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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第八章 ベルジュラック公爵家
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 マリアはアルフォードを起こさないよう、そっと部屋を出た。


「⋯⋯あの、大広間ってどっちですか?」

「ああ、それならこちらです」

「ありがとうございます」


 どっちに進めば良いのかわからず、マリアはキョロキョロと周囲を見回し、通りがかった侍女に道を尋ねた。


「⋯⋯時間的にはちょうど良いかな?」


 控えていた騎士2人に頭を下げ、そろそろ粗方終わった頃だろうと当たりをつけながら扉を開くとマリアは固まった。


「⋯⋯これはどういう」


 流石にマクシミリアンが宙吊り状態になっていたのは想定外で、パチパチとしきりに目を瞬いた。


「⋯⋯これで罪状は以上です」


 そしてマリアの予想通り方が付くところだった。


「んっ? おお、戻ったか」


 真っ先にマリアに気づいたのは国王。その言葉で全員一斉に振り返る。


「はい。ご心配をおかけしたようですいません」


 居心地が悪い思いをしながら頭を下げる。


「気にするな。責任はとっさに取り押さえることができなかったこやつらにある」


 国王に睨まれ、騎士たちはさり気なく視線を逸らした。


「それよりも何か訊きたいことがあるのではなかったのか?」

「あっ、はい。⋯⋯えっと、話し辛いのでこれ、下に下ろしてもらえますか?」

「んっ、ああ、そうだな。だがな⋯⋯」


 国王はそこで言い辛そうに言葉を切った。


「そうしたいのは山々なのだが、この鎖を出したのは私ではないのだ。だから無理だ」

「⋯⋯国王様じゃ⋯⋯ない?」


 マリアはてっきり国王の手によるものだと思い込んでいた。


「それではいったい誰が?」

「⋯⋯これは魔法陣を利用したもので、これはかなり大がかりで陣自体のサイズが大きい上にかなり細かい。魔方陣にはある程度以上のレベルで均一に魔力を流さなければならないが、私にはこれを使うのは無理だ。そこまで細やかにはできん」

「⋯⋯理由はわかりましたけど、結局誰なんですか?」


 関係があるのかないのか微妙な説明を聞かされ、マリアは若干イラついていた。


「⋯⋯頭の回転が悪いな。この場にいる者なら命じてさせれば良いだろう? それに先ほどまでこの場にいなければ発動はさせられん。⋯⋯誰か心当たりの者はいないか?」

「えっ? ここにいない人⋯⋯私が知っている人だろうし⋯⋯あっ」


 そこまで考えてようやく答えに行き着いた。


「もしかしてアルですか?」

「ああ。あいつは今どうしている?」

「⋯⋯寝ちゃっています。疲れがたまっていたみたいで⋯⋯」

「⋯⋯それでは効果が切れるまで待つしかないな。まあそろそろ切れるだろう。これはかなりの魔力喰い虫だしな」

「⋯⋯」


 それではアルフォードが疲れていたのは魔力を限界近くまで使った影響もあるんじゃないかと、マリアは国王にジト目を向けた。


 そんな話を耳にしながら、貴族たちはアルフォードの正体は何だとしきりに話していた。いわく、どこぞの上級貴族の子息では? いわく、国王の隠し子ではないか? いや、めったに表に出てこない第四王子という線も。王家の縁戚の者ではないのか? いや、隣国の王族ではと、すべて推測の域を出ていないが、さり気なく正解が出ているところが怖い。


(これでベルジュラック公爵を元に王国の膿をすべて出すことができますし、アル様がアルデヒド様として表舞台に立つ日も近そうですね)


 宰相は貴族たちの会話に耳を傾けながら、早くお掃除を完了させなければと、改めて気を引き締めるのだった。


 仕方なく待つこと十数分。何の前触れもなくマクシミリアンに絡みついていた鎖は、空気中に溶けるように消え、マクシミリアンは床に叩き付けられた。とは言っても、腕があらぬ方向に曲がっているぐらいで、命に別状はない。

 何事か喚いてはいるが、すでに宰相によって声は遮られ、誰の耳にも届くことはない。


「⋯⋯さてと、じゃあ訊きたかったことなんだけど⋯⋯アランっていう名前に聞き覚えある?」


 マクシミリアンは口をパクパクと動かすだけで何も答えない。


「⋯⋯」

「あっ、すいません」


 宰相は自分の失態に気がついた。慌てて展開していた魔術を解除する。


「せと、早く治せと言っているではないか!」

「⋯⋯うわぁ」


 自分の立ち位置も理解できていない空気の読めない発言に思わず引く。


「治療? お前には必要ないだろう? 治すのに使う魔力がもったいない。⋯⋯それにお前が過去奴隷たちにした行いと同じだ。それのどこが問題だ?」


 どんなに大怪我をしていようと命に別状さえなければそれで良いと暗に言いながら過去の行動についても言及する。傍から見ればどちらが悪かわからない状況だ。


「⋯⋯それよりも早く答えて。アランって名前を知っているの? それとも知らないの?」


 苛立ちに任せて手を踏みつける。


「っ⁉ ⋯⋯知らぬ! そのような名に覚えはない!」

「⋯⋯へぇ」


 マリアの目が細められる。


(⋯⋯アラン? どこかで聞いた、いや、見た覚えがあるような⋯⋯)


 宰相だけがその名に引っかかりを覚えていた。


「じゃあ質問を変えるよ。⋯⋯Aランク冒険者の『神速』。その名に聞き覚えは?」

「⋯⋯あの男か。あの忌々しい男のことならばよく覚えとる! だがそれがどうした⁉」

「⋯⋯そう」


 マリアは無表情でマクシミリアンの腕を蹴った。


「っ⁉ 何を「黙って」っ⁉」


 声を荒げようとしたマクシミリアンを再度蹴りつける。


「忌々しい? どういうことか説明してくれる?」


 溢れんばかりの満面の笑みを浮かべ、マリアは平坦な声でそう尋ねた。


「⋯⋯あれを忌々しいと言わずに何という⁉」

「話に具体性がない。勝手に自己完結しないでくれる?」


 今度は手のひらを踏みつける。周りは国王と宰相の2人以外、全員が顔色を悪くしているのだが、それに気づいていない。


「⋯⋯私の命令に従わず、それどころか他の者に勝手に命じて私の作戦の邪魔ばかりするような奴だぞ!」

「作戦?」


 まるでタイミングを見計らっていたかのように、宰相がそっと1枚の紙を差し出した。そこにはかなり遠まわしに飾られた言葉が長ったらしく並べられていたが——。


「⋯⋯作戦って、策も何も武器を持たせて敵陣に突進ってバカなの? アホなの?」


 纏めるとそんな一言で済んだ。

 いくら戦術のことに関しての知識など皆無に等しいマリアでも、それがおかしいことなど一目瞭然だった。


「命令違反なんてされて当たり前だよ。逆に自分たちが悪いと思わない方がどうかしてる」


 マクシミリアンは何か反論しようとしたが、マリアが睨みつけたことにより口を噤んだ。


「⋯⋯それであの後どうしたの?まさかそのままのはずないよね? どう考えたってAランク冒険者がいて全滅なんてありえないもん。いない時ですら誰かしら生き残った人がいるのが普通でしょう?」


 それはこの件の核心に触れる言葉。誰もがそれに対する返答を固唾を飲んで待った。

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