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謁見後マリアたちは再び城下町に繰り出していた。時刻はもう少しでお昼になるところだ。
「おいしいって評判のお店を聞いておいたんだよ。値段も安いらしいよ。お昼はその店で良いよね?」
「⋯⋯別に良いけどその話は誰から聞いたの?」
マリアはアルフォードからの提案に同意したが、一つ疑問に思った。すなわち貴族である筈のアルフォードがどうやって店の評判などという庶民的な情報を得たのか。
「う~ん、今言っても良いんだけどここは人の耳があるからなぁ。後で食べてる時にでも教えてあげるよ。件の情報元も教えてなかったしね」
アルフォードが向かったのは《雪ウサギ亭》という看板の兎の絵が可愛らしいこじんまりとした店だった。評判の店というのは本当らしく、まだお昼には少し早いにも関わらず店の外まで人が並んでいた。
「並ばなきゃいけないみたいだけど大丈夫だよね?」
「うん」
これが普通の貴族だったら特権階級であることをいいことに無理矢理店の中に入れさせるであろう。いや、そもそもこんな普通の小さな店に貴族は来ないであろうが⋯⋯。
30分ほどで店の中に入れた。
「この店は麺料理が人気なんだって」
「へぇ~」
メニューには一般的な料理から少し変わった料理まで並んでいた。そして、アルフォードが言ったようにどれもお手頃な価格だった。
「じゃあ私はこのピセチっていう料理にしてみる」
「それじゃあ僕はリームンにするよ」
参考までにピセチはスパゲッティのような料理で、リームンはラーメンに似ている。
「すいません、ピセチとリームンを1つずつお願いします」
「はい、銅貨8枚になります」
奢られてばかりでは悪いからと、マリアが二人分のお金を支払った。
注文すると5分もしないうちに運ばれて来た。
「お待ちどうさん、リームンとピセチだ」
どちらも噂以上においしい料理で2人は夢中で食べた。
「さて、さっきの話なんだけど⋯⋯」
料理があらかた消えたところでアルフォードは口を開いた。
「待っている人が結構いるし場所を変えない?」
外にはまだ沢山の人が並んでいるのが見える。2人が並んだ時よりも増えている。
「それもそうだけど、適当な場所がある?」
「向こうの方にカフェがあったからお菓子でも食べながら話そうか」
2人は席を立つと近くのカフェに向かった。
カフェに着くと2人は適当にお茶とケーキを注文した。
「さて、何から話したら良いかな?」
「とりあえず例の件からお願い」
「わかった」
アルフォードは注文した品が来ると話し始めた。
「ランフォードが裏で暗躍していたのは抱えている諜報員たちから聞いたんだ」
彼らの腕は信頼できると、アルフォードは笑った。
「ちなみにさっきの店の情報も彼ら経由だよ」
今度紹介すると言ってあっさり話を終わらせた。
「質問しても良い?」
「どうぞ」
「普通の貴族の諜報員レベルじゃ王族が絡んだ情報は得るのが難しいと思うんだけど⋯⋯」
「さっきも言っただろう? 彼らの腕はいいって」
「それにしたって限度があると思うんだけど⋯⋯」
アルフォードは手に持っていたカップを置いた。
「何が言いたいわけ?」
アルフォードの顔が少し厳しいものに変わった。
「あなたはいったい何者なの? 今にして思えば色々おかしいのよ。さっきだってお城の中を案内もなしに移動できたし。門のところも止められることさえなかったじゃない」
少しの間沈黙が満ちた。
「はぁ、本当はまだ言うつもりはなかったんだけどね⋯⋯」
アルフォードは仕方がないと溜息を吐いた。
「これから言うことを秘密にできる?」
できないなら話さないとアルフォードは言った。
「ええ、勿論」
アルフォードはその返答にホッと息を吐くとお茶を一口飲んだ。その際にさり気なく周りに人がいないことを確認した。
「僕の名前がアルフォード・エルダーというのは嘘だ」
愛称はアルだけどねと笑った。
「僕の本名はアルデヒド・エルドラント。この国の第四王子だ」
「えっ? でも他の人たちは気づいていなかったけど⋯⋯」
マリアは戸惑った。
「君は第四王子の噂を忘れたの?」
「えっと、確か⋯⋯」
マリアは必死に記憶を掘り起こした。
「領地で善政を敷くことから民衆から人気がある」
「他には?」
アルフォードは自分の服を続きを促した。
「病弱でそれを理由に貴族からは国王にするのは反対だと⋯⋯あっ!」
「気がついたみたいだね」
「病弱ってことは人前には滅多に出てこない。ましてや、貴族の子供と面識があるとはとても思えない」
「その通り」
アルフォードはマリアに拍手をした。
「まぁ、病弱っていうのは嘘だけどね。僕はあの手のことが嫌いだから出ないための方便だよ。父に頼まれて顔を知られていないことを良いことに時々田舎の貴族のふりをして出たりするけどね。彼ら僕が田舎者だと馬鹿にして口を滑らすんだ」
アルフォード・エルダーはその時に使う偽名らしい。
「エルダー男爵家は今は没落している田舎貴族だけど、元は王家の親戚筋にあたるのさ」
アルフォードは愉快そうに笑った。
また新たに一週間が始まったが、もうランフォードが授業に乱入してくるようなことはなかった。
噂ではランフォードは国王に学園に迷惑をかけたことをこっ酷く叱られ、どっか遠い街の貴族の家へ養子に出されたらしい。
マリアたちの生活も戻って来たが、あの告白以来二人の仲は少しぎくしゃくしていた。
ランフォードがいなくなったことでマリアにも友達ができた。エリザベート・スノーウェル。男爵家の三女だ。 実はマリアとはもっと前から仲良くしたかったのだが、実家がランフォードに睨まれており、できなかったらしい。
そんなマリアとエリザベートの姿を見ていたためか、はたまたまた違った理由のためか他のクラスメートとの溝もなくなりつつある。
そうして時は流れて行き、件のダンスパーティーが後一週間後に迫っていた。普通の授業はすべてストップしており、一日中ダンスパーティーの準備に生徒たちは忙しく動き回っていた。
マリアは準備を手伝おうとしたのだが、エリザベートにダンスが踊れないことがばれてしまい、ダンスの練習に明け暮れていた。
「おい、聞いたか?」
「何をだ?」
「国王がパーティーに来るらしいぞ」
「嘘だろ?」
「さっき学園長たちが話していたから本当だと思うぞ」
にわかに活気づいた学園内にそんな噂がまことしやかに流れていた。




