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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第八章 ベルジュラック公爵家
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 マリアが国王と約束をしてから1週間が経過した。

 その日マリアは朝から真面目に学園の授業に出席していたところをアルフォードに見つかり、そのまま引きずられながら強制的に国王の前まで連れてこられた。広々とした室内はすでに人払いがされており、国王と宰相、マリア、そしてここまでマリアを連れてきたアルフォードしかいなかった。


「⋯⋯ようやく来たな。待っていたぞ」


 国王はすでに部屋の中央に置かれたテーブルセットに座り、優雅にお茶を飲んでいた。国王にしては珍しく簡素な、それでいて見る者が見れば高級品とわかるシンプルな黒いローブを纏っている。


「⋯⋯お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 だがいきなり国王の目の前に連れてこられたにも関わらず、国王に頭を下げる姿は落ち着いておりなかなか様になっていた。例え服が砂埃で汚れていようとも。城に来るには少々格好がみすぼらしくとも。頭に興味津々と言った様子で辺りをキョロキョロと見回すベルを乗せていようとも。

 アルフォードも宰相もそんな妙なアンバランスさに吹き出しそうになるのを必死に堪えた。


「⋯⋯気にするではない。然程待ってはおらん」


 その言葉に、さっき待っていたと言ったではないかと叫びだしたくなるのを、マリアは手をきつく握って堪えた。


「⋯⋯それで覚悟はできたのだな?」

「はい」


 国王を真っ直ぐに見上げるマリアの目は蒼く澄んでいた。


「⋯⋯ふむ、良い目だな。⋯⋯アル、エルマン、この間話した通りだ。今すぐ出立する。直ちに用意を整えろ」


 国王はマリアの表情に満足気に頷くと素早く指示を出した。


「はい」

「はっ」


 2人とも頭を下げるとすぐに身を翻して部屋から出て行こうとしてしまう。


「えっ? ちょっ!」


 マリアは慌てた。このまま国王と2人きりにされてしまうと。流石のマリアも2回目といえども国王と2人きりにされるのは避けたかった。普段から王族相手にタメ口で話しているあたりもはや関係ないような気もするが、変なところで思考が庶民的だった。もっとも本当の庶民は王族相手にタメ口で話したりなどしないが。


「心配するな。すぐ戻る」

「そうだ。それに悪いようにはせん」


 国王は不安にさせないようにと微笑んでいたが、マリアはそんな国王の表情を気にする余裕などなかった。

 そして無情にもマリアの目の前でアルフォードと宰相、2人が部屋の外に出ていった扉は静かに音も立てずに閉まった。


「それでは2人が戻ってくるまで話でもしようか」


 国王はマリアに向かいの席に座るように促すとそう言った。いつの間にかテーブルの上には新たなお茶の入ったティーカップが置かれている。


「⋯⋯話、ですか?」


 遠慮なく1口飲むとそう尋ね返した。


「うむ。マリア、お前はアルと話していて違和感を感じたことはないか?」

「⋯⋯違和感?」


 言われたことの意味がすぐには頭に入ってはこなかった。


「⋯⋯そういえば最初に会った時はもっと丁寧な言葉遣いだった気がします。⋯⋯あれ? いつから今みたいになったんだろう?」


 自分で言いながら首を傾げた。

 国王はその答えに満足気に頷いた。


「その通りだ。アルは初対面の人間に自身の感情を見せることがほとんどない。それは私の所為でものだがな」


 国王はそう言って自虐気味に笑った。


「⋯⋯アルは昔から聡明な子どもであった。人の感情の機微を読み取ることが上手く、物心がつく頃には自身の感情をほとんど表に出さなくなっていた」

「⋯⋯」


 今のアルフォード──アルデヒドからは想像できない話にマリアは言葉を失くした。


「⋯⋯私がそのことに気づいたのはアルが3歳の時だった。流石にこのままではまずいと思い、私は執務の合間に自らアルに教育を施した。知識を得ることで大人たちと対等に張り合えると思ったからだ。同時に病弱という偽の噂も流した。少しでもアルの身を守れるようにと。今思えばそれは自分の目標を達成させるための駒としてでしかアルを見ていなかったのかもしれん。いや、心のどこかでそう思っていたのであろうな」

「⋯⋯」


 だがと国王は続けた。


「だがそれは失敗だったとすぐに思うようになった」

「⋯⋯それはなぜ?」


 国王は急に微笑みを消し去り、マリアを見つめた。


「⋯⋯マリア、お前は今のお前よりも幼い子どもが大人と対等に話している姿を見たらどう思う?」

「⋯⋯」

「⋯⋯不気味であろう? だが気づいた時にはすでにアルは私が教えられる知識の粗方を吸収し、子どもらしくない子どもになっていた。流石にこのままではいかないと思ったからこそエルダー男爵に頼んで男爵家の人間としても養育してもらった。普通の子どもと同じようにな。⋯⋯まあ、あの家自体が普通とは言い難いがな」

「えっ?」


 最後の言葉はマリアにはよく聞き取れなかった。


「いや、何でもない。⋯⋯アルはその後の10年あまりで歳相応の振る舞いをするようになった。だがな、それも全てはアルの演技だ。心の内を見せないのは今も変わらん。幾人かを除いてはな」

「?」


 国王は苦笑した。


「マリア、お前もそのうちの1人だ」

「⋯⋯ということは初対面の時のあの言動は」

「⋯⋯普段使っている貴族として、もしくは王族としての仮面だな。どちらかは私にはわからぬがな。アルは時々私でも二重人格ではないかと疑うほど2つを上手く使い分けておる」


 国王の顔はどこか寂し気で、涙を流さずに泣いているようにも思われた。


「⋯⋯でも学園のクラスの皆や冒険者の人たちと話す時も私と会話する時と変わりませんよ?」

「⋯⋯最初の数日は2人きりになることも多かったのであろう? 何の思惑も抱えていないお前との触れ合いが良かったのだと考えておる」

「⋯⋯そうですか」

「⋯⋯なにせアルを男爵家の人間としてほとんど公に出すわけにはいかなかったからな。同年代の人間と触れ合ったことなどほとんどなかったはずだ。王族として出れば様々な思惑が絡んでくるしな」


 だからマリアには感謝しているのだと国王は続けた。

 国王は真実を全て話したわけではない。むしろ話していないことの方が多いぐらいだ。国王の本来の思惑、エルダー男爵家の裏の顔などその最たるものだ。

 だがそのことを感じ取りながらもマリアは黙って頷いた。

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