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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第七章 それぞれの過ごす日々
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「なっ、何を⁉ ぐわっ!」

「ご乱し⋯⋯がはっ!」

「きゃあっ!」


 空を人が舞っていた。


「『風よ、吹っ飛ばしちゃえ《暴風》』」


 先ほどからその原因を作っている人物はノリノリだった。


「兄貴、こぇ~」

「あっ、コントロール誤っちゃった。ごめんね」


 思わず本音が出たアーノルドまで使用人と一緒にガルティスの風に吹っ飛ばされていた。


「⋯⋯仲間割れは程々にしておけよ」


 ギルゲルムは止めるでもなく静観を決め込んでいた。ガルティスが吹っ飛ばしていった使用人を次から次へと縛り上げていく。


 結局10分もかからずに邸内にいた使用人は全員3人に捕まった。


「よし、これで大丈夫だ」


 縛った使用人を一室に集めると、ギルゲルムは満足気に頷いた。


「後は手はず通りに頼むぞ」

「「了解」」


 3人は計画通りにそれぞれの行動に移した。長男ギルゲルムは王城へ、次男ガルティスは王都内のとある家へ、そして三男アーノルドは馬を駆って王都の外へと。


「⋯⋯ここか」


 ガルティスの目の前にはみすぼらしい、それこそ小屋、それも廃屋と言っても良いぐらいの家が建っていた。今にも壊れそうで、ガルティスはドアをノックすることすら躊躇した。


「すいませ~ん!」


 結局大声で中にいるであろう人物に呼びかけた。


「何じゃい⁉ うるさいじゃないか⁉ おちおち寝てもおれん」


 怒りながら出てきたのは初老の男性だった。


「⋯⋯ガルティ坊か?」


 老人はガルティスの姿を見とめると、信じられないものを見たように呟いた。


「はい。お久しぶりです」


 22になっても坊と呼ばれたことに苦笑しながらガルティスは微笑んだ。


「⋯⋯今さらこのような老いぼれに何の用じゃ?」


 老人の瞳の奥にはほんの少しの警戒とガルティスに再び会えたことに対する喜びがあった。


「⋯⋯少し父上のことでお話が」


 ガルティスが柔和な笑みを浮かべると、老人の警戒は強まった。


「⋯⋯あの愚か者が今さら儂に何の用じゃ?」


 今やその目は警戒で満ちていた。


「⋯⋯誤解しないでいただきたい。レーリル、あなたに用があるのは父上ではなく私たち兄弟なのだから。寧ろ父上は私がここにいることすら知らない」

「⋯⋯あのようなことがあった後で今さらその言葉を信用しろというのか?」


 その言葉には一抹の悲しみが滲み出ていた。


「それは⋯⋯」


 ガルティスは老人──レーリルがここまで頑ななのは予想外だった。それでもここで引き下がるわけにはいかなかった。


「それはあのことは私もこちらに全て非があると思っています」


 だからこそ非を全面的に受け入れた。


「⋯⋯ほぅ。それで謝罪してそれで終了じゃろう?お前たちが使いそうな手じゃ。謝罪をするならばせめてあやつ本人を連れてこい」


 レーリルは嘲るように笑った。それがガルティスには昔のレーリルと中身が変わってしまったようで、否、過去の自分たちの行いを思い知らされるようで悲しかった。あの何にも知らなかった幼き日のことを。


「⋯⋯父上、いえ、あいつに復讐、したくありませんか?」


 ガルティスはレーリルへの切り札を1枚切った。


「⋯⋯復讐したいかって? 当然じゃろ。儂は⋯⋯儂はきちんと自分の仕事をこなしていたというのに、あやつは、あやつは⋯⋯ただ機嫌が悪かったというだけで儂から職を奪った」


 レーリルの目には増悪の炎が踊っていた。


「⋯⋯それにあの男のことだ。職を失った者も儂以外にも何人もいるんじゃろう?」

「⋯⋯ええ。お察しの通りです」


 15年前、アーティスがようやく言葉を話し始めた頃、グランファルト子爵夫人、レーナリアは流行り病を患い天に召された。

 最愛の妻を失ったヒエロニムは激しく己を責め立てた。レーナリアが亡くなったのは自分に力がなかったからだと。ヒエロニムが野心を持ち始めたのはその頃だ。

 レーナリアが存命の頃は今の姿からは想像ができないほど温厚な人物だった。だがレーナリア死から1月が経った頃からヒエロニムの性格はガラリと変わった。その時のことをガルティスはよく覚えていた。

 優しかった父親は使用人に当り散らすようになり、少しでも気に食わないことがあれば辞めさせた。中には見限り自分から屋敷を出ていった者もいた。今屋敷にはその当時の使用人は1人もいない。

 そのあまりの変貌ぶりにガルティスは怯える2人の弟を宥めるだけで精一杯だった。当時7歳という年齢を考えればそれだけでも凄いことかもしれない。

 ギルゲルムはそんな弟たちと使用人たちを守ろうと、ただ1人ヒエロニムに立ち向かった。だがただの10歳の子どもにできることなどたかが知れており、弟たち物理的な被害が及ばないようにすることしかできなかった。

 当時3歳と1歳だったアーノルドとアーティスはその当時のことを覚えていない。2人にとって父親とは今の傍若無人の男だった。

 ギルゲルムとガルティスは悔やんでいた。もしあの時ヒエロニムの変貌の予兆を少しでも感じ取れていたらと。もしもっと力があったらと。

 その日からギルゲルムは一切の涙を人に見せなくなった。ガルティスも笑顔という仮面を被るようになった。

 だがそのようなことがあっても、これだけ長い間ヒエロニムを放置していたのはいつかもとの心優しい人物に戻るのではないかと淡い期待を抱いていたのかもしれない。

 レーリルは当時グランファルト家で執事長として働いていた。この兄弟が母親の死から立ち直れたのは彼の存在が大きい。


「⋯⋯実は僕たち、あいつを、あの男からグランファルト子爵の位を取り上げようと思っていまして。協力していただけますか?」

「⋯⋯それはいったいいつ?」


 ガルティスはニッコリと笑った。


「すでにあいつは縛って屋敷に放置してあります。邪魔する使用人も縛り上げて別室に捕らえてあります」

「⋯⋯それでは儂に何をしろと?」

「使用人、長く続いている者ほど裏社会の人間とくっついているんですよね。この際全部入れ替えようかと思いまして」


 レーリルはその言葉だけでその先の言葉を察した。


「⋯⋯元のように戻ってきて欲しいと?」

「ええ。使用人を一から育てるのは大変ですし、あいつの被害者への僕たちのせめてもの贖罪ですよ」

「⋯⋯あやつの頬に1発入れてやっても良いかの?」

「ええ、それぐらいでしたら」


 ガルティスはお安い御用だと頷いた。

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