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第二十話「赤い流星」


 これは我侭かもしれない、とミーシャは思った。


 しかし、我侭でも突き通せば王道だ。ウィペットの返答を待つ。ウィペットにも迷う時間はない。もちろん、自分にも。機能停止まで105秒。余計なお喋りをしている時間はない。


『ミーシャ・カーマイン。覚悟はあるんだな』


 その言葉の中にいくつもの逡巡が混じっているのを感じ取った。これから先も、正体を隠し続け、戦い続ける覚悟。たった一人、絶対の孤独に氷付けにされる覚悟。ミーシャは頷いた。


「覚悟なら、もうできています。あたしの夢のために」


 ウィペットはその言葉に満足したように首肯した。


『いいだろう。私たちが引きつける。お前は最大出力でグランマを攻撃しろ。ただし空間戦闘はまずい。これは危険な賭けだが、コアだけをしゃにむに目指せ。時間切れになった時、お前を助けられるかは分からないが……』


「分かっています。グランマのコアを破壊すること」


『それともう一つだけ。攻撃圏内に入ると、奴は質問をしてくる。いいか? 絶対に仕留められる時以外は質問に答えてはならない。グランマは質問対象に攻撃を固定する性質を持つからだ』


 ミーシャは頷いて唾を飲み下した。グランマの質問。だからこそ、父親はあの時、身を挺して犠牲となったのか。


『私は部下に命令を与える。行け、ミーシャ・カーマイン!』


「了解!」


 ミーシャは両腕から推進剤を焚いて空間を駆け抜けた。グランマへと直角に曲がりながら鋭角的な軌道を描きつつ猛進する。


 グランマがミーシャに気づくが、その時にはウィペットたちが攻撃をくわえていた。青い光で構成された武器、あれがフェンリルなのだろう。


 ウィペットたちに攻撃が集中する中、ミーシャはグランマへと接近した。ほとんど至近と呼べる距離を飛行すると、グランマから黒い触手が伸びた。ミーシャは咄嗟に後ずさり、仰け反って両手を後ろに引き寄せた。


 足も同時に背面に引き上げて、背面に光を集中させる。出力を上げた光背の光と、両手両足から噴き出される推進剤の光が折り重なり、集束して赤い球体を成した。高エネルギー体が凝縮した瞬間に、ミーシャは叫ぶ。


「――バレット、ビーム!」


 いつも真似をしていたヒーローものの技と同じモーションを取って、ミーシャが両手両足を突き出した。


 撃ち出された赤い帯の光が寄り集まり、グランマの触手ごと体表を焼いた。光軸がグランマを貫いてその身が傾ぐ。


 グランマの眼球から白い光線が撃ち出される。ミーシャは即座に袖口から推進剤を焚いてコアへと向かう。


 青ずきん部隊の攻撃に気を取られて、グランマはミーシャだけに対象を絞ることができないようだ。体表に降り立ち、ミーシャは地上を走るのと同じように駆け出した。グランマの体表はぶよぶよしていてまるでゴムの上を走っているような感覚に陥る。


 ミーシャは一つ体表を蹴るごとに速度を増していった。踏みしだかれた体表が弾け、血が滴る。赤い光の尾を引きながら、ミーシャは雄叫びを上げてコアへと到達した。眼前にあるコアへと、ミーシャは拳を固める。背中から光背のような推進剤を同心円状に焚いて一気に接近する。


「この距離ならば!」


 固めた拳を引いてミーシャは打ち込もうとしたが、その刹那、グランマの身体が跳ね上がった。光線を推進剤代わりにして持ち上がったのだ。唐突な出来事にミーシャは戸惑った。


「コアが……」


 このままでは破壊できない。そう感じた時、声が耳朶を打った。


『任せろ!』


 ウィペットたち青ずきん部隊が、グランマが跳ね上がるのを予期していたように集中砲火を浴びせる。ウィペットが先行し、ガトリングの火線がコアへと殺到した。コアがぶくぶくに膨れ上がる。火力不足なのか、まだグランマは破壊される気配がない。


「ウィペットさん!」


『ミーシャ・カーマイン。これを!』


 ウィペットが手にしていたガトリングを放し、ミーシャへと投げつけた。ミーシャが受け取った瞬間、ガトリング型フェンリルのデータが頭へと叩き込まれる。


 左手で保持し、右手を添えて構える。その瞬間、青い光で構成されていたガトリングへと赤が滲み出し、ガトリングの色を紫色に変えた。


 バイザーの内側で「ガトリングフェンリルの情報を更新」と表示される。果実の森林に埋もれたグランマの房の部分に向けてミーシャは発砲した。ガトリングからウィペットが撃っていたものとは比べ物にならないほどの巨大な弾丸が撃ち出された。


