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第十六話「雨の中の決意」


 フェンリルによるブルーフレームの機能停止まで残り一分を切った。


 しかし、グランマは再びワームホールを用いて逃げ去ろうとしている。重力を反転させる能力を持つグランマを逃がすわけにはいかない。


 たとえ一個小隊であろうとも、コロニーの被害を考えれば早急に潰すのが正解であった。部下との通信を取って段取りを組み立てている間にグランマは逃げてしまうだろう。ウィペットはたった一人でグランマを倒す決断を迫られていた。


 ガトリングのフェンリルは接近したほうが威力は増す。今まで後衛に当たっていたのは敵の目を引き寄せるためだ。引きつけて白兵戦用のフェンリルを持った前衛に任せるのが戦闘スタイルだったが、新しい戦場で合わせている時間はなかった。


 グランマはコアの部分から後ろへと引き寄せられつつ、ワームホールへとその身体を吸い込ませている。最早コアの破壊は不可能である。ならば一つでも多くの傷跡を残す。それが最善の策に思えた。ウィペットは空間を蹴りつけ、青い流星の尾を引きつつガトリングを撃ち放った。眼球の果実は一つ一つの硬度が高い。ブロッサム型のグランマとは一線を画している。


「……進化しているのか」


 呟いてウィペットは諦めずに火線を放射するが、グランマの身体がほとんど半分、ワームホールの中に呑み込まれて遂に諦めるしかなかった。ウィペットはガトリングを下げてグランマを見据える。


 グランマはぎょろぎょろと眼球で周囲を見渡しながら、何事もなかったかのようにワームホールへと姿を消した。


 悪性腫瘍の黒点が収縮して消え去る。その瞬間、浮き上がっていた瓦礫が反転重力の呪縛から逃れ、1Gの重圧に支配された。ウィペットは甚大な被害をもたらすであろう瓦礫に的を絞ってガトリングを撃つ。瓦礫が弾け飛び、細やかな破片となって地表に落ちていく。


 ほとんど被害はないだろう。それよりも、と顔を振り向けると、地表には焼け爛れたような痕跡があった。帯状に広がったその焦げ痕は先ほどのレッドフレームの攻撃によるものだ。いや、当の本人には攻撃という意思があったのかさえ分からない。ウィペットが見た限り、しゃにむにグランマへと立ち向かっているように見えた。


「しかし、あの少女がレッドフレームだったとは」


 因縁は何となく感じていた。レッドフレームの反応が消えた場所にいた少女。しかし、安易にイコールで結びつけるような人間ではなかったために、このような状態に陥った。機能停止まで20秒を切っている。


 ウィペットはフェンリルを解除し、地表まで降りてブルーフレームの変身を解いた。雨合羽から青い光が粒子となって消え失せ、ワイヤーフレームのように右手首の携行端末へと収納される。ウィペットはシェルターへと向かった。その途中に通信が入る。携行端末越しに、『本部より』と声が聞こえた。


「何か」


『グランマを確認したが、成果は、とバラク中佐より』


「グランマをロスト。レッドフレームと遭遇、と返して欲しい」


『了解。後ほど報告書を求む、とのことである』


「分かっている」


 嫌になるほど報告書を書かされることだろう。ウィペットはシェルターの扉を開き、隠れている人々に、「グランマは去りました」と報せた。


「あの、軍人さん。先ほどは、娘を助けていただいて」


 ミーシャの母親が歩み出てくる。どうやら自分の娘がレッドフレームであることは露ほども思っていないらしい。逃げ遅れたミーシャをウィペットが救ったと思い込んでいるようだ。


