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第八話「コード:レッドフレーム」


 緊急のサイレンが鳴り響いたのはグランマ襲来から五分以上経過してからだった。


 ウィペットたちブルーフレーム隊が待機命令を受けていた時だ。グランマ襲来を告げるサイレンであることを理解したのは少数だった。ウィペットは即座に理解して、自分の部隊へと通信を飛ばした。


「グランマがペロー5内部へと潜入。現在、工業ブロックへと侵攻を開始。ブルーフレームガンス小隊、戦闘準備」


 出撃には全員揃わなくてはならない。待機室から外へ出たウィペットは、既に炎が工業ブロックから上がっているのを目にした。のたうつ炎の蛇が全てを呑み込もうとしている。その中にグランマの姿を見つけた。ブロッサム型だ。遅れてやってきた四人が惨憺たる有様の工業ブロックの方向を見やり、「これは……」と口にした。


「緊急事態である。全員、飛べるな?」


 確認の声に一人が戸惑ったような声を上げた。


「隊長。私はまだ重力下での戦闘経験が十時間しかありません」


「戦闘経験時間の有無は問題ではない。今出なければ、ペロー5は焼け野原だぞ」


 発した声に全員が息を呑んだのを感じた。実戦。まさか訪れる日が来るとは思っていなかったのだろう。


 ウィペットは右手首を突き出した。左手を添えて両手を広げる。青い光が十字に瞬き、ウィペットの身体に一瞬にして半透明の装甲が纏われた。青い光を内側から発し、半透明の鎧が青く染まる。ウィペットは地面を蹴りつけた。ブルーフレームへの変身を遂げたウィペットが空へと飛び立つ。


 背後を振り向いて遅れながら四つの光が地表で瞬き、ウィペットの後を追ってきたのを視界に入れた。命令には従う頭を持ち合わせているらしい、と確認したウィペットは通信に声を吹き込んだ。


「1Gだ。空間戦闘とはわけが違うぞ。出力の数値を上げろ」


『了解』の復誦が返り、ウィペットは自身の推進剤の出力を上げた。


 両手を背面に翳し、袖口から青い光を焚く。速度を増したウィペットはまさしく流星のように駆け抜けた。その途中、グランマによって破壊された街並みを視界に入れる。火の手が上がり、押し潰されたビルや工場はグランマの脅威を物語っている。ウィペットはグランマを射程距離に捉えた。


「B2は私と共に斬り込め。B3は中間地点よりグランマの注意を引きつけ、B4、B5は後衛の任に就け」


『隊長。フェンリルの使用は』とB2が戸惑いの声を上げる。ウィペットは指示を飛ばした。


「前衛はぎりぎりまでフェンリルなしで対処。B3はフェンリルの使用を許可する。B4、B5については――」


 そこから先の指示を飛ばす前に、グランマの下で何かが光ったのをウィペットは捉えた。両手を突き出して制動をかける。


「あれは……」


 光は一瞬だけの見間違いかと思ったが、赤く脈動のように光り輝いている。『隊長?』とB2が突然立ち止まったウィペットを怪訝そうに見つめる。


 グランマはそちらへと注意を向けている。何があるのか知らないが、背後のコアが丸出しだった。ウィペットは攻撃指令を加えようとした。


 その時、赤い光が突然飛び上がった。ウィペットを含むブルーフレーム隊が全員、そちらへと視線を向けていた。赤い光が生み出した衝撃波がグランマの身体を煽る。グランマがバランスを崩して仰向けに倒れた。


 赤い光は一定の高さまで上がったかと思うと、幾何学の軌道を描いてグランマへと突き刺さった。グランマを中心として同心円状に粉塵が舞い散り、血飛沫のように衝撃波が見舞う。ウィペットは顔の前で手を翳して、バイザー上に投射される赤い光の情報を読み取ろうとした。しかし、赤い光は「UNKNOWN」の判定がなされた。


「未確認の対象?」


 ウィペットが口にすると、グランマが黒い触手を赤い光に向けて放った。空間を奔った触手が赤い光を捕らえたがそれは一瞬だった。赤い光から巨大な光の帯が放射され、触手を焼き切ったのだ。


「ビーム兵器だと?」


 示された熱量にウィペットは思わずそう言っていた。だが高出力のビームを放つには対象が小さい。赤い光は放った光の帯に押し出されるように天へと駆け上った。それでウィペットにも放たれた光の帯の正体が分かった。


