最終話「赤ずきんって呼ばないでっ!」
『大規模生活コロニー、ペロー5。午後のニュースです。先日、ペロー5を襲った新型グランマは呼称をプラント型として正式に認定されました。ブルーフレーム隊に混じって観測された赤い光について議論が巻き起こっています。オオタキさん。そもそも、この赤い光は何なんでしょう。ブルーフレーム隊と協力関係にあったようにも見えますが』
投射画面の向こう側でアナウンサーがコメンテーターと喋っている。頭の禿げ上がったコメンテーターが神妙な顔つきで眉間に皺を刻み、『そうですね』と応じる。実際のところは何も考えていないだろうと当たりをつける。
『軍からの正式発表もありませんし、私はこの赤い光をグランマと同等かそれ以上の脅威と見る必要があると思いますね。仮にこの赤い光、ブルーフレームが青ずきんとあだ名されるのに倣って赤ずきんと呼ぶとして、赤ずきんは何の目的で現れたのか。この映像をご覧ください』
コメンテーターがある映像を示す。それは赤い光がブロッサム型のグランマを貫いた瞬間だった。その次にコロニーの外膜を破って宇宙空間に現れた写真が映し出される。
『グランマと敵対関係にある、ように見えますね』
アナウンサーの言葉に、『いや』とコメンテーターは首を振った。
『このどちらもに共通しているのはペロー5で観測されたという事実です。赤ずきんは生き残り、グランマは殲滅させられている。人類は新たなる脅威に直面したと見るべきでしょう。赤ずきんという脅威はグランマを単機で駆逐している。この事実から、青ずきん部隊はさらなる苦戦を強いられることと――』
そこで映像は切られた。ブルーバックの投射画面が目の前にある。その後ろには馬蹄状の机に居並んだ人々の顔があった。どれもなかなかお目にかかれない顔ぶれだ。バラク中佐の顔もある。
「何度も質問することだが」
その中の口髭をたくわえた中年の男が口を開いた。何度も質問することならば一度で済ませればいいものを、と思う。
「この赤い光、民間では赤ずきんと通っている物体について知っていることはないのかね? ウィペット・ガンス少尉」
ウィペットは直立不動のまま、「いえ」と頭を振った。
「ありません。報告書に書いたことが全てです」
「報告書には身元不明の物体とあるが、まさか今時UFOかね?」
頬を引きつらせて強面の重鎮が皮肉気味に口にする。ウィペットは一顧だにせず、「報告書が全てです」と繰り返した。
「プラント型との戦いで、君と共に出た隊員の中には君が明らかに赤ずきんを支援しろと言ったのを聞いたという者もいるが」
「あの場では最適と判断しました」
「しかしだね」と甲高い声の男が口を開く。ヒステリックのような声だった。そのくせ、身体はぶよぶよに膨らんだ肥満体だ。
「赤ずきんが未確認の物体だとするのならば、君がその場の判断で支援すると言ったのはおかしいだろう。何らかの裏取引があったと勘繰るのも仕方がないと思って欲しいね」
「裏なんてありません。ただ、プラント型の脅威に対して赤い未確認物体と共闘したほうが賢明だと判断したまでです」
「もう未確認だの何だの言っている場合ではないのではないかね」
黒縁の眼鏡をかけた男が書類を叩き、投射画面にそれを映し出す。レッドフレームを至近で捉えた静止画が出る。バラク中佐に報告した際、やり取りしたものだ。バラク中佐へとちらりと目をやる。この場ではペロー5を束ねるとはいえ、バラク中佐も頭が上がらないのだろう。ウィペットの視線を素知らぬ顔で受け流した。
「これはブルーフレームの改造体だ。もし、これがグランマによる生体兵器だとすれば我らからしてみれば脅威だよ」
「早々に破壊すべきなのだ」と強面の男が片手を振り翳して喚く。
「ブルーフレームガンス小隊は判断を誤った」