 そのほうがいい、とウィペットは判断して、「いえ」と謙遜気味に応じた。


「それよりも娘さんが心配です。グランマとの濃厚接触の可能性があるので後ほど軍のほうで検査をしましょう」


 すらすらと嘘八百を繰り出し、母親を納得させようとする。母親はミーシャへと振り向いた。ミーシャは顔を伏せている。


「ミーシャ・カーマイン。分かっているな」


 確認の声を出すと、ミーシャは頷いた。思いのほか素直であることに驚くが、正体を見られたのだから大人しくもなるだろうと結論付ける。


 ウィペットはシェルターの扉を閉めて、通信を開いた。先ほどと同じオペレーターが応じる。


「要求がある。人員補充の要求だ」


『ウィペット・ガンス少尉。それは正規の手順を踏んで、書類を作成した上で――』


「それでは意味がない。秘密裏に口の堅い人間を一人、頼みたい」


 ウィペットは秘匿回線になっていることを確認する。このオペレーター以外には通信は傍受されない。あとはこのオペレーターが臨機応変に物事を考えられるか。それだけだった。


 もし堅苦しく上に話を通そうとすれば、ウィペットの考えは破綻する。息を詰めて返事を待っていると、『私の伝手でよろしいのでしたら、何人かおりますが』と潜めた声が返ってきた。どうやら周囲を気にしているようである。


「話を聞かれる恐れは?」


『あります。なので、十分ほど経った後にかけなおしますのでお願いします』


 どうやらこのオペレーターは話の通じる人間だったらしい。「よろしく頼む」と通信を切り、ウィペットは周囲を見渡した。二度のグランマ襲来によってペロー5は甚大な被害を受けている。


 自動再生する宇宙放射線や空気を遮断する役目を持つ膜は機能しているようだ。空が崩落した箇所に薄い曇り空のような膜が垣間見える。もし、その機能が阻害されていれば一瞬にしてペロー5は人間の住めなくなる環境に陥るだろう。


「しかし、重力反転とは」


 先ほど現れたグランマの能力を反芻する。ウィペットは鼻筋を掻いた。今までに見たことのないタイプのグランマだった。確認されているほとんどがブロッサム型だ。


 それ以外というと例がない。データが乏しいのはその姿を見て生きて帰った者がいないからだ。グランマはともすれば今までもあのような形態に進化していたのかもしれない。


 もし果実のグランマがあそこで逃げ帰らず、今も破壊活動を続行していたらと思うとぞっとする。ペロー5は陥落させられていただろう。グランマの支配宙域はまたも増え、人類の生活圏が狭められる結果になったに違いない。ペロー5がまだ持っているのは大規模生活コロニーだからだ。これが小規模ならば既に壊滅状態である。


 いや、とウィペットは破壊の爪痕を見渡しながら息をつく。既に壊滅状態と言ってもいい。グランマがこのコロニーに現れる限り、復興までは時間を要するだろう。


 通信が再び繋がったことを示すアラームが鳴る。ブルーフレーム携行端末ではなく、一般所持の端末だった。ウィペットは、「はい」と応じる。


『ウィペット少尉。何とか時間が取れました』


「どうか」


『口に硬い人物は何人か心当たりがありますが、どのような人材をご要望で?』


「研究職に就いている人間がいい。ブルーフレームについて知識と理解があり、なおかつ決して情報を外部に漏らさないような人間だ」


 我ながら無茶な要求だと感じる。オペレーターは難しそうに呻ったが、『一人くらいならば』と応じた。


「なら、その一人でいい。何人もはいらない」


『分かりました。では、明日にはこちらに着けるように手配しておきます』


「任せる。ありがとう」


 ウィペットは通話を切って、息をついた。額に手をやり、「全く」と呟く。


「損な役回りばかり周ってくる」


 ぼやいた言葉にウィペットはため息をついた。
















 正体が露見した、とミーシャは感じていた。ウィペットは自分を救ったのだから必ず自分の正体について言及してくる。ミーシャは怖かった。父親との約束が早くも破れてしまうことが。それに――、とミーシャは考える。


