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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第九章 夏季休業
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 店員に笑顔で見送られ、店を後にする。そんなマリアの顔もまた満面の笑みだった。


「⋯⋯マリア」


 のんびりと大通りに向かって道を歩いていると、不意にアルフォードがいつもより幾ばくか低い声でそう呼びかけた。


「? どうしたの? アル。そんな怖い声なんか出して」


 マリアは不思議そうに笑顔のまま首を傾げる。


「⋯⋯マリア、僕が国境でお前に言ったことを憶えているか?」


 アルフォードはただ淡々と無表情でそう尋ねた。


「えっ? 憶えているに決まっているでしょ。まだ数時間しか経って、いないんだし⋯⋯」


 マリアはアルフォードに薄ら寒いものを感じて、若干声を詰まらせる。


「本当か?」

「う、うん」


 マリアは気圧されたように、だがしっかりと頷いた。

 2人の後ろを歩いていたギルガルドがそっと天を仰いで声を漏らす。


「アルのやつを怒らせちまったか⋯⋯」


 その声はとても小さく、周囲の音に紛れ、隣を歩いていたフェルトの耳にも届かなかった。


「憶えている? どの口がそれを言ってるだ?」

「えっ?」


 アルフォードは口に微笑を浮かべ、畳みかけるように質問を並べる。


「言ったよな? この国で買い物をする時は値切るのが基本だって」

「⋯⋯あっ」


 そこまで言われてようやくマリアはアルフォードが言いたいことに思い至る。


「⋯⋯屋台で値切らなかったのは情報料代わりだとして、舟の運賃と洋服の代金を値切らなかったのはなぜだ?」


 何を考えているんだと、アルフォードは笑顔で問い詰める。


「なぜって⋯⋯だって、安いぐらいだったし⋯⋯」


 マリアはアルフォードと目を合わせようとはしなかった。ただひたすら俯いている。


「安い? それは何を基準にしてだ? エルドラント王国か? 国が変われば文化も変われば物価も変わる。それは服1つ取ってみてもわかるだろ?」

「⋯⋯それは⋯⋯そうだけど」


 マリアは反論できず、強く手を握り込んだ。


「でも⋯⋯でも…だからってそんなに責めることはないでしょ⁉」


 アルフォードを見上げるマリアの目には涙が溜まっていた。


「アルが過去にこの国で何があったのかは知らないけど、自分の価値観を私に押し付けないでよ」


 だが、その瞳には確かな意思が宿っていた。


「押し付けてなんか⋯⋯」

「じゃあ理由も何も言わずに、ただ自分と同じことを望むのは押し付けじゃなかったら何だって言うの?」

「それは⋯⋯」

「⋯⋯」


 気まずい沈黙が流れる。


「⋯⋯気持ちはわかるがその辺にしておきなさい。それにこんな往来でする話でもないだろう?」


 レリオンがそう窘めると、2人は渋々といった様子で頷いた。


 なんとも言えない重い空気を纏ってフィマエルの街を歩く。


「あっ」


 1軒の店の前で足を止める。看板には『アクセサリーショップ ローズ・ベリー』と丸っこい字で書かれている。


「何か気になった物でもあったのか?」

「うん。ちょっと寄っても良いですか?」


 そうギルガルドにお伺いを立てる。


「ああ、構わねぇ」

「でもギルガルドさんたちには居心地が悪くないですか?」

「⋯⋯この手の店にはこういう時じゃなきゃ、おいそれと入れねぇからな。俺らも楽しませてもらうから気にすんな」


 そう言ってギルガルドは乱暴な手つきでマリアの頭を撫でた。


「髪型が崩れるからやめてください」


 ギルガルドの手を払い除けつつ、それを羨ましそうに見ている3人組の視線もスルーして店内に入る。


「アル坊はどうする?」


 アルフォードはレリオンの問いに少し迷う素振りを見せたが、軽く首を横に振ると言った。


「いや、僕も行くよ」


 そう言ってマリアたちの後を追った。


「ん~、どっちかな?」


 店内ではマリアがブレスレットを手に真剣に迷っていた。

 こじんまりとした店内には他にも数人の若い女性たちがおり、ギルガルドたちの見た目に少し眉をひそめていたが、特に何をするでもない者に文句を言えるわけもなく、ただ軽くギルガルドたちを睨んだだけだった。


「この服に合わせるんだったらこっちだけど、いつものならこっちなんだよね~」


 一方は大粒の翡翠色の石と、小ぶりな空色の石が交互に連なったもの。もう一方は深い瑠璃色の半透明な石が連なったもの。

 そして空色の石には蝶が、瑠璃色の石には大輪の花の絵が彫り込まれており、翡翠色の石には明るい光の筋が走っておりなかなかに綺麗だった。


「両方買ったらどうだ?」

「ん~でもアクセサリーなんて、そんなにあっても着けないし⋯⋯」


 それにお金を使うのはと、マリアは渋る。


「⋯⋯そんなの今さらじゃねぇか?」


 ギルガルドは呆れたようにそう溢した。


「それとこれは別の問題なんです!」

「うるさいの! 少しは周りの迷惑も考えるの!」


 思わず声を荒げればただちに文句が入る。


「あっ、すいません」


 マリアとさして歳の変わらない、黒に近い深い藍色の髪の少女に謝る。


「わかればいいの」


 少女はぷいっと横を向くと、手元に視線を落とした。その白い頬は僅かに赤くなっていた。

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