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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第七章 それぞれの過ごす日々
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 食堂の中に入った瞬間、その場にいた者たちが騒めいた。


「えっ?」

「なんでだ?」


 視線が痛いぐらい集まっているが皆スルーした。いや、1人だけ注目されて固まっていた。


「リオ? どうしたの?」

「えっ? あっ、ごめん」


 マリアは訝し気にリオナを見ていた。リオナは声をかけられてようやく自分が立ち止まっていたことに気がついた。


 マリアは慣れたように空いているテーブルに皆を導いてた。


「マリアちゃんが友達を連れてくるなんて初めてじゃないかい?」

「えっ? そうかな?」


 席に着いてすぐにルアンさんの奥さん──恰幅の良いおばさんがマリアに話しかけてきた。可愛がられていることが見て取れて、それがリオナには羨ましかった。


(⋯⋯引っ越してばっかりであんまり近所付き合いなんてなかったからなぁ)


 誰にも気づかれないように小さく溜息を吐いた。


「それにしてもどうしたの?」

「えっ?」

「ずいぶんとめかしこんでいるじゃない」

「⋯⋯あっ」


 そう呟いた声は誰のものだったのかはわからない。


((((((着替えるの忘れてた!))))))


 いやな汗が背中を伝った。


「⋯⋯ちょっと、ね?」


 マリアは必死に頭を働かせるとそれだけ言って曖昧に微笑んだ。


「それよりももう注文して良い?」

「えっ? ああ」


 あからさまに話を逸らされても少し戸惑った顔をしたが、すぐにそれも消えた。


「今日のメニューは何?」

「⋯⋯いつもと同じように野菜スープと黒パンとサラダ、後はヒンビーゲか焼いたシビだね。ヒンビーゲは普通に焼いたのと煮込んだのと2種類あるよ」


 なんとなくマリアが皆の方を見るとエリザベートが目をキラキラさせていた。


「⋯⋯煮込みヒンビーゲ」

「エ、エリザ?」


 普段との違いにマリアは困惑した。マリアが固まったことでようやくリオナも気づき、同じように動きが止まった。

 まさかと思いながらも、慌てて他の者たちもよく見ればアーティスが似たような表情をしていた。


「「えっ?」」


 アルフォードがどこか呆れたような、困ったような何とも言えない顔で苦笑いした。


「⋯⋯2人とも名前は知っていても食べたことはないんじゃないか?」

「「あっ」」


 このヒンビーゲ(ハンバーグ)、主に中流階級の家庭料理で、肉など満足に買う金の余裕がない下級階級の人間にとっては時の間の御馳走だった。中には食べたことのない者もいる。逆に貴族を含めた富豪はそのようなものは庶民が食べるようなものだと、知識としては知っていても食べようとする者はほとんどいない。つまるところ、マリアやリオナにとっては普通の料理でもエリザベートやアーティスにとっては幻の料理だった。


「⋯⋯エリザは煮込みヒンビーゲで良いみたいだね」

「そうだな」


 何と声をかけてもブツブツと何か呟くだけで答えが返ってこないエリザベートにマリアは若干引いていた。


◇◆◇


「⋯⋯あれ? でもアルは平然としていたよね?」


 全員注文をするだけしてからアルフォードに理由を説明され、マリアとリオナは揃って首を傾げた。


「んっ、ああ。僕の場合は⋯⋯勝手に王都や街に出て、勝手に食べてたからな」

「⋯⋯良いの? そんなんで」


 2人は呆れていた。


「それの何が問題なんだ?」


 グレンは何もわかっていなかった。


「⋯⋯ああ、うん。グレンには後で説明するから」


 それだけ言ってまたアルフォードに視線を戻した。


「⋯⋯なんていうか自己責任みたいなところが強いからな。まあ最初の方はさり気なく護衛がついてきたけどな」

「⋯⋯そうなんだ」


 もうそれ以外に何も言えなかった。


「⋯⋯マリア、アルに常識を求めちゃダメだよ」


 リオナの言葉にアルフォードは少しムッとしたようだった。


「心外だな」

「いや、でもやってることを考えてみたら?全然常識的とは言えないと思うけどな」


 一応王子やっているはずなのに男爵家の人間として過ごす。あげくその屋敷すら抜け出して街にくり出す。それも護衛もなしに。どこまでも常識から外れていた。


「うっ」


 他にも人がいるため内容はぼかしたが、十分言いたいことは伝わった。そして胸に突き刺さった。


「⋯⋯確かにその通りです」


 アルフォードが白旗を上げたところで料理がやってきた。


「パンとスープとサラダだよ。メインは今焼いてるからもう少し待っていてね」


 そう言って並べられた皿はなんだか赤かった。


「スープはタミタのスープだよ。サラダは⋯⋯見ての通りキィラッタを擦り下ろして作ったドレッシングで味付けしてある。まあ他にも色々と入っているけどね」


 リオナはサラダを見て頬を引きつらせていた。


「⋯⋯あれ? リオってキィラッタが苦手だったっけ?」


 記憶を探ってみてもリオナが好き嫌いをしていた覚えはなかった。


「⋯⋯火が通っているのはいいんだけど、生のはね」

「⋯⋯ああ」


 その言葉でマリアは納得した。


「⋯⋯好き嫌いするなと言いたいところだが、生のキィラッタを食べる機会なんてほとんどないからな」

「ねぇ。リオ、食べられないんだったら別に食べなくても良いよ。代わりに食べるから。アルが」

「⋯⋯人に押し付けるんじゃない。そこは自分が食べると言え」


 アルフォードの言葉にマリアは頬を膨らませた。


「え~、でも私、自分の分を食べるだけで限界だよ? アルだったら入るでしょ?」

「⋯⋯わかった。もう良い」


 アルフォードの語調は普段と変わらなかった。だがその言葉はマリアを突き放すようだった。そして空気がどこか険悪なものに変わった。


「⋯⋯マリアもアルもケンカしちゃダメだよ。これぐらいだったら食べれるから」


 不穏なものを感じ取り、リオナは慌てて止めに入り、笑って見せた。


「⋯⋯リオが大丈夫なら別にそれで良いよ」


 マリアはそう言いながらも心のどこかでホッとしていた。それはアルフォードと初めて大喧嘩をするところだったのを止められたゆえだったのかもしれない。マリアも相手の了承も取らずに押し付けたのは悪いとわかっていたのだから。

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