第一話「猟犬たち」
新しい連載です。よろしくお願いします。
常闇の中を青い光芒が貫く。
針の先端のような鋭い光の瞬き。
それを嚆矢としたように、閃光が闇を引き裂いて現れた。
絶対の孤独のような宇宙空間において青い光は彗星のように煌き、進むべき指針を示す。一筋の光に導かれた青い流星群が次々と一つの目標に向けて駆け出す。針路の先には白く濁った花弁があった。その一辺が二十メートル近くある。桜のように花開いているが、花弁の節々には禍々しい乱杭歯が生え揃っており、中央付近には黒い触手が蠢いている。花弁の端に扁平な眼が広がっており、ぎょろりと青い流星を睨んだ。
『グランマの捕捉位置に入った。ブルーフレーム第三小隊、各員散開』
耳朶を打った声に彼女はハッとする。白濁した花弁――グランマの威容を至近の距離で視野に入れ、彼女は流星を率いる隊長に命じられたとおりに身体を弾けさせた。彼女が纏っている高度戦闘型宇宙服タイプブルーフレーム、俗称青ずきんは全身から推進剤の青い光を棚引かせ、グランマへと近づいていく。彼女はグランマから伸びた黒い触手が仲間の一人を絡め取るのを見た。通信網に声が響く。仲間の声だけではない。
(あなたはどうしてそんなに耳が長いの? あなたはどうしてそんなに口が真っ赤なの?)
少女の質問の声だった。グランマは質問によって相手を特定する。攻撃射程範囲に入った相手をグランマは認識する術を持たない。人間と根本的に認識の範囲が異なる生物だからだ。だから、質問によって相手が「何者」か知る。質問に答えなければ、認識は困難となり、グランマは捕捉状態にあってもこちらが「何者」かは分からない。原則的に質問に答えてはならなかった。
その声に併せてグランマの花弁の中央が回転しながら開いていく。真っ赤な口腔が広がり、乱杭歯が螺旋を描いて並び立っている。捕まった仲間は片手を振り上げた。その瞬間、グランマの触手が断ち切られた。仲間の手には青い粒子で構成された刀が握られていた。ディテールは細かくない。刀のシルエットだけ切り取ったような大雑把なものだった。仲間の雄叫びが通信網を震わせる。
『先行するな』と隊長の注意の声がかかったが、戦闘状態にあってはそのような静止の声など意味を成さないだろう。グランマの花弁の一枚へと、青い光を引きながら仲間は斬りかかった。切り裂かれた花弁の一部が無重力空間を舞い、赤い血液が迸る。
グランマの血だ。仲間はグランマの身体を蹴って離脱する。追いすがる触手を切り裂き、幾何学の軌道を描きながらグランマから距離を取っていく。グランマは途中で追撃を諦め、取り付こうとしていた他の仲間たちへと意識を移した。隊長の舌打ち混じりの声が聞こえる。
『フェンリルの使用は許可していない』
ブルーフレームが有する武器の名前だ。伝説の狼の名を冠する武器は、しかし無敵ではない。仲間の内部ウィンドウには今頃、フェンリルを使ったことによってリミットの数字が出ていることだろう。フェンリルは奥の手だ。それまでは戦隊でグランマをかく乱し、必殺の一撃を弱点である花弁の背後にあるコアへと叩き込むのだ。外宇宙に進出した人類が外宇宙生命体グランマと対峙して得た知識はその程度のものだった。
彼女は片手を振るって軌道を変えた。ブルーフレームは全身が推進器だ。従来の宇宙服と違うのは、腕を振るう、蹴る、などの動作で簡単に、まさしく手足のように動かせることである。彼女は空間を蹴って青いスパーク光を広げさせながらグランマの背後につこうとした。しかし、グランマはその巨体に似合わず鋭敏な感覚を有している。花弁の背後に回る前に、グランマそのものがぐっと動いて正面にブルーフレーム隊を捉える。先ほどフェンリルを使用した仲間へと声が飛んだ。
『限界時間が近い。離脱しろ』
その声に仲間はフェンリルを掻き消して、青い残滓を残し離脱する。賢明な判断だ、と彼女は思う。フェンリルはグランマを倒せる可能性であると同時に戦闘時間を縛る諸刃の剣だ。
