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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第八章 ベルジュラック公爵家
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 森を出てからさらに30分ほど歩き、一行は街の門にようやくたどり着いた。


「⋯⋯全員分の身分証を出せ」


 門の兵士は開口一番にそう告げた。だがそれでも皆文句は口にはせずマリアとアルフォードは冒険者ギルドのギルドカードを、サンドライトとエルマンはいつ作ったのか商人ギルドのギルドカードを渡した。


「ふん、エーデル王国の商人とその護衛か。この街に来た目的は何だ?」


 兵士は見下すかのように高圧的に詰問した。


「⋯⋯観光です。商談で近くまで来たものですから、一度この街を見てみたいと思いまして。なにせ美しい街並みだと伺っておりますから」


 エルマンは一瞬サンドライトの方に目を向けると、あらかじめ用意してあった答えをスラスラと答えた。


「⋯⋯良いだろう。通行料は1人小銀貨1枚だ」


 兵士は手を出して金を出すよう要求した。


「冒険者への割引などは⋯⋯」

「そんなものはない。大人でも子どもでも、農民でも貴族でも一律だ」

「⋯⋯そうか」


 サンドライトはこれ以上の押し問答は無駄だと判断して4人分の金を渡した。


(⋯⋯門に入る時点でこれとは。中は事前の想定以上であろうな)


 サンドライトは顔には全く出さなかったが、内心溜息を吐いた。


◇◆◇


(⋯⋯酷い)


 マリアは声にこそ出さなかったが、目の前の光景に表情をなくした。


「おら! 早く歩け! こののろま!」


 ある男は奴隷──首元の首輪からそうとわかる──まだマリアよりも1つか2つしか歳が離れていないであろう少女を平気で殴り飛ばした。


「きゃっ!」


 少女が転び、手に持っていた大きな木箱を地面に落とし、中に入っていた果実が転がると、男は顔を真っ赤にして怒り狂った。


「何落としてんだ⁉ サッサと拾え!」


 そう言いながらも少女を蹴りつけていた。


 そのような光景がどこを向いても目に入ってくる。


「⋯⋯酷いものだな。流石にこれ程とは⋯⋯」

「⋯⋯そうですね。このようなことが起こっても警備兵がやって来る気配もない⋯⋯立派な王国法違反です。良い糾弾材料が増えました」


 サンドライトは痛ましいものを見るような目で、エルマンは法の観点からアイレンの街を見ていた。


「⋯⋯マリア、大丈夫か?」


 アルフォードはマリアの顔色が悪いことに気がつき、心配気に顔を覗き込んだ。


「⋯⋯う、うん。大丈夫だよ」


 だがその声にいつものような元気はなく、心なしか暗かった。


(確かに街並みは綺麗だけど⋯⋯)


 アイレンの街の別名は水の街。街中に水路が張り巡らされ、水面が太陽の光を反射して煌めいていた。


(⋯⋯これも結局は自分の満足のためだろうし)


 流石に領都というだけはあって、他領よりは少ないが訪れる人間も多かった。全ては自身の見栄のため。それが皆の共通の見解だった。


 そこから歩くこと20分余り。4人はようやく目的地──ベルジュラック公爵邸の前に着いた。


「⋯⋯悪趣味だな」

「⋯⋯屋敷にかけられる金がこれだけあるなら、少しは領民のために使えば良いのに」

「⋯⋯公爵はいったい何を」

「⋯⋯場合によってはさらに余罪が出てきそうだな」


 目の前の屋敷を見ながら思い思いに呟いた。

 ベルジュラック公爵邸。それは一言で言えば贅沢の極みだった。

 街中に広がっている水路は屋敷の塀の周りを囲んでおり、堀のようになっていた。門の部分にだけ木製の跳ね橋がかけられている。

 門から先には広大な庭が広がり、屋敷までの小道の脇には歴代の当主の姿を模したであろう像が点在している。さほど密集しているわけではないというのに、像は陽光を受けてキラキラとあるものは銀色、またあるものは金色といった具合に輝き、存在をこれでもかというほど主張していた。中には透明な水晶で作られたものもある。

 建物自体は派手というわけではない。だがその大きさが問題だった。一般的な屋敷は2階建て、もしくは3階建てが精々だ。だがベルジュラック公爵邸は5階建てだった。建物が1階高くなるだけでその要求される建築技術は跳ね上がる。そしてそれだけ必要な費用も桁違いなものとなる。建築費用はいかほどかと、それを考えるだけで眩暈がするほどだった。


「⋯⋯そこで何をしている⁉ ここが公爵様のお屋敷だとわかっているのか⁉」


 加えて言うなら大きな門の前には兵士が2人ほど立っている。その2人が門の前に立ちふさがり、堂々と今にも門の中に入ろうとしている4人を止めた。

 兵士の語調は厳しいが、その言葉のにはいくばくかの優しさが滲み出ていた。


(⋯⋯良かった。少なくともまともな人がここにいた)


 マリアは当たり前のことに感動を覚えていた。


「⋯⋯ああ、わかっている。まさにその公爵に話があって来たのだからな」


 サンドライトの言葉に兵士たちはぎょっとしたように目を大きく見開いた。


「⋯⋯街の様子を見て文句を言いに来たのならやめておけ。無駄だ。⋯⋯最悪殺されるぞ」


 その子を含めてな、と兵士はマリアを指し示しながらどこか諦めたようなやるせない表情で告げた。実際に入ってから出てこなかった者が何人もいると。


「⋯⋯殺す? ふむ、あやつがいかにも行いそうなことだな」

「ええ。⋯⋯罪のない人間の殺害。とても許せる所業ではありません」


 エルマンは良い笑顔で、だが目は笑わずにさらに裁かなければならないことが増えたと、それはそれは嬉しそうに言った。


「⋯⋯何をそんなに落ち着いてるんだ?」


 兵士たちにはその発言が理解できなかった。


「⋯⋯今の話からすると、私たちが入ることには問題はないのであろう?」

「⋯⋯あっ、ああ」

「ふむ、それでは通してもらおう。なに、私たちが今日ここを訪れることは何人もの人間が知っている。それに私たちに危害を及ぼして破滅するのはあやつらなのだよ」


 どこか黒い笑みを浮かべてサンドライトは3人を促すと門に向かって進み始めた。その歩みには迷いがなく、王者の風格さえもが漂っていた。

 兵士たちは気圧されたように道を開け、4人を止めることはもはやなかった。

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