「キサラギの開発していた新兵器だという話もあったようだが」
「それこそ眉唾だよ。だとすればどうして名乗り出ない? どうして隠密に活躍する? まさか、正義のヒーローだとでも?」
甲高い声で肥満体の男が笑った。それに追従するように、「まさか」と笑いが会議室の中に広がっていく。その中で黒縁眼鏡の男だけがウィペットを真っ直ぐに見据えている。
「ウィペット・ガンス少尉。何か、報告すべきことがあるのではないかね。後ろ暗い事情がないのならば全て報告すべきだ」
「私は報告を怠ってなどいません」
ウィペットの態度に、「いい加減にしたまえ!」と強面の男がテーブルを叩いた。
「不明瞭な点が多過ぎる。これでは君が何か隠していると考える他ないのだよ」
「だとしても、私は報告の義務を全うしています」
ウィペットの態度に業を煮やしたのか、「あんまりこちらを嘗めていると……」と強面が青筋を額に浮かび上がらせながら拳を固めた。
「いい。ウィペット・ガンス少尉は全ての報告を事細かに書いている。そう考えるのが精神衛生上好ましいだろう。この場で人類同士、腹の探りあいをしても、何の益にもならない」
黒縁眼鏡が制した。その言葉で強面は少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
「これからこの赤い未確認物体を我々は赤ずきんと呼称する。赤ずきんに何か動きがあれば報告するように。以上だ」
ヴン、と重鎮たちが次々と消えていく。立体映像だ。この場にいるわけではない。最後に黒縁眼鏡が残り、両手を組んで、「バラク中佐」と呼んだ。バラク中佐が、「はい」と身を強張らせる。
「報告を怠らぬよう、よろしく頼む」
それは暗に自分に監視の目を光らせろというのか。バラク中佐は、「おおせのままに」と返した。何世紀前の返答だ、とウィペットは思う。最後に黒縁眼鏡の重鎮が消えて、場が落ち着いてから照明がつけられた。会議室は閑散としていた。バラク中佐とウィペットだけが実際にここに存在していたのだ。
「ウィペット・ガンス少尉」
バラク中佐が気の抜けた声でウィペットを呼ぶ。ウィペットはバラク中佐に向き直り、敬礼をする。
「は。何でしょうか、中佐」
「君がレッドフレームに関してしらを切るのは勝手だが、私をできれば巻き込まないでいただきたい。今の会議、一つ間違えれば君も私もこれだ」
バラク中佐が首筋を掻っ切る真似をする。
「承知しております」
「心にもないことはいい。君は有能だということは分かっている。問題は君がどこまで抱え込むつもりなのか、ということだ。率直に聞く。レッドフレームが誰か、知っているのか?」
あまりにも単刀直入な言葉に思わず返答しかけて、ウィペットは、「……いえ」と心とは正反対の言葉を発した。
「何も」
「ならばいい。君は君の職務を全うしたまえ。ただし、上はあくまで赤ずきんをグランマと同じ脅威として見ている。それだけはゆめゆめ忘れないで欲しい。君の首もかかっているのだよ」
バラク中佐はそれだけ言い残して、その場から去っていった。一人、取り残されたウィペットは深く息をついた。
立体映像とはいえ実権を握っている人々の前だ。緊張しないほうがおかしい。あくまで平静を装えたのは自分で褒めてやってもいいくらいだ。
「これでいいんだろう。ミーシャ・カーマイン」
陽光がカーテンの隙間から差し込んだのを感じて、ミーシャは目を覚ました。
呻きながら目覚まし時計を手に取る。予定時間よりも一時間早い。しかし、一度目が冴えてしまっては仕方がなかった。ミーシャは布団からもそもそと出て、カーテンを開けた。人工太陽は復旧しており、灰色の空ではなく突き抜けるような青空が広がっている。どうやら天候制御システムも回復の兆候にあるようだ。
