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第四話「日常」


 退屈な授業が終わるチャイムが鳴る。


 教師が本型の端末を閉じて、「今日はこれまで」と教室内を見渡した。ミーシャは教師が出て行ってから身体を伸ばした。四十五分間も机に縛られ続けるこの因習は旧世紀からずっと続くものらしい。忌々しい、とミーシャは感じて、早速端末を取り出した。ホームルームまで十分間の休み時間がある。端末で青ずきん部隊についての情報を検索しようとしていると、メールが届いているのを確認した。開いてみると母親からだ。


『真っ直ぐ帰ってきて、お父さんに夕食を届けてあげてください』とある。どうやら寄り道はするなと言いたいらしい。


 それに父親の夕食を届ける役目はいつも任されていることだ。ミーシャは立ち上がって、シイナの机へと歩み寄った。シイナは端末に視線を落としたまま気づく様子もない。思い切って後ろに回り、くすぐろうとしたところでシイナが不意に振り上げた拳がミーシャの顔に食い込んだ。ミーシャが鼻筋を押さえながら蹲ると、シイナが、「ばればれなんだよ」と端末から視線を振り向けずに口にする。


「だからって酷い。グーなんて」


「じゃあ、チョキかパーがよかった?」


「どっちにしろ、酷いって!」


 ミーシャがいきり立って反発すると、シイナは、「そう」と淡白に応じて端末の投射画面へと目を向ける。ミーシャは話しかけた。


「今日も部活?」


「そうね。コロニーの天候予定でも雨が降る日じゃないし」


 コロニーは周期的に雨が降る日を組み込んでいる。これは農作物を育てるためであるが、それ以外にも人間に天候を自覚させる意味を持つという。夏が近い梅雨の時期なので、雨の日が組み込まれる割合が高い。その中でも晴れる日は貴重なので、シイナは部活に勤しむというわけだった。


「どっか寄ってこうよ」


「あんたを連れてどこ行くって?」


 シイナの声にミーシャは、「それは……」と口ごもった。自分の趣味に合わせればホビーショップしか寄る店はない。


「朝も言ったけどわたしたち十四歳の女子中学生。プラモデルやフィギュアに興味なんてないの」


「じゃあ、シイナは何に興味あるの」


「これ」とシイナが端末の画面を見せる。小さな文字が縦に羅列していた。びっしりと並んだ文字列にミーシャは軽い眩暈を覚えた。


「何それ?」


「文学」


「国語で充分じゃない」


「国語は答えを出さなきゃならないけれど、こうして読書するのには答えは必要ないし、その人の数だけ答えがある。少なくともヒーローの活躍見るよりかは面白いよ」


 ミーシャはむっとして机を叩いた。


「ヒーローだって文学だよ」


「ほう。その主張の根拠は?」


「それは……、ないけど」


「ないじゃん」


 シイナが再び端末に視線を落として書籍を読み始める。ミーシャは、「とにかくあたしは」と口にした。


「ヒーローだって見る人によって答えは違うと思っているの」


「最後に勝つのは正義の味方でしょ? 誰が見たって同じ」


 シイナの冷たい返しにミーシャは腕を組んで、「むぅ」と呻った。


「そんなシンプルじゃないの。さては馬鹿にしている?」


「馬鹿にするも何も。ヒーローショーが文学に勝っているとは思えないだけだし」


 シイナが端末にタッチしてページを繰った。シイナの読む速度は速い。ミーシャが一行読んでいる間に、シイナは一ページを読んでいる。ミーシャは机に両手をだらりと置いてへたり込んだ。それを見たシイナが眉をひそめる。


「邪魔しないで」


「だってシイナが相手してくれないから」


「こちとら本を読んでいるの。あんたの相手なんていつだってできる」


 ミーシャは机の上で手をばたつかせながら、「えー」と喚いた。シイナが端末でミーシャの額を小突く。


「うっさい。大人しくできないの?」


「……大人しくなれない」


 頬を膨らませて抗議する。シイナがため息をついた。


「そんなんじゃ青ずきん部隊にだって入れないよ」


「それは困る」


 バッと顔を上げて佇まいを正しミーシャが口にすると、「じゃあ、大人しくすること」とシイナが釘を刺すようにびしりと言葉を発した。


「わたしの邪魔はしない。オーケー?」


 ミーシャは人差し指と親指で丸を作り、何度か頷く。


「オーケー、オーケー」


「じゃあUターンして自分の机に戻りなさい。了解した?」


 シイナが指を回して帰るように促す。ミーシャは頷きかけて、「ちょっと」と立ち止まった。


「そんなに鬱陶しい?」


「まぁ、それなりに」


 ミーシャは腕を組んで目を瞑り、「うーん」と呻った。シイナは端末から顔を上げずに、「何を悩むことが?」と尋ねる。


「いや、シイナ、絶対あたしのこと馬鹿にしてる」


「実際、馬鹿じゃない」


「馬鹿じゃないよ!」


 ミーシャが机に手をついて言い返すと、シイナは眉根を寄せて、「そうやって言い返すところが」と口にする。


「馬鹿っぽい。変なのが好きだし」


「オオグチはかわいいよ」


「またその主張?」


 うんざりだと言わんばかりの口調でシイナは端末を操作した。書籍を一旦閉じて、ブラウザを立ち上げる。


「オオグチって人気あるみたいだけど、あんたはどれくらい持っていたんだっけ?」


 ブラウザに映ったのは画像検索して呼び出したオオグチのコレクターズアイテムだ。ミーシャは画面を指差して、「これと、これと」と自分の部屋にあるものを示す。


「オオグチクッション系列は定番だよね。あとはオオグチミニタオルと、オオグチぬいぐるみ大中小と……」


「ほぼ全部って」


 シイナは呆れ顔になってブラウザを閉じた。「ああ、まだ途中だったのに」とミーシャが名残惜しそうに言う。シイナは切り捨てるように、「あんたが馬鹿だってことは完全に証明されたよね」と言葉を発する。


「オオグチ馬鹿でヒーロー馬鹿。何だかこれだけ言うと本当に救いようのない馬鹿みたいね」


 ミーシャはがっくりと肩を落とし、「その言い草は酷いよ、シイナ」と言い返すと、教室に教師が入ってきた。ホームルームの時間だ。


「はい。席についてー」


 教師の声に散り散りになっていた生徒たちが自分の席へと戻っていく。


「で、ミーシャ。どっか寄るんだっけ?」


「寄ってくれるの?」


「いや、部活だから無理だけど、聞いただけ」


 ミーシャは不服そうに、「何それ」と机を叩いていると背中に声が飛んできた。


「ミーシャ・カーマイン。席につきなさい。ホームルームを始める」


 フルネームで呼ばれてミーシャはびくりと肩を震わせる。クラスメイトたちの視線を浴びつつ、小さくなって席についた。教師の声が響き渡る中、ミーシャは真っ直ぐ帰ることを自分の中で決定させた。


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