「……ビームなんかじゃない。まさか、推進剤だと言うのか」


 ビーム兵器などではない。


 ただの推進剤の熱量だけでグランマの触手を焼き切った。


 対象の小ささに、ウィペットは我が目を疑った。


 グランマが起き上がり、白い光条を放つ。白い光芒が赤い光を追いかける。赤い光は背面から光背のような円形の光を発してさらに速度を増した。白い攻撃の光へと、赤い光から巨大な光の帯が放たれる。白い光条と相殺し、衝撃がコロニーを揺さぶった。赤い光が衝撃波の合間を縫って、グランマへと直上から襲いかかる。グランマが反応する前にすくい上げるかのように赤い光が偏向し、グランマの巨体を持ち上げた。


 赤い光に押し出されてグランマが天へと上がっていく。まるでロケットのように赤い光は幾条もの推進剤を焚いて力強くグランマを浮き上げる。


 天井の人工太陽へとグランマの身体が突き刺さった。グランマの表皮が人工太陽の熱量で焼かれる。しかし、あれでは赤い光も持つまい、とウィペットは感じたが、赤い光は間一髪で離脱していた。コアを焼け焦がしたグランマが支える力を失って落ちていく。このまま自由落下すればコロニーに穴が開く恐れがある。そうなれば被害は甚大だ。ウィペットは呆然と赤い光とグランマとの攻防を眺めていた部下たちの横っ面を叩くように叫んだ。


「グランマを破壊する。今が好機だ!」


 その声に気づいた部下たちが、『り、了解』と気後れ気味に返す。ウィペットは空間を蹴りつけ、青い光を弾けさせてグランマへと直進した。


 しかし、その行く手を遮るかのように赤い光が揺らめいた。ウィペットはその全貌を視界に捉える。雨合羽のような装甲を身に纏っている点ではブルーフレームと同様だ。


 違うのはブルーフレームの青い部分をそのまま全て赤に変換したような姿であることだ。火の粉のような粒子が周囲に散らばっている。顔の部分のバイザーが翳っており、どのような表情をしているのかは分からない。


「……赤い、ブルーフレーム」


 いや、そう言うのならば「レッドフレーム」と呼称したほうがいいだろう。ウィペットがそう考えていると、赤い光は身を翻して落ちていくグランマの上空を取った。何をするつもりなのか、と見ていると、赤い光は両腕を掲げた。足を突き出したかと思うと、両腕の袖口から赤い光の帯が、轟、と空気を割って放たれた。


 覚えずウィペットは光の瀑布にバイザーの前で手を翳し、減光フィルターを最大にする。減光フィルターでも完全に消しきれない光を噴き出しながら、赤い光は一筋の流星のように落ちていく。鋭い槍の穂先を思わせる一撃がグランマの口の中へと吸い込まれた。その光が掻き消えたに見えた直後、グランマのコアを破って赤い光が地表へと落ちていった。グランマの全身から血潮が迸り、花弁が形状を崩壊させていく。


 ぶくぶくに膨れ上がったグランマの白い巨体が次の瞬間、一挙に弾け飛んだ。血の雨が、まだ炎の燻るペロー5の地面に降りしきる。ウィペットは呆然としていた。


「たった一人で……」


 グランマを迎撃した。一体何者なのか。ウィペットは減光フィルターを消して、周囲の状況把握に努めた。しかし、先ほどのような高熱源反応は存在しなかった。該当データに問い合わせてみるが、合致する条件はない。


『今のは、何だったんですか? 隊長』


 こちらが聞きたかった。ビーム兵器に匹敵する推進剤を持ち、グランマを一蹴りで倒してしまう存在など聞いたことがない。ざわめく部下たちをウィペットは叱咤した。


「避難誘導。及び、被害の把握に努めろ。今すぐにだ」


『了解』と部下たちが散開していく。ウィペットは赤い光が落ちたであろう場所を凝視したが、何の反応もなかった。


 ぽつり、とブルーフレームの表面を雨が叩いた。グランマの血の雨ではない。昼過ぎから降り出すと言っていたが、グランマと赤い光との戦闘の衝撃によって天候制御システムが異常を来たしたのだろう。雨脚は徐々に早くなり、荒廃した街並みへと灰色の雨が降りしきった。


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