ここ数日は晴れの日が多い。夏が近づいているのもあるのだろう。ミーシャは制服に着替え下階に降りて母親と顔を合わせた。
「おはよう」
「おはよう、ミーシャ。今日は早いわね」
「うん。何か、忘れているような……」
ミーシャは寝ぼけた頭をフル動員して、「むむむ……」と呻った。すると、ある約束が思い出された。
「そうだ。シイナが青ずきん部隊に、正式に入隊するんだっけ」
「あら。それで早く起きたわけじゃなかったの?」
母親は覚えていたようだ。意地が悪い、とミーシャは頬を膨らませた。
「あたし、朝御飯いらないから。シイナの入隊式見に行くね」
「あっ、ミーシャ。朝御飯くらい食べなさい」
母親の言葉を背中に受けて、ミーシャは片手を振り、玄関を出た。しばらく走ると、「どこまで行くんだ?」と声がかかった。顔を振り向けるとフロート式のミニバイクに乗っているフルフェイスとすれ違った。ミニバイクが少し行ったところで停車する。バイザーを上げて、顔を見せた。
「ウィペットさん」
「入隊式へ行くんだろう。送るよ」
「いいんですか?」
「走っても間に合うまい。乗るといい」
ミーシャは、「じゃあ、お言葉に甘えて」とミニバイクの後ろに腰を下ろした。ウィペットの腰に手を回す。ミニバイクが緩やかに発車する。風を受けながら、ウィペットが声だけを振り向けた。ミニバイクはほとんどエンジン音がないので声は明瞭に届く。
「お歴々には何とか誤魔化した。しかし、そう何度も通じるとは思えない。本当に隠し通すつもりなのか?」
レッドフレームのことを言っているのだろう。ミーシャは胸元に手をやって頷いた。
「はい。父との約束ですから」
「私とリリィは知ってしまっている」
「ウィペットさんは特別ですから」
その言葉にウィペットが暫時、間を置いた。照れているのかもしれない、と思うと可愛く思える。咳払いをして、「簡単なことではないぞ」と強張った声を向ける。
「グランマはお前を狙って来る可能性がある。またいつこのコロニーが犠牲になるとも限らない」
「ええ。だから、守りたいんです。グランマから、みんなを」
一身にグランマの脅威を引き受けるだけの覚悟をミーシャは持っていた。しかし、「それは歪だ」とウィペットは言う。
「人は、誰かと共に生きる生物だ。グランマのように単体では生きられない。孤独を背負うな。……私にも背負わせろ」
ちらりと放たれた声はミーシャにはよく聞こえなかった。「何て言いました?」と尋ねると、「何でもない」と強い語調で返ってきた。
「あたしは何も一人じゃないですよ。ウィペットさんがいる。リリィさんもいる。それにシイナも戦おうとしている。だったら、あたしだけ知らぬ存ぜぬじゃ駄目ですよ」
「今までのように学校に通いながら、母親を心配させずに、だ。きついぞ」
母親にはブルーフレームの適性がなかったため、今まで通り学校に通うと言ってある。安心した母親の顔が鮮烈に記憶に残っている。ミーシャは、「きっと大丈夫ですよ」と風になびいたセミロングの髪をかき上げて応じた。
「だって、みんながいますから。あたしはこの運命に絶対負けません」
「そうか。赤ずきんは強い、というわけだな」
ウィペットがアクセルを踏み込んで速度を速める。入隊式の会場までもう少しだ。笑い声混じりに口にするウィペットへとミーシャは言葉をかけた。
「あのウィペットさん。生意気かもしれませんけど言っていいですか?」
「うん? 何だ、言ってみろ」
ミーシャは己の胸のうちにある言葉を紡ぎ出した。父親との約束。シイナとの誓い。ウィペットとの共に秘めた思いを胸にしつつ、それでも不満げに唇を尖らせる。
「赤ずきんって呼ばないでっ!」
赤ずきんって呼ばないでっ! 完




