幕間14 遺品の行方(下)
「思ったよりも時間がかかったな。待っていたぞ」
室内にいたのは全部で3人。マリアもここ最近で見慣れた国王と宰相、そして見慣れない男性。
ルーナリアはマリアを床に降ろすとその男の後ろに控えた。そこでようやくその男がルーナリアのいう主様だということに気づく。
「⋯⋯誰ですか?」
「んっ? ああ、初対面か。彼はラリー・エルダー男爵だ」
「⋯⋯エルダー男爵」
国王の言葉を反芻する。
「⋯⋯今日呼んだのはお前にこれを渡そうと思ったからだ。いや、渡すというのには語弊があるな。返すと言った方が良いか」
近くにあった小さな机から金属が触れ合う音を響かせて取り上げられたのはこの間見たばかりのあのネックレスだった。
「⋯⋯それは」
それ以上言葉が続かなかった。
「⋯⋯本当はお前の母親に返そうと思ったのだが、行方がわからなくてな」
「えっ?」
言われた意味が理解できなかった。
「⋯⋯借金奴隷となったところまではわかったのだが、その先がわからん」
「えっ? 借金⋯⋯奴隷⋯⋯?」
マリアの記憶の中の母親の姿はあの日いらないと言われた時で止まっていた。てっきり今もあそこで暮らしていると信じて疑わず、あの辺りに近寄ることさえ避けていた。
「そうだ。⋯⋯奴隷に落ちる直前はかなり荒んだ生活をしていたらしい」
「⋯⋯悪いとは思ったがお前のことは少し調べさせてもらった」
そこでやっと今まで黙っていたラリーが口を開いた。
「君自身は少し変わった経歴と交友関係を持っているだけで特にこれといって問題はない。だがお前の父親についてはほとんど何もわからなかった。元Aランク冒険者ということ以外にわかったことはこの国の生まれではないことぐらいだ」
「⋯⋯えっ?」
他国の人間だったというのは初耳だった。
「⋯⋯お前の父親は、アランは何者だ?」
若干の威圧が籠った言葉に思わず少し後ずさりする。
「⋯⋯わかりません」
「わからない? 自分の父親のことだろう?」
「⋯⋯わかりません。他国の生まれだったことも今知ったぐらいです」
ラリーはジッとマリアの目を見た。
「⋯⋯嘘は言っていないようだな」
その言葉で場の張りつめた空気が緩む。
「⋯⋯あの謎めいたアランのことが少しでもわかると思ったんだがな」
ラリーは少し残念そうだった。
「⋯⋯そのネックレスの石は中に魔法陣が刻み込んである魔道具です。一応念のため解析はさせていただきましたが、効果はわかりませんでした。持っていて危険はないというお墨付きはもらっているので安心してください」
その言葉にマリアは首を傾げた。
「わからないって、実際に使ってみなかったんですか?」
「それが所有者設定がされているようで、誰も使えなかったんです。おそらくアラン以外に使える者はいないかと⋯⋯」
「⋯⋯そうですか」
マリアは受け取ったネックレスを首にかけた後、少し考えてから服の下に入れた。なんとなくそうした方が良いと思っただけで特に深い理由はない。
「⋯⋯剣もあるがどうする?」
そう言って見せられたのは一見何の変哲もない鉄剣。鍔の部分に龍とその頭の上に乗る小鳥、そしてその周りをお互いに尻尾を咥えあった蛇の彫刻入っていた。それぞれの目の部分にだけ金、青、緑の石がはまっている。長さは通常よりも長く、マリアの今の身長で扱うことは無理そうだった。
「⋯⋯一応受け取っておきます」
「そうか。それと1つ頼みがあるのだが⋯⋯」
「⋯⋯国王様が私にですか?」
「ああ」
国王の頼みと聞いて思わず身構える。
「⋯⋯学園もそろそろ夏季休業だろう?」
「待ってください。夏季休業って何ですか?」
前置きから知らない言葉が出て戸惑う。
「⋯⋯夏季休業を知らなかったか」
国王もまさか知らないとは思わず瞠目する。
「そろそろ夏だろう? 学園は夏季休業といって夏には2月ほどの長い休みがあるのだ」
「⋯⋯なんで夏になると休みになるんですか?」
マリアにはそれが理解できなかった。基本的に毎日働いて休みは週に1、2回。それが常識だった。
「そのようなことは私も知らん。大方暑いと勉学に集中できないとかそのような理由ではないか? 詳しいことは学園の教師にでも訊け」
「⋯⋯そうですか。それで休みがどうしたんですか?」
納得はできてはいないが、とりあえず話の続きを訊く。
「⋯⋯ちょっとアルと旅行に行ってくれないか?」
言い辛そうに頼まれたのは行き先も不明な旅行だった。
「⋯⋯はい?」
言葉は理解できても内容が入ってこない。
「ああ、もちろん他の者も誘って良いぞ」
「⋯⋯えっと、旅行ってどこにですか?」
「行先はお前に任せる。移動方法もな。最近あいつは少し働き過ぎだ。息抜きをさせてやってくれ」
「何も決まっていないのが一番困るんですけど⋯⋯。それにアルは了承しているんですか?」
それが一番の気がかりだった。本人の了承を取るのは一番最後、そんな予感がした。
「⋯⋯まだだが大丈夫だ。絶対にあいつは了承する」
国王は謎の自信に満ち溢れていた。
「⋯⋯それなら良いですけど、アルが断ったら知りませんよ」
マリアは渋々了承した。一般市民なマリアに国王の頼みを断れるはずがなかった。
普通の一般市民は国王から直接頼みごとなどされることはないのだが、そんなことはマリアの頭にない。
「わかった。それで良い。ああ、なんだったら侍医を連れていくか?」
「⋯⋯レリオンさんをですか? 良いんですか?」
「偶には侍医にものんびりして欲しいからな。心配せずとも代わりの者はいる。2月ぐらいなら大丈夫だ」
「⋯⋯そうですか」
マリアは見たこともない代役の人に同情の念を覚えた。




