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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第八章 ベルジュラック公爵家
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「⋯⋯お待たせいたしました」


 ちょうど話が終わったところでそれを見計らったように2人が戻ってきた。アルフォードはマリアも見慣れた冒険者の出で立ち、宰相もいかにも旅人な簡素な旅装をしていた。


「うむ、それでは出立する」


 国王は座っていた椅子から立ち上がると皆を部屋の中央、テーブルセットのすぐ傍に促した。


「えっ?」


 マリアは意味がわからず固まった。だがアルフォードに立たされ、強制的に国王のすぐ隣に移動させられた。


「『時空の女神アレスティーナよ、我は請い願う。空間と空間、すなわちここと彼の場所を繋げしことを。我の願い、我の魔力を糧として聞き届け給え。《空間歪曲》』」

「えっ?」


 マリアは聞き覚えのない詠唱に首を傾げた。

 そして国王の詠唱の終了とともにに国王を中心に足元に黒い穴が広がり、4人はその中に落ちていった。


「ええっ⁉」


 悲鳴を上げているのはマリアだけだった。残っている者たちは慣れた様子で平然としていた。

 そして黒い穴は4人を飲み込むと何事もなかったかのように静かに閉じた。


「行ってらっしゃいませ。皆様方」


 4人が姿を消して程なく1人の侍女がどこからともなく姿を表し、先ほどまで4人が立っていたあたりに向かって丁寧にお辞儀をした。


「⋯⋯後のことは私、リンリー・エルダーが引き受けさせていただきます」


 そう言ってリンリーがその場で1回転するとそこには国王が立っていた。身長、髪の色から目の色まで寸分の狂いもない。服装も先ほどまでの侍女服から普段から国王が好んで着ている紺と緑を基調とした男物に変わっている。


「⋯⋯まったく、人使いが荒いんですから。後でしっかり休みをいただきますよ」


 そう呟いた声は本物の国王と遜色なかった。そして静かに部屋から出ていった。本物の国王に代わって執務をするために。


◇◆◇


「きゃっ⁉」


 マリアは唐突に地面に投げ出され尻餅をついた。

 痛む腰をさすりながら辺りを見渡せばそこは鬱蒼とした森の中だった。


「えっ? ここ、どこ?」


 呆然と呟けば答えは背後から返ってきた。


「⋯⋯リースフェードの森だ。ここからベルジュラック公爵領領都から徒歩数時間といったところだな」


 慌てて振り返ればそこには国王が立っていた。すぐ隣には宰相とアルフォードも立っていた。


「ここからは徒歩での移動になる。それから私のことはサンディと呼ぶように。エルマンはそのままエルマンかエルと呼びなさい。ここからは他国人の旅行者、そしてその護衛の冒険者という設定で行く。⋯⋯この辺りには貴族に良い感情を抱いている者などいないからな。精々どこぞの富豪と思われるように振舞うぞ」

「はい」

「わかりました」


 皆が頷いたのを確認すると国王──サンドライトは先立って歩き出した。

 マリアはようやく状況に理解が追いつくと《アイテムボックス》からアイテムポーチを取り出し、身につけながらその後を追った。


「⋯⋯あっ、ベル⁉」


 その時になってようやくマリアはベルの存在を思い出した。朝から眠そうにしていたのをローブのフードに放り込んだことを完全に忘れていた。


「えっ? いたのか?」

「うん」


 慌ててフードから取り出すとベルは目を回していた。


「⋯⋯ごめんね、ベル」


 マリアは短く謝ると再びベルをフードの中に戻した。


「⋯⋯その者はあまり外には出さぬように。ここはとても治安が良いとは言い難い。良からぬことを考える者も多い」

「はい。わかっています」


 少なくともベルが起きるまでは外に出すつもりはないとマリアは頷いた。


 道なき道を歩き続けることおよそ2時間半。ようやく森を抜けた。

 道中魔物に襲われることも度々あったが、その度にサンドライトが何かの恨みをぶつけるかのように無言で武器も使わずに瞬殺していた。その様はマリアが軽く引くほど恐ろしかったという。


「⋯⋯あちらに小さく街が見えぬか?」


 サンドライトに示された左手前方に目を凝らせば、本当に小さくにしか見えなかったが確かに街があった。


「⋯⋯はい。もしかしてあれが?」

「うむ。ベルジュラック公爵領領都、アイレンの街だ。街並みはなかなか綺麗だぞ」


 その言葉は逆に言えば街並みぐらいしか見るものがないことを示していた。


「⋯⋯マリア、あの街ではどのような行いが行われていようとも決して目を逸らしてはならぬ。どんな理不尽なことでも自身が巻き込まれぬ限り決して手を出してはならぬ。それが私たちベルジュラック公爵家を裁きに来た者たちの仕事のうちでもある」

「はい」

「⋯⋯この領に、とりわけアイレンには奴隷も多い。その意味を理解しているな」

「はい」


 マリアもその言葉を理解できないほど子どもではなかった。

 人間の中には奴隷を人と見ていない者も少なくない。それに加え、ただでさえ治安が悪いベルジュラック公爵領内だ。人々の不満の捌け口にされていることは容易に想像できた。


「⋯⋯目にしたもの全てがベルジュラック公爵たちを追い詰める材料となりうる。屋敷に着くまでに見聞きしたこと、その憤りは全てベルジュラック公爵にぶつけろ。この私が許可する」


 物理的でも精神的でもなと付け加えるサンドライトはニヤリと笑った。


「はい!」


 マリアも良い笑顔で力強く頷き返した。

 アルフォードとエルマン、この2人も何とも言えない爽やかな笑顔を浮かべている。

 この時点で皆の中でベルジュラック公爵が少なくとも半殺し以上の目にあわすことは確定した。知らぬは公爵本人のみ。


 もしこの時皆が浮かべた笑顔を見た者がいたのならこう語っただろう。何かを考えるより先に裸足で逃げ出したくなるほど恐ろしい笑みだったと。

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