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第十一話「犠牲と共に」


 報告というのはいつだって緊張する。


 ウィペットは今までその立場ではなかった。


 前回はリリィが、その前は隊長や他の人間がやってくれた。だからお鉢が回ってくることはないと思い込んでいた。


 ウィペットは部屋の中を見渡す。執務机があり、壁には歴代のペロー5の最高責任者の顔が連なっている。トロフィーの類もあったが、何の受賞歴か勘繰ったところで仕方がないと感じた。元より興味はない。ウィペットは執務机についている男へと視線を移した。刈り上げた頭髪で、彫りの深い顔立ちをしている。階級を示す線が肩口に入っていた。バラク中佐は、「ウィペット・ガンス少尉」と口を開く。


「は」と応じてウィペットは身を硬くした。「楽にしていい」とバラク中佐は促す。


「今回の戦闘における報告をしてもらいたい」


 現場指揮を預かるものとしての意見を聞きたいのだろう。本来ならばレポートに纏めて報告書を出せばよかったが、ペロー5はこのような危機に瀕したことがない。グランマ襲来後のマニュアルなど存在しないのだろう。


 その辺り平和ボケが過ぎていると感じる。ウィペットは報告の口を開こうとして、何を言えばいいのか分からなくなった。突然現れた赤い光、あれをどう説明すればいいものか。映像記録を見せて納得してもらうのが一番早いと感じ、ウィペットは端末からブルーフレームの自動記録ライブラリへとアクセスした。


「これを」


 端末を取り出すと、バラク中佐は固定端末に翳すように顎でしゃくった。ウィペットは最初からこちらが動くことを前提とした中佐の態度が気に入らなかったが、そこに言及し出せばきりがないと感じて、自身の端末を固定端末に翳した。


 データが転送され、ウィペットが見たものと同じものが固定端末から映像として投射される。バラク中佐は元々険しい顔の持ち主だったが、それを見てより深く眉間に皺を刻んだ。映像はほんの二分にも満たないものだ。すぐに再生し終わったが、中佐はもう一度目を通した。一度見ただけで信じられないのは誰しも同じである。


 グランマを単機で倒した、正体不明の赤い光。あれは何なのか。突然、現われ、唐突に消えた。まるで幻のようだ。しかし映像記録として確かに存在している。

バラク中佐は目頭を揉んでから、映像を消した。


「これは、何だと思う、少尉」


「個人的な見解を言わせてもらえば」


 ウィペットは用意していた言葉を紡いだ。


「ブルーフレームと同一の戦闘特化型宇宙服です」


「民間にこの技術は出回っていないはずだが」


 それは自分の台詞だ。どうして民間には決して存在しないはずの技術がこうして現れたのか。


「我々以外に、この技術を使用した部隊の編成案でも?」


 踏み込んだ質問だった。もしかしたら軍の機密に触れるかもしれない言葉だ。しかし、バラク中佐は首を横に振った。


「まさか。ブルーフレームの強化部隊など。……いや、しかし、あれならば」


 バラク中佐は思い当たる節があったのか、顎に手を添えて考え込んだ。ウィペットはそれを見逃さず追求する。


「あるのですか?」


 バラク中佐は少しばかり逡巡の間を置いてから、ウィペットを見やり、「君ならば無関係というわけでもない」と前置きした。


「私が、無関係ではない?」


「君に頼もうと思っていた新兵器の性能実験。あれはブルーフレームの強化案であった」


 ウィペットは目を見開いた。自分が関わる予定だった話とは思わなかったのである。適当にいなそうとしていた話が今回の騒動の原因だとは。


「キサラギ、という兵器開発の会社を知っているかね?」


「ええ、名前くらいは」


 キサラギは資本のほとんどをブルーフレームに当てているいわば軍のスポンサーだった。キサラギの名前が出たということは、事は重大であることを示している。バラク中佐は両手を顔の前で組んで、親指を回した。


「そのキサラギに開発の一端を任せていたのがブルーフレームの強化案だ。第三分室と呼ばれる場所が主に開発していたらしい」


「その、開発データは」


 バラク中佐は首を横に振った。


「全くない。第三分室がかなりの秘密主義でね。私もつい先ほどこの話が上から届いてきた。私も驚いているのだよ。新兵器の性能実験とは言っていたがまさかブルーフレームの強化案だとは」


 バラク中佐は顔を拭った。汗を掻いているらしい。空調の効いている部屋とはいえウィペットも嫌な汗が首の裏に滲むのを感じた。


「その研究の結果が、暴走した……」


「あるいはグランマがこのコロニーを強襲したのはそこに原因があるのかもしれない」


「こちらの戦力を潰すために」


「そこまでの知恵がグランマにあるのかは甚だ疑問ではあるが、可能性の一つではある」


 グランマの行動原理が判明していない今では充分に考えられた。グランマは人類の生活圏を奪っていくことに意味を見出している、という解釈が一般的であるが、ではどのような基準で襲う場所を選んでいるのか。そもそもグランマはどこをどうやって現れるのか。謎が多いためにグランマの行動を一括りにすることはできない。


