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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第九章 夏季休業
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「ん~、こっち⋯⋯かな」


 10分ほど迷ったあげく、マリアは最初の翡翠色の石と空色の石が連なったブレスレットを買うことに決めた。


「すいません。これください」


 この手の店では珍しい、中年の男性の店員に会計を頼む。


「あいよ。小銀貨2枚だ」

「⋯⋯小銀貨2枚ですね」


 マリアは復唱しつつ言われた金額を払おうとしたが──。


「ちょっと待つの!」


 マリアの背後から静止の声がかかる。


「えっ?」


 マリアが振り向くとそこには先ほどの少女が立っていた。


「それに20エルは不当なの。5エルで十分なの」

「⋯⋯おいおい嬢ちゃん。それは珍しいアレキサンドライトキャッツアイを使ってるんだ。17エルはもらわねぇとあわねぇよ」


 店員は面食らったように数回瞬きした後、困ったように苦笑いした。



「珍しい? 間に入ってるのはシーブルーカルセドニーなの。それに大した価値はないの。7エルなのよ」

「バカを言うんじゃねぇ。そのサイズの石にそれだけ精巧な彫りを入れるのは大変なんだ。14エルだ」


 マリアもギルガルドたちも、突如始まった値切り交渉にぽかんと口を大きく開けた。


「逆に言えばそれだけなの。技術がどうこう言うのなら、アレキサンドライトキャッツアイにも何か素材を活かした加工をすべきなの」

「チっ、10エルだ。それ以上は譲れねぇ」


 そしてあっという間に半額になったという事実にマリアは呆然とする。


「どうしたの? 買うんじゃなかったの?」

「えっ? あっ、ごめんなさい」


 謝りながら小銀貨1枚を支払う。

 会計が終わるや否や、マリアは少女に腕を引っ張られ、店の隅に連れ去られた。


「何を考えているの? どこの世間知らずのお嬢様なの? あれぐらいの交渉なんて、5才児にもできて当然のことなのよ?」


 その語調は厳しいながらも、どこか優しさを感じるものだった。


「あれじゃいいカモでしかないの」

「⋯⋯ごめんなさい。私、この国に来たばかりだったから⋯⋯。それとありがとう」

「えっ?」


 お礼を言われるようなことはしていないと、少女は不思議そうな顔をした。


「私が損をしないように代わりに交渉してくれたでしょ?」


 そう言ってマリアが笑いかけると少女は視線を逸した。


「べ、別にあれはあなたのためを思ったからじゃないの。私の目の前でカモられるのが気に食わなかっただけなのよ」

「ん〜、そういうことにしといてあげる」

「だ、だからあれは私のためのことだったの!」


 少し捻くれた性格の少女にマリアは楽しそうに笑い、大人たちはそんな2人のやり取りを微笑ましく見ていた。


「お嬢様。そろそろお時間です」


 不意に横からそう声がかかる。


「もうそんな時間なの? メアリー」


 メアリーと呼ばれた10代半ばの淡い水色の髪の少女は、その言葉に頷いた。


「はい」

「そうなの。⋯⋯アレキサンドライトキャッツアイの意味は隠れた才能の開花、情熱と安らぎ。シーブルーカルセドニーは心のバランスを整えるなの。精々大事にするといいのよ」


 藍色の髪の少女はそう言ってマリアに笑いかけた。


「はい。⋯⋯あっ、これが何の石かわかりますか? できれば意味も」


 マリアは服の下からペンダントトップを引っ張り出し、少女に見せた。


「ちょっと貸してみるの」


 差し出された手に乗せると、少女はそれを光に翳して言った。


「これはアクアオーラなの。意味は知恵を得るなのよ」


 そう言ってマリアに返そうとした時だった。


「えっ?」


 少女が右の中指にはめていた指輪の黄色い石が輝いた。そしてそれに呼応するようにペンダントトップの蒼い石も光を放つ。


「えっ? 何? 今の⋯⋯」


 すぐに光は収まったが、マリアは何が起きたのかわからず、目を白黒させた。それは店内にいた他の者も変わらなかったが、ただ1人、先ほどまでマリアと話していた少女だけは違った。


「⋯⋯ちょっと話を訊かせてもらう必要ができたの」

「えっ?」


 少女は鋭い眼差しをマリアに向けると、強く腕を掴んだ。


「話って? それにさっきの光は?」

「その話は後なの。いいから付いてくるの。これは私、エーデル王国第二王女のエーアリアス・フォン・エーデルの命令なの!」


 少女の──エーアリアスの言葉が店内に響き渡ると、店内に静寂が満ちた。


「第二、王女?」


 誰かが呆然と呟いた。


「権力で言うことを聞かせるのは嫌なの。でもそれ以上に今は緊急事態なの」

「⋯⋯緊急、事態⋯⋯ですか?」

「そうなの。なぜあなたがそれを持っていたのか、お父様の前で話を訊かせてもらうの」

「えっ?」


 マリアたちの思考が停止している間に、マリアは力強くで店の入口まで引きずられていた。


「ちょっと待て。王族だかなんだか知らねぇが、何の説明もなく人を連れて行くんじゃねぇよ」


 だかギルガルドの静止が入る。サンドライトの1件で、だいぶ王侯貴族に耐性がついたようだ。


「⋯⋯ここで説明できることじゃないの。この子が心配なら付いてきて構わないの」


 説明はそれだけだとでも言うようにエーアリアスは背を向け、また歩き出した。


「おい! 待てって!」


 静止の声も虚しく、その歩みが止まることはない。

 仕方がなく他の者たちもその背を追うこととなるのだった。

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