 高速で撃ち出される弾丸の応酬がグランマの果実の眼球を弾き飛ばしていく。白い光線がミーシャへと殺到する。


 レッドフレームの端へと光線が掠め、「ダメージ危険域」の赤色光がバイザーを埋め尽くす。ミーシャはそれでも撃ち続けた。グランマの果実が次々と吹き飛ばされ、表皮が薄くなっていく。ガトリングが回転を止めた。弾切れである。


 ミーシャはガトリングを捨て去った。手から離れた途端にガトリングは赤と青の粒子になって消え去る。ミーシャは両腕を振るい上げた。踵から僅かに推進剤を噴き出させ、ちょうど逆立ちしたような格好になる。両腕から噴き出す推進剤の出力を最大に設定し、ミーシャが叫んだ。


「バレット、キーック!」


 光の帯が焚かれ、ミーシャの姿が逆さまの流星のように常闇を貫いていく。グランマに接近した瞬間、声が聞こえてきた。


(あなたはどうしてそんなに耳が長いの? あなたはどうしてそんなに口が真っ赤なの?)


 ミーシャは身体を声にして叫んだ。


「それは、お前を食べるためだ!」


 赤い流星がグランマの表皮を破り、コアへと一直線に貫く。甲高い鳴き声が上がった。断末魔の叫びだったのかもしれない。血飛沫が舞い上がり、グランマの果実の身体がバラバラに砕け散った。コアを貫いたミーシャの身体は宇宙空間に漂い出した。


 赤い光が失せていく。

 

 限界時間が近かった。


 残り十秒足らず。


 赤の残滓を掴もうとするかのように手を伸ばす。


 流星となった自分を掴むことなどできない。


 いつか考えていたではないか。流星は一瞬の光芒だ。燃え尽きる直前の輝き。命の灯火が燃え上がる瞬間。


 その一瞬だけ光るために幾星霜の旅路がある。思えば短いと思えた人生もミーシャには価値があるように思えた。


 シイナと出会えた。両親に恵まれた。夢だった青ずきん部隊と一緒に戦うことができた。そう考えれば意味のあることばかりに思えてくる。ミーシャはバイザーの中で目から溢れ出た涙の粒が玉となって漂うのを見た。


「……やっぱり、一人で死ぬのはやだよぉ」


 最後に出てしまった後悔と本音の言葉。父親の下に行けるのだと言い聞かせてもどうしても未練が残る。


「意気地なしだ、あたし」


 ミーシャは機能停止まで残り五秒を切るのを見た。この宇宙空間の闇に抱かれて、誰にも看取られずに死んでいく。レッドフレームを得た時に定められた絶対の孤独よりもなお冷たい、孤独のうみへと。流れるように消えていくのだ。


 滲んだ視界の中に一瞬、青い光が十字に煌いたのを見た。ぼやけた二重像が線を結び、ミーシャが目を見開くと、青い流星がミーシャへと飛び込んできた。ミーシャの身体を掴み、接触回線で、『耳を塞いでいろ』と声が飛んだ。


『このままペロー5に突っ込む』


 残り三秒となる。青い光が尾を引き、残像すら刻みながら背後に迫るコロニーの外膜へとナイフのように鋭く突っ込んだ。


 残り二秒。全てがスローモーションに感じられ、背中に衝撃を感じる。仰け反ったミーシャの目に残り一秒の表示が映る。


 ――もう駄目だ。


 そう感じて身体から力を抜こうとしたその時だった。


『生きろ! ミーシャ・カーマイン!』


 接触回線を通じて明瞭に耳朶を打った声にミーシャは我に帰って耳を塞いだ。激震の次に真空からの脱却と1Gの重圧が圧し掛かった。轟、と空気が割れてミーシャの滲んだ瞳に修復されていく膜が映った。


「機能停止まで0秒」の点滅が視界に入り、ミーシャの纏っているレッドフレームから色が失せて半透明の鎧だけが残る。その鎧さえすぐに消えていった。


 一筋の流星となってミーシャが落ちていく。地表につくかと思われた瞬間、急制動をかけて青い光が地表すれすれを飛んだ。


 ミーシャは抱き留められたまま、『大丈夫か?』と声をかけられた。バイザー越しにウィペットが心配そうな眼差しを向けている。自分は生きているのだ、という実感が今さらに沸いてきて、ミーシャはしゃくり上げて泣き始めた。


 ウィペットが困惑気味に、『泣くことはないだろう』とおろおろする。ミーシャは泣くまいと感じたが、それでもとめどなく溢れる生の喜びを抑えきることができなかった。


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