『フェンリルをこんなに早く使うなんて』
嘆かわしいとでも言うように仲間の一人が告げる。彼女の通信ウィンドウにはB4と表示されていた。ブルーフレーム隊は五人一組なのでB4は後衛担当の隊員だろう。指向性通信で彼女にしか聞こえていない。戦闘中の私語は特別厳禁とされているわけではないが相手はグランマである。人類の敵を前にして悠長に話している余裕はそうそうない。
「仕方ない。パニックに陥っていたんだろう」
自分とてグランマに捕まればフェンリルを使わないという自信はない。離脱したのはB2、斬り込み隊長だ。グランマとの接近戦を重視している人間が一番パニックを起こしやすい。青い流星がグランマの背後へと流れようとするのを、グランマから放たれた白い光の帯が邪魔をした。グランマのビーム兵装だ。まともに浴び続ければブルーフレームといえども深刻なダメージとなる。彼女たちは両腕を開いて制動をかけ、足で宇宙空間を蹴った。光をなびかせて、グランマの上方へと昇っていく。隊長の命令する声が通信に乗った。
『B3は私と共にグランマのコアの破壊。B4、B5はフェンリルを使用しグランマの注意を引け』
『了解』の復誦が返り、隊長の青い光とB3の光がグランマの背後に回ろうとする。B5である彼女はグランマから距離を取り、片手を開いた。すると、腕の袖先からワイヤーフレームのように細い線が放射され見る見るうちに空間へと物体を形成する。瞬く間に円筒状の武器が構築され、さらに内側へと細やかな円筒が連鎖する。後衛部隊である彼女のブルーフレームに導入されている武器は青い光で構成されたガトリングだった。
もう一人はスナイパーライフルを構えている。そちらも青い光で構成されていた。グランマが隊長とB3に反応して巨大な身体を壁のように向けようとする。彼女は眼前の正面ウィンドウに照準モニターが浮かぶのを確認し、センターに入れたグランマへと引き金を引いた。ガトリングが高速回転し、粒子が迸った。その瞬間、視界の端に「機能停止まであと125秒」と表示された。反対側には忙しくガトリングの弾数が表示されている。
青い光がグランマに撃ち込まれ、グランマが惑う挙動を見せる。それは好機だった。果たしてどちらを優先するか。額に汗が滲む。ブルーフレームは快適な環境を約束するはずだったが、何故だか蒸れてくるのを感じた。視界が僅かにぶれる。
グランマが動いた。彼女の側だ。後衛の攻撃に引っ張られたのである。彼女はガトリングを撃ち続けた。青い光が乱舞し、グランマの白濁した表皮へと叩きつける。グランマが甲高い鳴き声を上げた。黒い触手が伸びてくる。彼女は慌てて回避運動を取ろうとした。
腕を振るって推進剤を焚き、目くらましに使って下方へと逃げる。しかし、もう一人のスナイパーライフルを使っていたB4は一拍遅れたようだ。黒い触手にライフルを絡め取られる。引き剥がそうと片手から推進剤を噴出したが、引き寄せる力のほうが強い。B4はあっという間にグランマへと引き込まれた。グランマへと一撃を見舞うが、牽制程度にもならない威力なのだろう。表皮が弾け、泡立ったかと思うと瞬時に再生していた。
通信の中にB4の悪態をつく声が聞こえる。しかし、わざわざ仲間を助けるような真似はしなかった。部隊の仲間とはいえ、いちいち感情移入していれば全滅する。彼女は下方に回りこみ、ガトリングを撃ち放った。今の任務はあくまでグランマの気を引くことだ。決して仲間を助けることではない。
『嫌だ! 助けて!』とB4の悲鳴が劈く。彼女は冷静にグランマの表皮に向けて攻撃を放っていた。その間に隊長とB3がグランマの背後につく。B4の通信網を震わせて質問の声が聞こえてきた。先ほどと同じ、少女の声だ。
(あなたはどうしてそんなに耳が長いの? あなたはどうしてそんなに口が真っ赤なの?)
