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第十五話「ゼロカウント」

 ミーシャは目を閉じた。


 その一瞬で、全身へと赤い光が纏わりついたのを感じた。まず半透明の雨合羽のような鎧が装着され、赤い光が滲み出す。フードが目深に被せられ、バイザーが顔を覆った。


「……変わった?」


 ウィペットの驚愕の声が背中にかかったのを感じる。ミーシャは、今はそのような些事に構っている暇はなかった。グランマを倒さなければ。ただそれだけに特化した思考が飛び、ミーシャは足裏で空間を蹴った。重力の反転したコロニーの空を赤い軌道を描きながら舞い上がる。


 ミーシャはバイザーの内側に「機能停止まで125秒」と示されているのを見た。前回はほとんど本能で動いていたために気にならなかった部分だ。


「二分以内にやればいいってことでしょ」


 ミーシャの言葉に呼応するようにレッドフレームが跳ねて、両腕を突き出した。グランマへと狙いを定める。粘液を引いた果実のグランマが紫色の眼をミーシャへと向ける。次の瞬間、十字に光が瞬き、白い光芒が空間を貫いた。


 ミーシャは袖口から推進剤を噴射させ、即座に反転する。コロニーの空を白い光線が引き裂いた。まるでピザが切り分けられるように、空に線が引かれ崩落していく。


「よくも!」


 ミーシャは背中側に両腕を引き、推進剤を全力に設定した。光背のような同心円状の光が広がり、両腕から赤い帯のような推進剤が噴き出す。


 一瞬のうちにグランマの懐へと潜り込み、打撃攻撃を与えるつもりだったが、グランマが放つ白い光線が突然偏向した。


 反対側にある、ミーシャの姿を捉えていないはずの光線もミーシャの姿を追尾するように空間を奔る。バイザーの表面に、アラートの危険表示が赤く塗り固められる。


 一撃でも食らうとまずい。それをレッドフレームが主張しているのだ。ミーシャの闘争心よりもレッドフレームの防御本能が勝り、ほとんど無理やりにミーシャは両腕を突き出して制動をかけ、薙いだ片手で身体を弾かせる。白い光線がミーシャを追うが、その途中で減衰するか、コロニーの天上へと突き刺さる。


「だったら、大回りで不意打ちをかける!」


 ミーシャは浮き上がった巨大な瓦礫を蹴りつけ、直角に曲がった。


 グランマの光線が瓦礫を突き破って、空から粉塵が雨のように降り注ぐ。


 重力の反転したコロニー内で高出力のレッドフレームの軌道を読めるはずがない。ミーシャは果実の房が一点に繋がっている部分を目指す。楕円形のコアが剥き出しになっている。


 ミーシャは両腕から推進剤を噴き出して回転し、姿勢を制御する。天上に引っ張られそうになる身体を片手の推力だけで相殺し、コアを的確に狙うために息を詰める。眼球が裏返り、ミーシャへと狙いをつけた。白い光線が撃ち出され、幾何学の軌道を描く。ミーシャは空間を蹴りつけて、赤い軌跡を描きながらコアへと猪突した。白い光線がレッドフレームを掠める。僅かに触れただけで、バイザー上に異常を報せるシグナルが無数に現れた。


「これで!」


 ミーシャは両腕を突き出して赤い帯の光芒を放つ。コアへと直進したかに見えた赤い光条は、しかし、僅かに逸れていた。グランマの上部分に命中し、白い眼球が灰色に焼け爛れる。


 甲高い声が鳴動した。ミーシャは推進剤のせいで後ずさった形となった。慌てて背後の空間を蹴りつけ、赤い軌道を真っ直ぐに空に描くが、白い光線の動きのほうが速い。上方から直角に偏向してきた光線がレッドフレームの頭部に叩きつける。


 ミーシャは脳震盪のような衝撃を味わった。意識が闇に落ちかけるが、レッドフレームのシステムが強制的に脳震盪から立ち直らせるために全身を圧迫する。一瞬のブラックアウトが襲ったが、血の気を取り戻した頭が視界を再始動させる。ミーシャはコアへと直進しようとしたが、その前に接近警報が鳴り響いた。


 ミーシャは下方から襲ってきた白い光線を紙一重でかわし、左右から挟み込んできた光線を加速することによって逃れた。爪先に推進力を集中させて一回転を決め、ミーシャは足を突き出した。


 両腕を掲げて推進剤を焚き、赤い光が三角錐を描く。白い光線が襲いかかるが、振り切ってコアへと蹴りを見舞おうとした。その時である。


 突如としてレッドフレームが消失した。推進剤の光が消え失せ、全身から赤い粒子が飛び散っていく。一瞬にして半透明の姿になったミーシャは戸惑った。一体、何が起こったのか。バイザーの表示を見やると、「停止時間まで残り0秒」の文字が点滅していた。


「0、秒……」


 ミーシャの身体を覆っていた半透明の鎧も消え失せ、残ったのはただの少女であるミーシャ自身だった。反転した重力が作用し、ミーシャの身体がゆっくりと持ち上がっていく。ミーシャは胸元のレンズに触れた。既に赤い光を宿していない。身体の中へと吸い込まれていく。掻き出そうとしたが、体内に入ったレンズの感触はなかった。


「どうして、時間制限が」


 ミーシャへとグランマが紫色の眼球を細めて狙いをつける。レッドフレームを失ったミーシャなど非力な少女に過ぎない。ミーシャは空中を手で掻いて逃れようとするが、もちろんその程度の力で動けるはずもない。グランマから白い光線が放たれる。一瞬で視界を染め上げた光条にミーシャは死を覚悟した。


 ――これで、終わりなの?