 どうしてレッドフレームは途中で消え失せたのか。どうしてあんなにも耐久に難があるのか。


 蹲って益のない思考に身を浸していると、「ミーシャ」と呼びかける声にハッとした。顔を上げると、シイナが顔を覗き込んでいた。


「大丈夫?」


「……うん」


「ウィペットさんが助けてくれなかったら、あんた死んでいたよ。どうして反転重力の中で、外に出たの?」


 その口ぶりからどうやらレッドフレームに変身したところまではばれていないことが分かった。ミーシャは両膝を抱いて小さく口にする。


「やらなくっちゃいけないと思ったから」


 その言葉をどう受け取ったのか、シイナは何度か頷き、「なるほどね」と口にした。


「グランマを恨む気持ちは分かるよ。でも、ミーシャは普通じゃん。自分から矢面に立つ必要ないって」


 慰めの言葉なのだろうが、ミーシャには傷口に塩を塗り込められるようなものだった。誰一人として救えなかった。グランマを倒すこともできなければ、能力を制御することも。自分の役目に忠実ならば。もし、やるべきことが分かっていたら、と思う。今のミーシャは手探りで闇の中を掻いているのと同じだ。何を行えばいいのか分からない。グランマを倒すことだけが正しいことに思える。


「あたしには、それしかない」


 思い詰めたミーシャの声に、シイナはミーシャの手を握り締めた。人の温かみを伝える掌に、ミーシャが顔を上げる。


「……ミーシャ。一人で背負わないでよ。そこまで思い詰めるミーシャの気持ち、全部分かるとは言えないけれど、でも、自分を追い詰めないでよ。それだけはわたしにも言えることだから」


 いつの間にか自分を追い詰めていたのだろうか。しかし、追い詰めなければグランマを倒せない。火の中に己を投げ込む覚悟がなければ。


「あたしは、ヒーローになりたいの」


 ミーシャの声に、「まだ、そんなこと言って」とシイナは怒って返すと思っていた。しかし、シイナは優しくミーシャの手を両手で包み込んで口を開いた。


「わたしにとっては、もうヒーローだよ」


 ミーシャは一瞬だけ面食らったように目をぱちくりさせたが、やがてシイナの手を振り払った。シイナが硬直する。ミーシャは顔を伏せて、「まだだよ」と言った。


「まだあたしはヒーローじゃない。ヒーロー失格だよ」


 大切な人を守れない。誰かに涙を流させてしまう。これではヒーローとは呼べなかった。「ミーシャ」とシイナが手を伸ばしかけるのを、「触らないで!」と一喝した。立ち上がり、シイナに背中を向ける。


「あたしは、一人でもやるから」


 シイナの声が背中にかかる。ミーシャは駆け出してシェルターの外に出た。外は生憎の雨だった。降りしきる灰色の糸が空と地面を繋いでいる。


 ミーシャは繋ぎ目に立つ自分を自覚した。空にも地面にも居場所はない。レッドフレームというこの世ならざる力を授かり、誰にも正体を明かしてはならず、しかし誰かを守らねばならぬ絶対の孤独。


 ミーシャは力を持った以上、見て見ぬ振りはできなかった。誰かに痛みを肩代わりしてもらうこともできない。この痛みは死ぬまで自分一人で背負うしかない。雨は本降りになり、ミーシャの身体を濡らしていく。


 胸元を押さえる。楕円形に破れた胸元がレンズがあったことを物語っているが、どう扱えばいいのか分からない力は持て余すばかりだ。ミーシャは拳をぎゅっと握り締めた。雨に向かってミーシャは吼えた。ほとんど泣きじゃくるような形だった。


 もう泣くまいと何度も決めたのに、涙がこみ上げてくる。雨が涙の痕を掻き消してくれると信じて泣き続けていると、不意に気配を感じた。ミーシャは腫れた瞼を擦りながら、視線を向ける。ウィペットがミーシャへと歩み寄ってきた。


「ウィペットさん」


「ミーシャ・カーマイン。私と一緒に来い」


 ミーシャは思わず身構えた。しかし、レンズは身体から出てくる気配はない。相手が向けているのが敵意ではないことが明確に分かっているからだ。ミーシャ自身も、ウィペットについていく他ないことを心のどこかでは理解している。


 雨が降りしきる中、ミーシャは一つ頷きウィペットについていった。ウィペットは何も言わず、ミーシャが背中に続くのを止めなかった。



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