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「⋯⋯」
「⋯⋯サッサと答えて。黙ったところで今さら処分は変わらないんだから。変わることなんて精々余計に痛い思いをするぐらいだよ」
いつまで経っても答えようとしないマクシミリアンにマリアがニッコリと微笑めばマクシミリアンはようやく口を開いた。
「⋯⋯何と答えればお前らは納得するのだ?私が奴らを殺したとでも言えば満足か?」
「⋯⋯違うの? でも違ったとしても他の何らかのことはしてるよね?」
明確な答えをなかなか言わないマクシミリアンにマリアは苛立った。
「⋯⋯まあそれは正解だがな」
そう言って始めは自虐的に笑った。そしてそれは次第に高笑いに変わっていった。
「⋯⋯うるさい。黙れ」
しかしそれは周囲の者にとっては耳障りでしかなかった。誰が放ったのか風の刃がマクシミリアンの頬を浅く傷つけ、赤い血が伝った。
「⋯⋯それで具体的な方法は?」
そして一瞬マクシミリアンが固まったところで何事もなかったかのように尋問が再開された。
「⋯⋯しょ、食事に遅効性の麻痺毒を混ぜさせた。それだけだ!」
戦時中に普段通りに動けないなど致命傷でしかなかった。
「⋯⋯混ぜさせた? 誰に?」
「ふ、副官だ」
マリアはひどく冷めた目をマクシミリアンに向け、小さく溜息を吐いた。
「⋯⋯そんなことだろうとは思ったよ」
その語調は自分が何かする価値すらもないと言っているようだった。
国王も自分で実行する度量もないのかと、呆れた目を向け、1つ訊きたいことがあると言った。
「遺族から盗んだ遺品類はどうした?」
「⋯⋯えっ? 盗んだ?」
他の者たちは先ほど話に出てきたので驚くようなことはなかったが、唯一マリアだけは別だった。
「そうだ。そやつは遺品を見た目が似たものにすり替えたのだ。マジックアイテムを中心にな」
「えっ?」
人が殺せそうなほど殺気に満ちた視線がいくつもマクシミリアンに突き刺さる。
「それなら大半は売り飛ばしてやったわ。大した金にもならんかったがな」
「⋯⋯じゃあ残りは?」
「⋯⋯」
今さら何の意味があるのか口を開かない。
「⋯⋯もしかしたらあれかもしれないな」
沈黙がしばらく続いた後、国王がポツリと呟いた。
「あれって何ですか?」
「⋯⋯屋敷内のものを押収した時に隠し部屋の床に隠されていた剣類があった。数が少ないから違うと思っていたが、今の話が本当だとしたら、な」
国王は若干自信がなさそうだったが、マクシミリアンの顔はどんどん青ざめていった。
「な、なんでそこが⋯⋯」
「⋯⋯正解みたいですね」
宰相は重く溜息を吐いた後、持ってくるようにと控えていた者に告げた。
待っている間にもう訊きたいことは全て訊き終わったと、マクシミリアンは国王の指示によって騎士たちに引きずられるようにして連れていかれた。娘のフェリシーもマクシミリアンに対してほど乱暴ではなかったがそれでも乱雑に連行されていった。
それと入れ替わるようにして先ほど宰相から命令を受けた人間が戻ってきた。
「⋯⋯こちらがそうだと思います。後、これは当時遺族の方々に渡した遺品類のリストです。こっちは違うと訴えがあったもののリストです」
指示以上の仕事に、思わず宰相は目を数回瞬いた。
「⋯⋯ありがとうございます」
受け取りながらも持ってきた者の顔を脳裏に刻み込む。
(⋯⋯後で引き抜きですね)
どんな時も優秀な人材の発掘に手を抜かない宰相だった。
「⋯⋯数からして気づいていない者も何人もいるのではないか?」
「⋯⋯リストにないものもありますね」
瞬く間に床に敷き布が引かれ、1つ1つ丁寧にそこに並べられていった。
「⋯⋯あれ? これって⋯⋯」
それらを見ているとマリアはその中の1つに引っかかりを覚えた。
「どうしました?」
いつの間にか隣には宰相が立っていた。
「⋯⋯これに見覚えがあるような気がして。見たことなんてないはずなのに」
それは周りからひどく浮いていた。周りが武器や鞄などといった実用的なものなのに対してそれは装飾品——ネックレスだった。ペンダントトップには四角錐を2つ底で繋いだような形の縦長の半透明な蒼い石が輝いていた。
「⋯⋯このリストによれば、それは元Aランク冒険者のアランという者のものらしいですよ」
宰相の口から出た思いがけない名にマリアは一瞬固まった。
「⋯⋯これはどうなるんですか?」
マリアはなんとか平静を装ってそう尋ねた。
「遺族の方をお探しし、引き渡すことになるでしょう」
「⋯⋯そうですか。ありがとうございます」
(どうせお母さんが受け取ることになるんだろうな)
マリアの記憶に残っている母親とはひどく自分勝手な生き物だった。少なくともマリアの手元に来ることなどないと簡単に想像がつくぐらいには。
脳裏に嬉々としてこのネックレスを売り飛ばす母親の姿が浮かんで、マリアは無意識のうちに奥歯をきつく噛みしめ俯いた。
「⋯⋯ですが全てが遺族の方の元にたどり着くことはないでしょう」
「⋯⋯えっ?」
「⋯⋯冒険者の中には天涯孤独の方もいらっしゃいますから」
マリアはハッとして宰相を見上げたが、その横顔からは何を考えているのかを窺い知ることはできなかった。