 父親の仇も討てていない。誰のヒーローにもなれていない。


 志半ばで消え行くのか。ミーシャは訪れるであろう痛みに視界を閉ざそうとした。


 直後、青い光がミーシャの視界を一閃し、重力に呑まれそうになっていた身体を抱いた。白い光線が先ほどまでミーシャがいた空間を引き裂く。ミーシャは自分を助けた青い光の主に視線を向けた。ブルーフレームだ。最小限の推進剤を焚きながら、細やかな動きで光線の追尾をかわしている。


「舌を噛むなよ」


 放たれたのはウィペットの声だった。ミーシャはバイザー越しに見えるウィペットの顔を見やった。ウィペットが戦士の声音で叫ぶ。


「本部へ。フェンリルの使用許可を乞う」


 フェンリルとは何か。浮かんだ疑問を掻き消すようにウィペットがグランマへと振り返った。


 グランマは果実の眼球を震えさせ、新たに現れた獲物を狙っている。ウィペットがミーシャを抱えていないほうの手を突き出した。すると、袖口から青いワイヤーフレームが練られてゆき太い円筒状の形を成した。その内側へと円筒が排気口のように連なりやがて形状を顕現させた。青い光で形成されたガトリング砲である。


 ウィペットの袖と融合しており、引き金が見えた。ウィペットのバイザーの表面に照準スコープが見える。それと反転した文字だったが、「機能停止まで125秒」という表示が映った。


「レッドフレームと同じ……」


 その言葉をどう受け取ったのか、ウィペットが一瞬だけ視線を振り向けるが、あとは狩人の眼だった。


 ガトリングの砲口をグランマへと向け、引き金を引く。ガトリングが回転し、薬莢を弾き出した。青い粒子で構成された薬莢が空気中に溶けていく。撃ち出された青い粒のような弾丸がグランマの表皮へと叩きつけられる。


 グランマが傾ぎ、眼球がウィペットを捉えた。ウィペットが舌打ちを漏らして空間を蹴りつける。青い軌跡を描きながら、ブルーフレームの身体が弾ける。ミーシャは髪が粉塵を纏った風に煽られるのを感じた。思わず悲鳴を上げそうになりながら、ウィペットの背後に白い光線が迫ってきているのを目にする。


「う、後ろに」


 ミーシャが叫ぶと、「分かっている」とウィペットが返した。振り返らずにガトリングだけを背後に向け、白い光線に向けて弾幕を張った。


 青い粒が弾け、光の牡丹を空中に咲かせながら、ウィペットは反転重力を振り切って、地表へと降り立った。ウィペットのバイザーを見やると、「機能停止まで残り90秒」とある。シェルター付近まで駆け寄り、ミーシャをシェルター内部へと突き飛ばした。ミーシャがよろめく。母親がミーシャの身体を受け止めた。


「ここからは私の戦いだ。介入するな」


 目深に被った青ずきんに手をやりながら、ガトリングを片手にしたウィペットが告げる。ミーシャは、「でも」と声を出した。


「死にたいのか!」


 ウィペットが怒鳴り声を上げる。本気で怒っている声だった。ミーシャがたじろいでいると、「後で聞きたいことが山ほどある。ここで死ぬつもりはない」と言い置いて、ウィペットは重力の反転した空間に身を躍らせた。


 ガトリングを突き出してグランマへと向かおうとする。火線を放ち、グランマの眼球を潰そうとするが、その時、グランマの背後で黒い竜巻が巻き起こった。現れた時と同じく悪性腫瘍のように広がったかと思うと、グランマの果実の身体が呑みこまれていくではないか。ずぶずぶと別の空間へと入っていく。


「逃がすか! 猟犬の牙を食らえ!」


 ウィペットはガトリングを撃ち放ったが、明確なダメージは与えられた様子はない。グランマが眼球を開き、白い光線を偏向させてウィペットを追尾する。ウィペットはブルーフレームを翻して防御の姿勢を取った。白い光線が突き刺さる。一瞬だけ粉塵がウィペットを覆ったが、それを引き裂いてガトリングの砲口が現れた。


「あたしの時には一発でも当たれば終わりだったのに」


 ミーシャが呟く。母親が後ろからミーシャの身体を引き寄せた。


「早く、シェルターの中に」


「でも、ウィペットさんが」


「ミーシャ!」


 母親が喚いた。ミーシャがハッとして目を向ける。母親の頬を涙の筋が通っていた。


「お願いだから、これ以上心配させないで……」


 その懇願の声に従うしかなかった。ミーシャは頷いてシェルターの内側へと入った。扉が閉まる直前、黒い瓦礫が浮き上がる地獄の光景の中で、立ち尽くすようにグランマの行方を見つめているウィペットの背中が垣間見えた。



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