163
エーアリアスはマリアたちを街外れの船着場に連れてきた。街中の水路に浮かんでいる水上タクシーとは比べものにならない大型の船が並んでいる。
「⋯⋯これで王都まで行くの」
エーアリアスの指し示す先には周りよりも一回り大きい、銀色の金属製の船が停泊していた。
「この私の《白銀の女神号》なら、通常馬車でどんなに急いでも1月はかかる距離を3日で移動できるの。王都まで1週間あれば着くのよ」
自慢気に胸を張るエーアリアスをマリアは呆れた目で見た。
「何、その痛い名前⋯⋯」
つい本音が口から溢れる。
「い、痛い⋯⋯の?」
エーアリアスはショックを受けたように固まった。
「⋯⋯はい」
言い辛そうにマリアが頷くと、エーアリアスは愕然とした表情のままその場に座りこんだ。
「3日も考えたのに⋯⋯」
両目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。
「服が汚れますよ」
「わかってるの、メアリー」
差し出された手を借りて立ち上がると、服を軽くはたきながら、マリアたちに船に乗るように言った。
マリアはエーアリアスに謝ろうとしたが、かける言葉が見つからず、結局無言のまま桟橋から船の横に付いていた梯子を上った。
「そういえばこの船、どうやって動くんだろう?」
甲板からフィマエルの街並みを見ながら誰に言うわけでもなく呟く。
「よくぞ訊いてくれたの」
エーアリアスは誇らし気に胸を張ると、喜々として説明を始めた。
「この船は一種のマジックアイテムなの。魔石を動力として、この国独自の技術を結集して作られてるのよ。伊達に魔術国家とは呼ばれていないということなの」
「⋯⋯魔術国家?」
初めて聞く言葉にオウム返しになる。
「そうなの。この国は魔術国家と呼ばれてるの。魔術技術によってこの国は100年も200年も文化が進んでいるとも言われているのよ。その一端には、もう触れてるはずなの。⋯⋯妙に安いと思わなかった? 服やマジックアイテムの類が」
「そういえば⋯⋯」
マリアはマジックアイテムの値段など確認していなかったが、それでもただ単に気候や文化、技術力の差だけでは説明がつかない、異常とも言える服飾品の値段を思い出し、納得の声を思い出した。
「そして別名『船と水路の国』とも呼ばれるぐらい水路の整備が進んでいて、馬車よりも船での移動の方が主流なの」
「わざわざ説明、ありがとうございます」
「⋯⋯いいの。この国について知られていなかったことが王族として看過できなかったの」
感謝されるようなことではないと、エーアリアスは口にした。
「そういえばまだ名前を訊いていなかったの。教えてもらえる?」
うっかりしていたというようにエーアリアスが尋ねれば、そういえばとマリアも苦笑いした。
「私はマリアです。この子はベル。エルドラント王国でCランク冒険者をやっています」
ベルはマリアの肩の上で無言で頭を下げて微笑んだ。
「冒険者? その歳で?」
自分とさほど変わらない歳だろうと、エーアリアスは瞠目する。
「⋯⋯はい。父親はもういませんから⋯⋯」
言い辛そうにそう答え、寂し気に微笑むとエーアリアスは悪いことを訊いたと決まりが悪そうな暗い顔をした。
「別に気にしてませんから」
ただの1つの事実でしかないと、マリアは微笑みかけた。
「これは私の矜持の問題なの」
ごめんなさいと、エーアリアスは頭を深く下げた。
「気にしてませんから、頭を上げてください。王女様に頭を下げさせたなんて私、怒られてしまいます」
困ったようにマリアが言うと、ハッとしたようにエーアリアスは口元を押さえた。
「ごめんなさい。別に困らせるつもりはなかったの。ただ、謝罪をしたかっただけで⋯⋯」
「わかっていますから、悪気がなかったことは」
誠意を見せようと思ってくれただけで嬉しいとマリアは笑った。
「ところでエーアリアス様、なぜ私は国王様にお会いしなければならないのです?」
この場で訊く分には構わないだろうと、先ほどは訊けなかった疑問を口にする。
「その話をする前に、私のことはリアでいいの。エーアリアスなんて長い名前、いちいち言うのは大変でしょう?」
「リア様⋯⋯ですか?」
「様もいらないの。様付けはあまり好きじゃないの。べ、別に歳が近い子と仲良くなりたいとか、そういう下心は一切ないのよ」
後半は慌てたように早口になる。
「⋯⋯そういうことにしておきます」
マリアが少しいたずらっぽく笑うと、エーアリアスは頬を膨らませた。
「ち、違うの! 本当に様付けが嫌なだけなの!」
エーアリアスは明らかな動揺を見せる。
「リアはわかりやすいです」
「敬語もいらないの。⋯⋯だって敬語を使うって上下関係があるってことでしょう?」
沈んだ顔をするエーアリアスに、マリアは何も言えなかった。




