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後半はリオナの一人称視点です。
「レーニス! 言葉を選べ!」
エリザベートやマリアがリオナを宥めている間、レーニスはアルフォードから説教をされていた。
「し、しかし私は事実を言ったまでで⋯⋯」
一切悪びれる様子がないレーニスにアルフォードは嘆息した。
「別に事実を言うなと言ってるわけじゃない。もう少し言い方を考えろと言ってるんだ」
アーティスがどこか同情的にアルフォードを見ていた。グレンの視線もどこか生温かい。
「⋯⋯なんでお前はそこだけ融通が効かないんだ」
このレーニスという男、王族に仕えているだけあって有能だった。ただ一点、言葉選びが下手なことを除いては。他の城に残している使用人たちも大なり小なり同じような欠点があった。
だからといって別にアルフォード──アルデヒドが国王たちから虐げられているとかそういうわけではない。単純に普段ほとんど城にいないんだからと、アルデヒド自身が望んで選んだ結果だった。だが流石にこのような状況になると過去の自分の選択を呪いたくなるのが常だった。
「⋯⋯」
レーニスは何も言い返せず黙りこくった。アルフォードもそれ以上は何も言わなかった。アーティスもグレンも口を挟むことはなかった。何とも言えない居心地の悪い沈黙が続いた。
マリアたちがリオナを何とか必死に宥めて、話ができるようになったのはそれから30分も後だった。そのことに男4人はホッとした顔をした。
「⋯⋯遅くなっちゃうしお昼ご飯食べに行こう!」
どんよりとした空気を吹き飛ばすようにリオナはわざとらしいくらい明るく言った。
「うん!」
当然のごとく皆そのことに気づいていながらも誰もそのことには触れず、思い思いに頷いた。正確にはレーニスは何か言いかけてアルフォードに睨まれて何も口にせずに開いた口を閉じた。
「今日は食堂じゃなくて王都の店に行こう。マリアのおすすめのとこがいいな」
「えっ? ⋯⋯うん、わかった」
マリアは戸惑いながらも頷いた。
(⋯⋯お勧めって言われたらやっぱルアンおじさんのところかな)
マリアの頭にはすでに数日前に会った顔が浮かんでいた。
「じゃあ私の大恩人のおじさんがやってる店に行こう」
「大恩人?」
「うん。前にお世話になったの。ローザとルアンおじさん。⋯⋯あっ、それにウーノおじさんには」
一番の功労者といっても過言ではないウーノの扱いが、マリアの中で地味に酷かった。
「へ~」
そんな会話を聞きながらエリザベートは考えていた。
(大恩人ってことはマリアの家族の事情も知っているのかしら)
アルフォードもアーティスも似たようなことを考えていた。
「あっ、レーニスは留守番を頼むな」
部屋を出る直前にアルフォードがそう言ったことで、レーニスは1人寂しく留守番となった。静かにドアが閉まった後、レーニスはまた置いていかれたと、嘆いていたという。
◇◆◇
皆には心配かけちゃったな。そんな気全くなかったのに。まあ属性が不明だったのは確かにショックだったけど、よくよく考えて見れば現状と何かが変わるわけじゃないしね。レーニスさんが言ってたことも正しいってことはわかっているし。
「リオ、どうしたの?」
ずっと無言だった私を気遣ったのか、前を歩いていたマリアがいつの間にか立ち止まって振り向いていた。表情がなんだか暗い。折角かわいらしい顔をしているのに、そんな表情は似合わないよ。
「えっ? ううん、何でもないよ」
心配をかけないよう、できるだけ明るく言ったつもりだったけどマリアの表情は晴れなかった。何でだろう?私、流石にこれ以上心配をかけるのは嫌なんだけど⋯⋯。
それでもマリアは何も言わないでまた歩き始めた。
周りを見れば皆も似たような顔をしていた。どこかで見たような表情。⋯⋯ああ、父親がいないってわかった時、近所のおばさんたちが私を見る目だ。憐れみ、同情、そして腫物を扱うような行動。
お母さんはそんな扱いを私が嫌がっていることがわかったらしく、何回も引っ越した。と言ってもエイセルの街からは出なかったけどね。
そう言えば他の子とは同じように成長しない私を、父親がいないから満足に食べさせられないんだって、お母さんを悪しざまに言っている人もいたな。⋯⋯次の日には引っ越したけど。
「ここだよ」
なんとなく昔のことを思い出しているうちにお店に着いたみたい。《月光と夜香花》かな?看板の文字が掠れてて読み辛い。これって看板の役割を果たしているのかな。
マリアを腕を引っ張られるように中に入る。
「マリアじゃねぇか。数日ぶりだな」
入ってすぐのカウンターには中年のおじさんがいた。この人がルアンさんかな?
「うん! 今日は友達を連れてきたの」
良かった。知り合いに会ったおかげか声が明るい。
「⋯⋯はじめまして。リオナといいます」
促されてできるだけ丁寧に頭を下げた。⋯⋯おかしいところ、ないよね? ちょっと心配。
「あ、ああ。リオナだな」
なんか狼狽えている。えっ? そんなにおかしかった? 周りを見れば皆口元を押さえて笑っている。もう、皆まで笑うことないじゃない。
「⋯⋯おじさん、リオがいくつに見えるかは訊かないけど、私と同い年だからね」
あっ、最近言われることが少なくて忘れてたけど、私の見た目は⋯⋯うん、外見通りの年齢の子の挨拶にしてはおかしいな。
「⋯⋯同い年?」
おじさんの今の気持ち、なんとなくわかる。信じられないって顔してるもん。でも自分のことだと思うと釈然としないけど。
「うん。で、こっちがエリザとアル」
マリア、もう少し空気を読んだ方が良いよ。おじさん、たぶん頭がついていってないよ。
「初めまして。エリザベートと申します。どうぞ気軽にエリザとお呼びください」
ちょっとエリザお姉ちゃん! マリアの事前の説明もあるんだろうけど、丁寧すぎるよ! 追い打ちかけてるよ! 礼をする動作が様になっててやけに綺麗だし⋯⋯。おじさんが固まってるじゃない!
「⋯⋯ご丁寧にどうも」
笑顔が引きつってる。可哀想に。
「初めまして。アルフォードです。アルと呼んでください」
アルは⋯⋯セーフかな。
「ああ。俺はルアンだ。この宿の主をしている」
あっ、やっと余裕が戻ってきたみたい。良かった。⋯⋯あれ? 宿?
「んで、こっちがアーティスとグレン。おじさん、今日は食堂やってるよね?」
マリア、酷いよ。アーティスとグレンが固まっているよ。自己紹介ぐらいさせてあげようよ。ほら、おじさん──ルアンさんも困惑しているじゃない。
「⋯⋯えっ? あ、ああ。もちろんやっているが」
「良かった。じゃ、行こう」
えっ?
「⋯⋯アーティスとグレンは自己紹介しなくていいの?」
「⋯⋯あっ」
あっ、って。私が言わなかったら忘れてたね。




