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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第九章 夏季休業
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 近くの街で一泊した翌日のマリア、アルフォード、レリオンの装いは前日とは打って変わっていた。

 マリアの水色の袖無しワンピースの裾には紺の糸で花の刺繍が施され、白いフリルが可愛らしい。鮮やかな蒼の帽子には淡い水色のリボンが結ばれている。

 アルフォードは白いシャツと黒いズボン。シャツの上には襟元に深緑の糸で蔓草の刺繍が入った黒いジャケットを羽織っている。ジャケットに付いている銀色のボタンには精緻な蔓薔薇が彫り込まれ、見る者が見れば高級品とわかる。腰には自身の得物である白銀の剣を帯びている。

 レリオンの服装はアルフォードと然程変わりない。違いといえば一部の色が違うことと、剣の代わりに黒いステッキを持っていることぐらいだ。アルフォードと同じ黒いジャケットには藍色の刺繍が施され、ボタンの色は金色。ボタンに彫り込まれているのは蔓薔薇ではなく龍。


「⋯⋯なんでそんな服を持ってきていたんだ? てっきりもっと簡素なやつかと思ってたぞ」


 宿の入り口に集合した際に3人を見たギルガルドの第一声がそれだった。周りの他の3人も無言で深く頷いている。


「えっ? 荷物に入れたままだっただけですよ」

「いや普通は自分の荷物は最小限にして、その空いた容量の分だけ倒した魔物の素材なり何なりを入れるもんだぞ」


 呆れた様子で溜息を吐く。


「えっ?」


 マリアは言われた意味がわからないというように首を傾げる。


「私の持っているアイテムポーチって、1級の物ですから容量は関係ありませんよ」

「えっ?」


 言われた言葉の意味を理解するのに数秒かかる。


「それを買う金はどこから出した⁉」

「⋯⋯普通に倒した魔物の素材を売ったお金で」


 心外だと言わんばかりに顔を顰める。


「⋯⋯おじさんは私たちを何だと思っているんですか」

「えっ? あっ、いや⋯⋯」


 咄嗟に言葉が出てこず詰まる。


「⋯⋯信用、されていないんですね」


 その慌てようにマリアの目にジワリと涙が滲んでくる。見た目が見た目だけにいい歳をした大人が子どもをイジメてるようにしか見えない。何も知らない通行人の非難の視線がギルガルドに集まる。


「⋯⋯えっ?」


 謂れのない罪を着せられ、ギルガルドはマリアに弁解することは頭から抜け、困惑することしかできなかった。

 周りも下手に何か言うこともできず、ただただ無言の何とも居心地の悪い時間が流れる。その間にも野次馬は増え、最終的には街の警備兵が飛んでくる事態となった。


「⋯⋯まったく、こっちも暇じゃないんだからな」

「すいません」

「すまねぇ」

「申し訳ない」


 最終的にギルガルドとマリア、ついでに他の5人は警備兵に説教されることとなった。当事者以外の5人は完全にとばっちりと言っても良い。

 すでに野次馬も粗方いなくなっており、時折通りがかった者が説教されている者たちの組み合わせにギョッとしたような顔をする。


「次からは紛らわしい行動はしないように」


 最後にそう締めくくると警備兵は帰っていった。


「⋯⋯遅くなっちゃいますし、そろそろ出発しましょう」

そうだな」


 お互い若干気まずいながらも、なんとか目を合わせることはできていた。

 すでに日はだいぶ高くなっており、徒歩移動では途中で野宿になる可能性もあった。


「そうだな。ここから先は盗賊がよく出るらしいし、いつも以上に気を引き締めるようにな」


 街の門までの道を歩きながらギルガルドがそんなことを皆に注意する。


「えっ? 盗賊が出るの?」

「らしいな。ギルドのお知らせボードに書かれていたんだが、見なかったのか?」

「うっ、見てないです。依頼の方に気を取られていました。というか、その存在自体初耳です」


 その言葉にギルガルドは溜息を吐く。


「あのなぁ、情報収集は冒険者の必須技能だ。特にお知らせボードに書かれていることは自分たちの生死を分けることもあるんだ。次からはちゃんと確認するように」

「⋯⋯はい」


 怒られて肩を落とす。


「でもおかしいな。お知らせボード自体は登録時に説明されるはずだ」

「⋯⋯えっ? そんなこと言われた記憶ありませんよ。⋯⋯アルは?」

「⋯⋯僕もないな」


 それを聞いた瞬間、ギルガルドの顔つきが厳しいものに変わる。


「⋯⋯登録の時に説明したのは誰だ?」


 その声は普段よりも低い。


「お、おじさん、怒ってる?」


 頬を引きつらせながら恐る恐る尋ねる。


「当たり前だろ? 最悪マリアちゃんたちは魔物の胃の中だったかもしれないんだ。それに他にもお知らせボードの存在を知らないやつがいるかもしれねぇ。俺はそんなことは看過できねぇ。それがあの人との、俺が新人時代に世話になった人との約束だからな」


 フェルトとダスケルはまた始まったというように苦笑いした。


「その人って誰ですか?」


 その質問にギルガルドは困ったように笑う。


「教えてやりたいことは山々なんだが、それはできねぇんだ。あの人に絶対に名前を出すなと言われていてな」

「⋯⋯え~」

「あの人が亡くなった今となっては本人の許可を取ることもできねぇしな」

「えっ?」


 思いがけない言葉に目を瞬く。


「死んじゃってるんですか?」

「ああ、6年前にな」

「⋯⋯6年前っていうと戦争ですか?」

「⋯⋯ああ。あの人が亡くなったと聞いた時は信じられなかった。自分の耳を疑った。今になってもまだ実感が湧かねぇ。いつかその辺からひょっこり顔を出すんじゃねぇかって考えてしまう」


 それからしばし沈黙が流れ、再びギルガルドは言い辛そうに口を開く。


「⋯⋯この前処刑されたベルジュラック公爵っているだろ?」

「はい」


 思い出したくない名にマリアは顔を顰める。


「⋯⋯あの人はあいつの指揮下の隊に入れられたんだ」


 その言葉にマリアはハッとした。


「⋯⋯全滅」

「ああ。この間あの時にあった真実を聞いて初めて腑に落ちたよ。あの人は⋯⋯とても戦争ぐらいで亡くなる人じゃねぇからな。それにあの人に世話になったのは俺だけじゃねぇ。フェルトとダスケルもだ。2人とも大なり小なり俺と似たようなことを考えているんじゃないのか?」

「⋯⋯ああ」

「俺もだ。あの人は⋯⋯言っちゃ悪いが地獄の底からでも這い戻ってきそうだからな」

「だなぁ」


 昔懐かしがる3人にどんな人だったんだろうとマリアは思いをはせる。


(きっと思いやり深い優しい人だったんだろうな)


 地獄の云々は聞かなかったことに決め込むマリアだった。

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