すまんすまん。お前が幼い子供だということをすっかり忘れておった」
「いえ、気にしないでください」
国王に連れて来られた部屋はそれなりに立派な部屋だった。国王の頼みだということもあるのだろうが、話をするだけに使うには広すぎるぐらいだ。
「皆下がっていろ。マリアとは二人っきりで話がしたい」
国王がお付きの人たちに命じたが彼らは渋った。
「しかし子供とはいえ平民と二人っきりになるのは危ないかと⋯⋯」
「どう危ないというのだ?」
しかし国王は引かなかった。
「身元がはっきりと証明されておりません。暗殺者の類ではないと言い切れません」
お付きの者たちも従うことはできないと確固たる意思を示したが──。
「身元保証人をローザがしていると言ってもか?」
「ローザというとあのローザですか?」
お付きたちは驚愕の表情を浮かべた。
「お前たちが言うローザと私が言っているローザが別人でなければな」
「⋯⋯それでしたら良いでしょう」
お付きの人たちは部屋から出て行き、部屋にはマリアと国王が残った。
「話というのはアルのことだ」
国王は全員が部屋から出て行ったことを確認すると前置きもなしで話し出した。
「遠まわしに言ってもわかり辛いだろうからはっきり訊く。お前とアルの関係は何だ?」
「アル? アルフォードさんのことですよね?」
マリアはわかり切ったことを尋ねた。
「アルフォード?」
今度は国王が頭を傾げる番だった。
「あっ! アルデヒド様のことです」
「ああ、言われてみれば確か偽名がそんな名だった気がするな」
そして国王は再度問いかけた。
「それでアルとお前の関係は?」
マリアはどう答えようかと考えた。質問がシンプルなだけに求められている答えがわからない。マリアは考えることを放棄した。
「友人です」
「本当にそれだけか?」
マリアの答えに国王は追及した。
「⋯⋯国王様は一体何が言いたいんですか?」
マリアには国王の意図はわからない。
「お前には単刀直入に言うのが良いかもしれんな。アルとはただの友人通しなのだな?」
「そうでなければ何だと言うのです?」
マリアにはまだ回りくどかった。
「わからないなら良い」
それで国王からの話は終わった。
部屋を出る時にここで話したことは話さないように頼まれた。
ホールに戻るとエリザベートが駆け寄ってきた。
「ごめんね、1人にしちゃって」
一瞬何のことだかわからなかったがすぐにあの貴族のことだと気がついた。
「ううん、大丈夫だよ。国王様が助けてくれたし」
「そう⋯⋯」
エリザベートはホッとした顔をした。
「そう言えば国王様の話って何だったの?」
興味津々といった様子で聞いてきた。
「聞いてたんだ⋯⋯」
マリアが批難の目を向けるとエリザベートは慌てたように言った。
「マリアを見つけたから声をかけようと思って近づいたらあんなことになっちゃったのよ」
マリアは別に本気で怒っていたわけではないので話を続けた。
「国王様の話って言っても個人的なことだったし口止めされたからいくらエリザでも言えないよ」
「そう、仕方がないわね」
エリザベートは残念そうな顔をした。
他にも周りで聞き耳を立てていた何人かが同じように残念そうな顔をしたのだが、幸か不幸かマリアはそれには気がつかなかった。
色々あったが時間になり予定通りパーティーは始まった。
来賓の紹介があったがその時に初めて国王が来ていることに気がついた者も少なくどよめきが起こった。
「それではこれより新入生歓迎ダンスパーティーを開催する」
学園長の宣言でパーティーが始まった。
実はこのパーティー、貴族のお見合いも兼ねているらしい。卒業するまで結婚相手が見つからない者は適当に同格の家の者と結婚させらるとか。その代わり、在学中に相手を見つければ家の格は考慮されないらしい。言わば彼らにしてみればこのパーティーは自由に結婚相手が選べる唯一の機会だと言っても良い。
何が言いたいかと言うと身分が高い家の子弟は女性が、可愛い、もしくは綺麗な女性の周りには男性たちが集まりお互いに牽制し合いながらダンスの申し込みをしていた。
中には我関せずといった様子の者も少なからずいたが。
マリアはそんな周囲の様子に付いて行けず呆然としていた。
「じゃあ私も相手を探して来るわね」
エリザベートもすぐにいなくなってしまった。
マリアのような幼い子供を相手するような酔狂な人間はおらず、隅で1人立っていることしかできなかった。
「マリアだけか?」
アルフォードがそんなマリアを見つけて声をかけてきた。
「うん。⋯⋯アルはあれに加わらなくっていいの?」
マリアの視線の先には一際大きな人垣があった。
「ああ、面倒くさいからな」
それから2人は仲良く並んで談笑していた。
そんな2人を見つめる人間がいた。
「何もないと思っていたがまさかアルの奴、ロリコンではあるまいな」
国王は浮いた話一つない息子の心配をしていた。
「流石にそれはない。⋯⋯それはないだろう。⋯⋯それはないと思う。⋯⋯それはないと信じたい」
独り言がだんだん自身なさげなものに変わっていった。
それを聞いていたこの場で一番の腹心の近衛騎士は聞かなかったことにした。
ダンスの相手もあらかた決まったところで音楽が流れ始めた。相手が見つけられなかった者は隅まで移動する。
マリアはアルフォードと共にホールの中ほどまで移動する。マリアが踊ってみたいと言ったためだ。
それを見て国王は悶々と答えが見つからない考えを巡らせた。その間に独り言を漏らしていたために近衛騎士も聞いていない振りを強いられることとなった。




