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飛んでくる警備兵の姿を視界の端に捕らえ、面倒なことになる前に退散することにした。目を軽く合わせると3人は各々動き始め、警備兵が到着する前にその場から立ち去ることに成功した。
人混みをかき分け、ようやく人だかりの中心に到着した警備兵たちが見たのは頭に大きなこぶを作り、倒れている冒険者の姿だった。頭を抑えて呻いている。
「おい! 何があった⁉」
冒険者は警備兵の姿を見てホッとした顔をした後、ガタガタ震え始めた。
「な、何でもない!」
すでにこの冒険者にとってアーティスたちはトラウマとして刻み込まれていた。
「⋯⋯何でもないっていう顔じゃないぞ?」
その後警備兵たちがいくら訊いても彼は何でもないと繰り返すだけだった。辺りにいた人も彼が何も言わないならと、黙秘を貫いた。
◇◆◇
「⋯⋯ここか」
「存在は知ってはいたけど、実際に来たのは初めてだね」
「?」
3人の目の前にあるのはレンガ造りの建物だった。サイズは通常の家の数10倍もある。
「すいませ~ん!」
入り口で大きな声で呼びかけて出てきたのは黒いベールを被ったシスターと子どもたちだった。
「⋯⋯兄ちゃんたちって冒険者ってやつか?」
「お兄さん、もしかして貴族?」
「えっ? 冒険者! ドラゴンを倒したことある?」
主に男の子たちはアーティスとグレン、女の子たちはアーノルドに群がった。
「はいはい、皆さん。困っておられますよ。久しぶりのお客さんが嬉しいのはわかるけど、質問は後にして差し上げてね」
「「「「「「「は~い!」」」」」」」
シスターは軽く溜息を吐いた後、3人に向き直った。
「⋯⋯この孤児院に、どのような御用でしょう?」
「んっ、ああ。今うちで使用人が不足していてな。必要最低限は何とかなるんだが、何分年寄りが多くてな。今のうちに後進を育てる必要がある。それで何人か使用人として引き取りたいと思ってな」
流石のアーノルドも、女性相手には多少配慮したようだった。
「⋯⋯どこの家の方でしょう?」
だがシスターの顔には警戒の色が浮かんでいた。
「ん? ああ、まだ名乗っていなかったな。私はアーノルド・グランファルトだ」
そんなアーノルドを見ながらアーティスは思う。
(なんでさっきその口調ができなかったんだよ⁉)
当然といえば当然のことだった。
「⋯⋯グランファルト⋯子爵家の方?」
「ああ」
シスターの顔は恐怖で引きつっていた。
「お、お断りします。あのような家にやるような子はここにはおりません!」
その目には確固たる意志が宿っていた。
「な、なんでだ?」
アーノルドは流石にこうもハッキリと断られるとは思っていなかった。
「⋯⋯失礼を承知で申し上げますが、1週間もしないうちに肉体的、精神的にボロボロになって仕事を追われるんですよ? あなたが私の立場なら、そんなところに大事な子どもたちを送り出したいと思いますか?」
「⋯⋯」
アーノルドは言葉を失った。確かに王都の一部の人間には嫌われているかもしれないと、覚悟はしていた。だが、シスターの言葉はそんな覚悟など薄氷のように簡単に粉々にしてしまった。
「少なくとも今の当主様であるうちは、すべてお断りします」
「⋯⋯当主が代われば検討するんだな?」
アーノルドは再度問いかけた。
「ええ。新たな当主様の人となりで判断させていただきます」
「⋯⋯わかった。明日、遅くても明後日にもう一度来る。その言葉、忘れるなよ。⋯⋯アーティス、グレン、一度兄貴たちと合流するぞ」
「⋯⋯何度来られようと同じことです」
シスターの言葉は淡々としていた。
「え~、兄ちゃんたちもう帰っちゃうのかよ。何か話してもらおうと思ったのによ」
「ねぇ?」
子どもたちは不満気だった。
「ごめんな。これからすぐに行かなきゃいけないところがあるんだ。話なら今度来たときに好きなだけしてやるから」
「ホント⁉」
目が輝いた。
「ああ。嘘なんか吐かないぞ」
「⋯⋯僕が知っている話ってあまりないんだけど」
「⋯⋯アーティス、お前は体験談で十分だと思うぞ?」
「そう?」
子どもをグレンが宥め、次回話をする約束をした。シスターはそんな子どもたちを止めるわけでもなく、ただ無言で見ていた。
「何してるんだ。行くぞ」
アーノルドは子どもたちなどお構いなしにすでに外に足を踏み出していた。
「今行く!⋯⋯じゃあ、またな!」
「「「「「「「またね~!」」」」」」」
こどもたちの元気いっぱいな声に見送られ、3人は何の成果もないまま城の方に歩いていった。
「⋯⋯格好は⋯⋯このままでもなんとか大丈夫か」
「⋯⋯そうなのか?」
アーティスは自分の服装を見下ろして許容範囲内だと判断を下した。
「んっ、ああ。このローブ、材質はかなり良いものだからなグレンは⋯⋯着替えた方が良いな」
グレンはその辺の店で売っているような普通の服だった。一応念のため作りのしっかりした服自体は所持している。
「でもどこでだ?」
その疑問は至極当然のことだった。
「⋯⋯あっ」
「⋯⋯そんなことだとは思ったよ」
グレンは呆れた顔で溜息を吐いた。
「⋯⋯兄さん、途中で一旦屋敷に戻って良い?流石にグレンはこの格好のままだとまずい」
「それぐらいなら良いぞ。どうせ通り道だしな」
というわけで急遽行き先が変更し、3人はどこか重い空気を纏いながら歩を進めていった。




