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「⋯⋯ここだな」
「⋯⋯ええ、そのようです」
誰も怪我1つしていないにも関わらず、全員がどこかホッとしたような疲れた笑顔を見せていた。
「⋯⋯あれは⋯⋯ない。なんか精神的疲労が酷いんだけど⋯⋯」
「⋯⋯気持ちはよくわかる。あれは酷かった」
ここまで皆が疲れているのはここまで来る道中にあったことの所為だ。ナイフを持った5~8歳ぐらいの幼子たち(全員奴隷)に突進されたり、階段を登ったところで床が抜け、下の階に落とされたりと、4人にとっては肉体的には大したことではなくとも、精神的には色々と辛い。
「⋯⋯とにかく入るぞ。ようやくここまで来たのだからな」
サンドライトはフードを深く被り、エルマンも同じようにしたことを確認すると静かにドアを開いた。ちなみに公爵がこの部屋にいることは途中で使用人たちから訊き出してある。
開いた扉の先には重厚な木製の執務机、それに豪奢でありながらどこか気品を感じるような応接セットが置かれていた。そんな部屋に太った見苦しい男がいるのが酷くアンバランスだった。
「っ⁉ 何者だ⁉ ここがどこだと思っている⁉」
公爵は開かれた扉を驚いたように見つめ、勢いよく座っていた椅子から立ち上がった。
「えっ? どこって⋯⋯ベルジュラック公爵の屋敷じゃないの?」
どこか小ばかにしたようなマリアの物言いに公爵は顔を真っ赤にした。
「⋯⋯あなたこそ私を誰だと思っているのよ」
マリアはノリノリだった。恐ろしいくらいに生き生きとしている。
「そんなこと知るか⁉ それに貴様が誰だと関係ない⋯⋯貴様らはここで死ぬのだからな」
「⋯⋯うっわ~、ホント救いようがないなぁ。⋯⋯アル、お願い」
「⋯⋯かしこまりました。姫様」
実はあまりに精神を抉るようなことの数々にサンドライトが途中で切れ、急遽このような茶番を演じることとなった。
アルフォードは軽く頭を下げるとどこからか投げナイフを取り出し、無造作に投げた。
「ひっ! ⋯⋯私を誰だと思ってる⁉ こんなことをして許されると思っているのか⁉」
ナイフは公爵の顔のすぐ脇を通り過ぎて壁に突き刺さった。
「⋯⋯誰って、マクシミリアン・ベルジュラック公爵でしょう? 違うの? それにね⋯⋯」
マリアは一旦言葉を切って意味深に公爵を見上げた。
「⋯⋯許されるも何もこれは国王様の指示だよ?」
そして首を傾げながら止めを刺した。
「⋯⋯あの無能な邪魔者の指示だと」
その言葉にサンドライトの肩が小さく動いた。
「⋯⋯邪魔者? あなたにとってはそうなんだね」
マリアは蔑みの眼差しを向けた。それはどこかかわいそうなものを見るようだった。
「事実を言って何が悪い⁉」
その後公爵の自分勝手な罵倒が続いた。
マリアが無言で罵詈雑言を聞き流していると、次第に公爵はドアの方を気にしだした。
「⋯⋯ああ、そうだ。時間を稼ぎたいみたいだから教えてあげる。⋯⋯どれだけ待っても誰も来ないよ」
後ろの2人が腹いせにこの屋敷にいる人は全員気絶させて縛っちゃったからと、マリアは笑顔で追い討ちをかける。
「ふん、嘘だな。貴様のような小娘が雇えるような者にこの屋敷の使用人は倒せん」
「⋯⋯どうだろうね」
公爵のこの余裕は貴族ではない、つまりは魔術師ではないであろう者に魔術師は倒せないと信じて疑っていないところに起因する。
「⋯⋯アル、もう面倒だからさっさとお願い。その後に証拠類は探せば良いから」
何を言っても微妙にずれた返答が返ってくる。もうマリアは公爵と話すことに疲れていた。
「⋯⋯わかった」
アルフォードも大きなため息とともに普段使っている剣を取り出した。
「なっ⁉」
公爵は突然の事態に口をパクパクさせた。
「⋯⋯話し合いで終わりそうだったらそれで終わらせようと思ったのに」
マリアの言葉とともにアルフォードは一気に公爵との距離を詰め、その首筋に剣の柄を思いっきり当てて気絶させた。
マリアが後ろを振り向くとサンドライトが肩を震わせて笑っていた。
「⋯⋯なんで笑っているんですか?」
流石に相手が国王だとは言え、笑われるのは納得がいかなかった。
「すまんすまん。つい、な」
「⋯⋯ついってなんですか? ついって⋯⋯」
力が抜けるような気がした。
「⋯⋯そんな話は後にしてサッサと証拠を探しますよ。先ほどはあのように言いましたが、見落としがないとは言えないんですから」
エルマンの言葉にマリアは渋々引き下がるととりあえずこの部屋の中を探し始めた。
「⋯⋯あれ? そういえばこの人ってどうなるんですか?」
手は動かしながらもふと気になったことを尋ねた。
「極刑だな」
「極刑ですね」
「そんなこと極刑に決まっておるだろう」
何を言っているんだという視線がマリアに突き刺さった。
「あっ、はい。そうなんですね。⋯⋯すでに証拠を抑えてるものもあるんですよね?」
マリアは居心地が悪くなり、慌てて話題を変えた。
「⋯⋯色々とあるが、一番大それたのはエーデル王国の王弟の誘拐の疑いだな」
「⋯⋯疑いって、それだけでそんなに問題になるんですか?」
「⋯⋯状況証拠から言って王弟が自ら城を出たのではない限り、ベルジュラック公爵が王弟誘拐の最重要容疑者だ。あやつ観光であの国を訪れた時期と王弟が消えた時期が一致する上に、その頃色々とあの国でこそこそと動いていたらしいからな」
サンドライトのため息には疲れが滲み出ていた。




