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それからおよそ2週間後。一行はエーデル王国との国境にたどり着いた。
「えっ? ⋯⋯洞窟?」
マリアは困惑の声を上げる。
現在位置は国境の山脈、その山々のうちの1つの中腹だった。そして目の前にあるのは向こう側が見えない大きな洞窟への入口だった。
「知らなかったのか? エーデルとの国境が洞窟なのは結構有名な話だぞ」
「えっ? そうなの?」
意外そうな顔でアルフォードに言われ、マリアは慌てて他の者の顔を見る。
「⋯⋯まさか知らない奴がいるとは思わなかった」
呆れた顔でギルガルドに見返された。周りもその言葉にしきりに頷いている。
「⋯⋯まさか知らなかったの私だけ?」
そうポツリと呟いたマリアの頭をベルが肩の上で背伸びをしながら優しく撫でる。
「マリア、ゲンキダス。ワタシモシラナカッタ」
「⋯⋯ベル、ありがとう」
ベルは知らなくても当たり前だしなと、マリアは少し複雑な心境だった。だがその励ましが嬉しく、肩からバランスを崩して落ちかけたベルを助けながらお礼を言う。
「ドウイタシマシテ」
ベルはマリアの肩に座り直すと、にっこりと微笑んだ。
洞窟の入口でマリアたちは手続きがあるからと、兵士と役人らしき者たちに止められた。
マリアはどんな手続きがあるのかと内心少しビクビクしていたが、普段街に入るときとさして変わらない、強いて違いを上げるとすれば軽く手荷物を調べられたぐらいだ。だがそれもあくまで形式上の形ばかりのものだった。
あっさりと通され、洞窟内に入れたことにマリアは拍子抜けした。
「⋯⋯こんなに簡単で良いの?」
壁に備え付けられたランプに照らされた洞窟内を歩きながらポツリとマリアが漏らした当然といえば当然の疑問にアルフォードは肩を竦めた。
「僕たちが冒険者じゃなかったらもっとしっかりと調べられた。商人なら商品の価値に応じた関税を払わなくてはいけないしな。逆に貴族でも、国外に出るにはその目的を訊かれる。⋯⋯正直、良からぬことを考える奴らも多いしな。どちらかというと他国に迷惑をかけないようにする為という意味合いが強い」
「⋯⋯貴族って、まともな人間の方が少ないからね」
ベルジュラック公爵とか、と言って過去のあれこれを思い出したのか少し悲し気に笑った。
「⋯⋯そうだな」
「まったく耳が痛いことだ」
レリオンはそう言って重い重い溜息を吐いた。
ギルガルドたちは貴族であるレリオンがいる前で下手に貴族についてどうこう言う勇気はなく、ただただ押し黙っていた。
重苦しい沈黙が訪れる中、遠くに見えた明かりが段々と大きくなり、一行はついに山の反対側に抜けた。
「あっ、そうだ」
エルドラント王国側とほとんど変わらない審査を受けた後、不意にアルフォードがそう口にした。
「アル? どうかしたの?」
「大事なことを思い出した」
アルフォードは神妙そうな顔でそうマリアに告げた。
「大事なこと?」
「ああ。良いか、よく聞け。エーデル王国で買い物をする時は絶対に言い値で金を出すな」
「⋯⋯えっ?」
どんなことを言われるのかと身構えていたマリアは、予想よりも大したことがなかったことに少し拍子抜けしたように声を漏らした。
「ふっかけられるってこと?」
「ああ」
アルフォードは何を思い出したのか声を震わせた。
「エーデルで金払いが良い人間はカモでしかない。マリア、お前は自分が同年代の者よりも金を持っていることを自覚しろ。金を持った子どもなんてネギを背負ったカモでしかない」
「⋯⋯う、うん。わかった」
マリアはいったい何があったのかは怖くて訊けなかった。
「値切るのを忘れるなよ」
「う、うん⋯⋯」
アルフォードのあまりに鬼気迫る表情にマリアは引いた。他の者たちも呆れたような、困ったような、複雑そうな顔をしていた。
「アル、それぐらいにしておけ。マリアが引いているぞ」
ギルガルドが溜息を吐きながら話に割り込んだ。
「えっ?」
アルフォードは言われて初めてマリアが引きつった笑顔をしていることに気がついた。
「あっ、ごめんな。つい⋯⋯」
アルフォードは決まりが悪そうにそう謝った。
「⋯⋯ううん、別に良いよ。他に何か注意事項はある?」
「そうだな⋯⋯。これは注意事項というわけじゃないが、僕たちはともかく服マリアは新しく買った方が良いかもしれない」
「えっ? なんで? このままじゃ駄目?」
無駄な出費になるのではないかとマリアは渋る。服は1着でも結構高いのだ。下手な大人よりもお金は持っているのにマリアは変なところで考えが庶民的だった。
「駄目というわけではないが⋯⋯目立つぞ」
「えっ?」
「向こうとこっちでは女性の服の流行がかなり違う。それに値段自体も⋯⋯お前が考えているよりもかなり安いと思うぞ」
「えっ? なんで?」
「⋯⋯技術力の差だな。エーデルは産業がかなり発達しているから、布自体がかなり安いんだ」
「あれ? それならなんでエルドラントだと高いの?」
マリアは不思議に思う。隣の国なんだから安いのが普通なのではないかと。
「高い関税をかけているんだ。でないと⋯⋯路頭に迷う人間が大量に出る」
「えっ?」
「今売られているものよりも安くて高品質なものが売られてみろ。布を作っている人間が職を失う」
「あっ」
マリアはそこまでは考えていなかったと落ち込む。
「いや、普通そこまで考えられないからな」
ギルガルドが突っ込んだが、誰も聞く者はいなかった。
何はともあれ、ひとまず適当な街で買い物をすることが決定したのだった。




