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「⋯⋯何の音?」
遠くから聞こえてきた鈍い打撃音にマリアは首を傾げる。
「あの推測が当たったかもしれないぞ」
「えっ? まさか⋯⋯」
マリアは笑い飛ばそうとした。
だが現実はあまりにも無情だった。
「おお、2人とも久しぶりだな」
角から各々の武器を手にした国王たちが現れ、マリアとアルフォードは引きつった顔を見合わせた。
「⋯⋯前回お会いしたのは久しぶりというほど昔じゃないですよ」
「そうか? 1週間も経てば昔だろう?」
国王の後ろで宰相が頭痛がするのか額を押さえている。
「⋯⋯今はそんな世間話をしている場合ではありません」
「んっ? ああ、そうだったな。そちらの者たちが今回同行している冒険者たちか? ギルガルドという者の仲間の」
その言葉でマリアとアルフォードは最悪の予想が当たったことを悟った。誰もギルガルドの名など国王に伝えていない。
「⋯⋯なんか頭痛がしてきた」
「⋯⋯奇遇だな。僕もだ」
いったいユニコーンたちは何をやらかしてくれたのだと、叶うことならば今すぐこの場にユニコーンを呼び出して問い詰めたかった。
「? どうした? 違うのか?」
「いえ、あってますよ。あってはいますけど⋯⋯」
それ以上言葉が続かない。
「そうか。⋯⋯私はサンドライト、こっちはエルマンだ。よろしく頼む」
そんなマリアの複雑な心境に気づかなかったのか、はたまた気づいてはいるがあえて気づかなかった振りをしたのか国王はフェルトたち3人に向き直ると軽く挨拶をする。
「あっ、ご丁寧にどうも。ギルガルドとパーティーを組んでいるフェルトです」
「同じくダスケルです」
2人とも何かを感じたのか普段よりも若干丁寧に自己紹介をする。
後ろではらはらと見守っていたギルガルドがホッと息を吐いた。
「サウリだ。別にパーティーを組んでいるわけじゃねぇが一緒に行動させてもらっている」
だがどこにでも空気の読めない者はいる。国王が——サンドライトが国王であると知っている者たちが瞬間的に顔色を変える。
奇妙な沈黙がその場に満ちた。
「えっ? なんだ? 俺何か変なこと言ったか?」
部屋の空気が変わったことにサウリは戸惑いの声を上げる。
「いや、そんなことはない。私のことはサンディと呼んでくれ」
国王が何事もなかったかのように愛称呼びを許可したことでようやく時間が動き始めた。一部の人間は驚愕の眼差しでサウリを見ていたが。
「わかった。サンディだな」
サウリはそう軽く国王の名を呼んだ。眩暈がしたのかエリーザが部下の1人に肩を支えられていた。
「ところでサンディとマリアちゃんたちはどんな関係なんだ?」
当然といえば当然の疑問。だがその言葉で場の空気が緊迫したものへと変わり、何と答えるのかと視線が国王に集まる。
「⋯⋯アルフォードもマリアも⋯⋯なんだ⋯⋯その⋯⋯」
国王は目を泳がせて言葉に詰まった。
周囲の目が不審なものを見る目に変わる。
「御二人ともちょっとしたきっかけで知り合ったのですよ。いわば偶然がなした奇跡ですね。それなりに親しくさせていただいております」
宰相は国王に助け舟を出すかのように手短く、嘘は吐いていないが、はっきりとは本当のことも口にはせずに説明する。ちょっとの定義は人の主観によって微妙に変わる。その所為で客観的に見れば間違っていても仕方がない。
「⋯⋯どんなきっかけか訊いても良いか?」
「それはちょっと⋯⋯。この場にいない者も深く関わっていることですので⋯⋯」
流石に許可なく話すことなどできないと宰相は渋った。
「⋯⋯そうか、悪い。無理を言ったな」
「いえ、お気になさらずに。疑問に思って当然のことですし⋯⋯」
ギルガルドの顔色はすでに青いを通り越して白い。腹痛がするのか腹を押さえている。
「⋯⋯訊き辛いんだが、どうしてこんなところに?」
今さら過ぎる質問に国王は苦笑する。
「ちょっと家が壊されてな。その報復だ」
「はっ?」
頭の中で言われたことと現在の状況が繋がらず、サウリは思わず訊き返した。
「⋯⋯なぜだかお前たちが捕らえられた所為で家が壊されたんだ」
二度も言いたくないと苦笑いを浮かべる。
「えっ?なんで?」
「こっちが訊きたいぐらいだ。まったく私が何をしたというのか⋯⋯。直すのもタダではないというのに⋯⋯」
「⋯⋯それは災難でしたね」
まだ理解が追いついていなかったが、なんとかその言葉を絞り出す。
「修理代金はそこのエリーザという者に請求する」
「はい?」
いきなり自分の名を出された上にまったくあずかり知らないところで賠償責任を負わされエリーザは瞠目した。
「⋯⋯ことにしようと思っていたが、少し状況が変わった。請求はそこらに倒れている者にするから心配するな」
エリーザの反応が面白かったのか愉快だとでもいうように笑った。
「⋯⋯脅かさないでください」
「すまないすまない。ちょっとした冗談だ」
悪びれた様子も見せずに謝罪の言葉だけを口にする国王に宰相は目を怒らせた。
「まったく貴方という人は⋯⋯誠意というものを見せてくださいと何回言えばわかるんですか」
「⋯⋯冗談と言っただろう?」
「それとこれとでは話が別です。帰ったら説教2時間コースですからね」
「そ、それだけは止めろ!」
明らかに力関係が逆転している状況に周囲は苦笑いを隠せない。
「えっと、レリオンさんと合流したら後は任せて良いですか?」
あまりにいたたまれない状況からサッサと抜け出したかったマリアは言い辛そうにそう尋ねた。
「⋯⋯そうですね。構わないでしょう。事後処理はこの馬鹿がやりますので」
「馬鹿とはなんだ⁉ 馬鹿とは⁉」
「ほら、行きますよ。まだあと少し残っているんですから」
了承の言葉がもらえたことに訊いた本人よりも誰よりもギルガルドが一番ホッとしていた。
「⋯⋯いったい今日は何なんだよ」
その呟きは小さく聞こえた者は者はいなかった。