『知らない。知らない!』
B4が質問に答えてしまった。その瞬間、B4の纏っていたブルーフレームが霧散した。ぴっちりとした黒いスーツを着込んだポニーテールの少女が黒い触手に絡め取られ、一瞬で押し潰された。グランマが触手ごと口に運ぶ。彼女は舌を打ち、ガトリングを撃つ手を緩めずに叫んだ。
「この、化け物が! 猟犬の牙を叩き込んでやる!」
隊長とB3がグランマのコアへと到達することだけが望みだったが、グランマは即座に反転した。彼女よりも隊長とB3の脅威を優先したのである。突然振り返ったグランマに対して隊長たちは、『やむおえん』と片手を開いた。隊長の手から光が発し、刀を模したフェンリルが構築される。B3は両手で持つ小型の銃器だった。B3が弾幕を張り、隊長が吼えながら刀で突っ切る。黒い触手が襲いかかる。隊長は触手を切り裂き、グランマの中心部に向けて猪突した。まさか、と過ぎった考えに彼女は声を上げた。
「隊長! まさか、真正面から貫く気ですか」
『それしか方法はない。グランマの口の中に飛び込んで、体内からコアを貫く』
背中から光背のような同心円状の青い光芒を発し、隊長が流星となってグランマの体内へと飛び込もうとした。しかし、グランマはその瞬間、まさしく花弁のように身体を閉ざした。蕾の形状となったグランマの表皮に刀が突き刺さる。しかし、薄皮一枚さえも破ることができなかった。
『野郎。なら』
隊長はグランマの表皮に足をつけて駆け出した。蕾の表面を伝って背後のコアを破壊するつもりであることは明白だった。しかし、体内から不意に伸びてきた触手が足元を破り、隊長の足を取った。つんのめった隊長が無様に膝をつく。グランマが再び広がり、甲高い鳴き声を上げて、触手で隊長を絡め取った。振り上げた腕をねじり上げ、フェンリルを使えないようにする。B3が青い弾幕を張りながら、隊長の名を呼んでグランマへと接近する。
しかし、B3の装備ではグランマの表皮に傷一つつけられない。彼女はガトリングを撃とうとしたが、既に残弾ゼロの赤い表示に塗り固められた。それに伴い、機能停止まで残り60秒を切っていた。彼女は片手を伸ばし、叫んだ。隊長が通信を飛ばす。
『生き残るんだ。死んではいけない。我々、人類の、希望を繋ぐために』
隊長はB3へと命令を寄越した。猪突しようとしていたB3が戸惑うようにその場で浮遊する。
『B3。B5を連れて帰投ルートへ。一人でも多く、生き残るために』
B3は一瞬だけ逡巡の間を開けたが、判断は迫られていた。隊長を取るか、自分を取るか。B3は反転し、背後の空間を蹴って青い光を散らしながら自分を受け止めた。彼女は戸惑って声を上げる。
「B3、何を」
『隊長の命令だ。最後の。生き残るために』
「私は、まだ戦える」
『無茶を言うな。もうブルーフレームの耐久が三十秒を切っている。冷静に判断しろ』
「でも、隊長が――」
『ウィペット・ガンス!』
B3が自分の名を呼んだ。彼女――ウィペットは言葉を失った。B3が真っ直ぐな眼差しを目深に被ったずきん越しに向けてくる。自分と同じ、まだ少女の相貌を残している。
『割り切れ。隊長は我々に生き残れと命じた。それは命令だ。軍規には従う義務がある』
ウィペットは視界が滲むのを感じた。白濁した花弁が黒い触手で縛り、隊長の青い光を散らそうとする。それが命の灯火に見えた。
(あなたはどうしてそんなに耳が長いの? あなたはどうしてそんなに口が真っ赤なの?)