「暴走したと思われるブルーフレームの強化体、そうだな、映像を見る限りレッドフレームと呼ぶのが正しいか」


「……レッドフレーム」


 口にしてみてもそれが実際に遭遇した存在だとは思えなかった。ある疑問がウィペットの中で湧き上がる。


「ブルーフレームの強化体だとして、では誰が……」


「第三分室の人間か。しかし、彼らは適性がない。女性もいたようだが、年長過ぎる」


「では、誰が」


「それを調べるのが君の仕事だ。ガンス少尉」


 階級名で呼ばれてウィペットは硬直した。バラク中佐は顔を上げて、もう一度投射画面上に映像を映し出す。


 投射画面をタッチして一番至近で記録されたレッドフレームの全貌を一時停止で凝視する。指でスライドさせ、十秒ごとに切り取った場面を見やる。その小さな光からは想像できないほどの推進力を有しているレッドフレームを、まるで脅威でも見るような目つきで確認する。


「単機でグランマを倒すほどの能力は例がない。しかも、倒した直後、この熱源はロストしている。一瞬で逃げ去ったというのか」


「逃げたというよりも……」


 ウィペットが発しかけた声にバラク中佐は反応して目を向けた。ウィペットは目を伏せて口ごもる。消失した、と言おうとしたがあまりにも非現実であることに気づいて、口を噤んだ。


「いえ、何でもありません」


「そうか。ガンス小隊は避難誘導を行って欲しい。ペロー5は甚大な被害を受けた。後始末が必要だろう。それと、もう一つ」


 バラク中佐が薄い紙を差し出した。ウィペットが歩み寄ってそれを手に取る。そこに書かれていたのはブルーフレーム隊の増員指令だった。新たにブルーフレームの適性がある人間を募ろうと言うのである。


「中佐、これは」


「今回の襲撃でブルーフレーム小隊一個では足りないことが証明された。まさかこのような場所までグランマが来るとは上も思っていなかったらしい。緊急時の特例として、ブルーフレームを増員する」


 ウィペットの脳裏にミーシャが思い出された。必ずブルーフレームになると言っていたあの強い眼差し。しかし、ウィペットの心境ではあのような眼を持っている人間ほど遠ざけたかった。ひたむきな人間ほど死に急ぐのがブルーフレーム隊のジンクスのようなものである。


「ペロー5の小中学校に通う生徒へと辞令を送る。もちろん、拒否権はある」


 拒否権がなければそれは赤紙と同じだ、とウィペットは感じた。


「ブルーフレーム増員に関することを小隊へと通達すること。君のもう一つの仕事だ」


「適性検査は」


「それは君より下の位の人間が行うことだ。君は気にしなくっていい。ただし、入隊した人間を教育する役目は買ってもらうが」


 やることが盛り沢山だというわけだ。あまり喜ばしい状況ではない。


「いつまたグランマが襲ってくるか分からない状況で、ですか」


「だからこそ、だよ。兵は多いに越したことはない」


 それは死ぬ人間をいたずらに増やすだけなのではないか。口に出そうとして、上官に背く言葉だと感じたウィペットはぐっと歯噛みした。


「了解しました」


 挙手敬礼を返すと、バラク中佐は頷いた。


「辛い役目を負わせているのは分かっているが、今は耐えて欲しい」


 それは男側の言葉だとウィペットは思う。男は戦場の最前線を知らない。後ろから色々と注文をつけるだけだ。少女たちがそれに従って命を賭して戦っている間、男連中は会議室でコーヒーでも飲んでいるのである。ウィペットは肯定と否定がない交ぜになった、「は」という了承の声を返した。バラク中佐が座ったまま敬礼する。


「いってよし」


「失礼します」


 ウィペットが身を翻す。扉を抜けて廊下を歩きながら、一枚の紙を握る手に力が篭ったのを感じた。何が特例だ。何が緊急事態だ。


「……女が何人死んだって、知らぬ顔の癖に」


 思わず毒づいてウィペットは形式ばかりの紙切れに視線を落とした。「ブルーフレーム隊増員案」と書かれたタイトルの下に格調ばかりの文言が並び立っている。本音ではそのようなことを微塵にも感じていないのに、憐憫の言葉と断腸の思いであるという言葉が妙に浮いて見えた。


「言えばいいんだ。何人死のうと知ったことではないと」


 このような綺麗な言葉で飾り立てようとするから、逆に嘘くさく見える。ウィペットは近くのくずかごへと歩み寄り、くしゃくしゃに丸めた紙を捨てた。


 自分の言葉でせめて部下には報告しよう。そう思って、つかつかと冷たい靴音を響かせた。


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