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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第七章 それぞれの過ごす日々
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「お困りのようですね? お嬢さん」


 立ち止まって考え込んでいると不意に声をかけられた。


「?」


 マリアがそちらの方を見ると、数歩先にどこにでもいるような中年の男が立っていた。あえて言えば特徴がないことが特徴だろうか。格好と口調が合っておらず、怪しいことこの上ない。


「ああ、そんなに身構えないでください。私は怪しい者ではないので」

「⋯⋯怪しい人は自分で怪しいなんて言わないと思う」

「⋯⋯それもそうですね。これは失礼しました」


 軽く頭を下げて見せた。


「それで一体私に何の用?」

「⋯⋯用というわけではないですが、お困りのようだったのでお助けしようかと。それだけですよ、マリアさん」

「なんで私の名前を知って⁉」

「あなたは有名ですからね、色々と」

「⋯⋯用がないならほっといて」


 マリアはその言葉だけで不本意ながら納得してしまった。


「それがそうもいかないんですよ」


 そう言って男は大袈裟に肩を竦めた。


「あなたを放置したくない方々もいらっしゃいまして」

「⋯⋯単刀直入に言えば?」

「⋯⋯ちょっとここで死んでもらえます?」


 男はにこやかに答えた。


「⋯⋯そんなこと了承する人がいると思う?」

「⋯⋯一応念のためですよ。様式美ってやつですかね」

「⋯⋯理解できない」

「理解してもらえなくて結構ですよ」


 その言葉とともに男は一気にマリアとの距離を詰めた。いつの間にか手には刀身が鈍く煌めく小ぶりの短剣が抜身で握られている。


(っ⁉ 速い!)


 不意をついた一撃を、体を反らすことで紙一重で躱した。とは言え、刃は着ていたローブを掠めたが──。


「⋯⋯そのローブ、邪魔ですね」


 ローブに僅かな傷さえも付けることはできなかった。


「⋯⋯伊達に高くないですから」


 そんなことを話している間も容赦ない攻撃が放たれる。フェイントとも織り交ぜており、不意をついた蹴りも放たれ、マリアは回避に専念せざるを得なかった。


(この人の雇い主ってどこの誰⁉ 無茶苦茶強いんだけど!)


 午前中に大量に使用した魔力は休憩したとは言っても、まだ半分も回復していない。


 数分間そんな攻防が続き──。


「おい! 何をしている⁉」


 城の目と鼻の先、通行人も多い。兵士が飛んでくるのは当然のことだった。

 男は数人がかりで捕らえられ、マリアも事情が訊きたいと、城門の脇の兵士の詰所まで連れていかれた。

 ベルは怪我はなかったが、あまりの揺れにフードの中で気を失っていた。


◇◆◇


「じゃああいつは嬢ちゃんが知らない奴なんだな?」


 兵士はマリアにできる限り優しく訊いた。

 今は一通り事情を説明し終わった後だった。


「はい。歩いていたら話しかけられて⋯⋯。それでしょうがなく少し話をしたら襲いかかってきて⋯⋯」


 マリアは同じ台詞を繰り返し、静かにまつ毛を伏せた。

 嘘は吐いていない。その代わり本当のことも言っていないが⋯⋯。

 兵士はマリアのことを服装から裕福な商人の娘か、下級貴族の娘だと思っていた。見てわかるような防具も身につけていないマリアのことを冒険者だとは夢にも思っていない。


「⋯⋯幸い護身術の類は得意だったものでなんとかなりましたが」


 念のため言っておくが、普通の少女は腐ってもプロの暗殺者の攻撃を数分間も避け続けられない。例え冒険者をしていても対処できるものはほとんどいない。一部の高ランク冒険者ぐらいだろう。

 兵士は突っ込みたい気持ちを必死で押しとどめた。


「⋯⋯とにかく怪我がなくて良かった。あいつの持っていた短剣には遅効性の致死毒が塗られていた。もしあれが掠りでもしていたら⋯⋯」


 今頃この世にはいなかったかもしれないと言われ、マリアはゾッとした。

 とは言ってもマリアの場合は光属性の魔術が使える。完全にとまではいかなくても死なない程度には自力で治療できる。もし掠っていたとしても大事には至らなかっただろう。


「⋯⋯怖いですね。あんな人が普通に同じ街にいるなんて⋯⋯」

「⋯⋯こちらとしても、ああいったのはあいつだけだと思いたいが、1人いたら5、6人はいるからな。しばらくは王都の見回りを強化することになるだろう」


 あの男はまるで某黒い害虫のような扱いをされていた。


「⋯⋯そうですか。ありがとうございます」


 マリアはお礼を言うと、話は終わっただろうとあたりをつけ、立ち上がった。

 そのまま外に出ようとすると──。


「刃物を持った男に襲われた娘がいるというのはここか⁉」


 そんなことを叫びながら国王が(・・・)勢いよくドアを開けた。


「えっ?」


 ドアが目の前で、それも勢いよく開いたことでマリアは固まった。


「ええっ?」


 目の前にいるのが国王だと認識した瞬間、思考も固まった。

 国王の後ろには苦笑いを浮かべた宰相とアルフォードが控えていた。


「⋯⋯国王、勢いよくドアを開けるなど、些か行儀が悪いです」


 宰相は微妙にずれたことを言った。


「だが私は急いでいたのだ。帰られたら元も子もないではないか。現にこうして⋯⋯「話を逸らさないでください。私はそもそもどこの誰ともしれないやからと会うことは反対だったんです。それなのに礼まで失するなんて⋯⋯」いや、別にその娘は知らぬ娘ではないぞ」

「えっ?」

「マリアと言ったか、そうであろう?」

「えっ? あっ、はい。お会いするのは2、3か月ぶりくらいでしょうか?」

「それぐらいになるな」


 部屋の隅では兵士が居心地が悪そうに縮こまっていた。

次回から一旦アルフォードの話に入ります。

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