その質問に隊長の声が飛ぶ。
『それは、お前を食べるためだ!』
青い刀が光を迸らせ、黒い触手を断ち切った。触手が鋭く尖り、猛進しようとした隊長の勢いを削ぐように切り裂いた。一撃を隊長は薙いだ刀でいなしたが、もう一撃が隊長の身体をしこたま打ちつけた。ぐらりと傾いだ身体へと黒い触手が突き刺さる。
ウィペットは叫んでいた。
「隊長! 隊長!」
B3が押し留める。機能停止のサインが赤く光り、ブルーフレームが霧散していく。残ったのは透明な雨合羽のような装甲だった。機能停止したブルーフレームが色を失い、生命維持に最低限の姿となる。ウィペットはB3と漂いながら救援を待った。グランマの捕捉宙域から随分と離れてから救援のポッドが辿り着いた。B3もその頃にはブルーフレームは色を失っていた。ポッド内は三分の一Gに保たれており、先ほどまでの高速戦闘とは打って変わって身体の重さを自覚した。なんて不便な身体なのだろう。これではグランマに勝てるはずがない。人間であることを捨てていない限りは。
損傷報告をしなければならなかったが、ウィペットは何も言えなかった。代わりにB3が淡白に報告した。
「ブルーフレーム第三小隊はB3、B5を除く全員がグランマの犠牲になりました。今回出現したグランマはブロッサム型。グランマ側には損傷はゼロ」
グランマに一矢報いることもできなかった。その現実が重く圧し掛かり、ブルーフレームを脱いだ身体に嫌な汗が滴った。
「大丈夫か?」
B3が尋ねてくる。よほど酷い顔をしていたのだろう。片手には簡易栄養剤が握られていた。チューブ式のそれを手渡され、ウィペットは頷いて蓋を開けた。B3は喉に流し込みながら、「残念だった」と口にした。ウィペットが顔を上げてB3を見やる。B3はベリーショートの黒髪を撫でて、「わたしがもっとしっかりしていれば」と口にする。誰もが思うことだ。あの時こう動いていれば、など。もしかしたら、などという話は当てにならない。結果が全てなのだ。
「結果が全てだ」
ウィペットは自分でも信じられないほどに冷たい声音になっていた。その声に思うところがあったのか、B3が栄養剤を飲むのをやめて、ウィペットの顔を覗き込んだ。
「何か?」と尋ねると、B3は、「いや」と頭を振った。
「思っていたよりも冷静なんだな。わたしはもっと取り乱すものだと思っていた」
「冷静、か」
それは皮肉にも聞こえる。冷酷だ、と言われているようにも感じる。事実、その通りなのかもしれない。隊長が殉死し、一個小隊レベルでは全滅の被害を受けたというのに、どこか他人事めいている。
「それが私たちの仕事だからかな」
口に出して、我ながら冷徹だと自嘲する。仕事だから、誰かがいなくなっても特に思うところはない。誰かの死が日常化している。それは人としての麻痺を意味しているように思えた。命の価値が麻痺し、自分にとって何が重要か、何が価値のないことなのかが分からなくなっている。
ウィペットは栄養剤を飲んだ。栄養を摂るという名目で作られた商品はバニラ味を基調としていたが、それでも隠せない苦さがあった。顔をしかめていると、B3がぼそりと口にする。
「仕事、か」
ウィペットの言葉に違和感でも覚えたのだろうか。それとも受け入れたのだろうか。受け入れは諦観と同じだ。この現実を受け止めるということは、人類の弱さを受け止めることとなる。最前線で戦っていても、いや、いるからこそ、弱さは比類なき現実として屹立する。人類全体よりも、一個の人間として弱さというものが突き崩せない壁だ。
「わたしはそこまでは」
やはりB3はウィペットの言葉を冷徹なものとして受け取っていたようだ。ウィペット自身はそういうつもりで口にしたわけではないが、訂正を促す気分でもなかった。
「私たちは、別部隊にまた配属されるのだろうな」
ブルーフレーム隊はまだいくらでもいる。グランマとの戦闘は五人による一チームが基本だったが、もちろん例外もある。もしかしたら地上勤務になるかもしれない。
「久しぶりに陸に行ける可能性もある」
それは希望の言葉とは思えなかった。
「私は陸に興味はない」
陸、と言っているのは地球勤務だ。しかし、人類の八割が宇宙に進出し、逃げ場のない汚染された地球に戻りたがる意味などない。地球に縛り付けられているのは下層階級か、伝統を失わないという上流ぶっている階級だけだ。
「陸、と言ってもコロニーか、月かもしれない」
コロニーだとすれば儲け者だろう。コロニーにグランマが襲撃してくる可能性は少ない。しかし、月は人類の重要拠点があるためにグランマの出没宙域として指定されている。
「月には私たちよりも優秀な部隊が詰めている。コロニーならば、少しは楽な仕事に就けるかもしれない」
「どちらにせよ、マスコミがうるさい。どこに戻っても、グランマとの戦闘はどうでしたか、という質問攻めだ」
「その点ではマスコミはグランマに似ている」
笑い話にしようと冗談を言ったが、B3は少し笑んだだけですぐに冷たい面持ちの中に隠れてしまった。
「もう十五年、か」
B3が口にしたのはグランマが初めて観測されてからの年数だろう。グランマ――外宇宙生命体は宣戦布告もなしに人類へと攻撃を開始した。名前の由来は老人のように白く皺くちゃの身体を持っているからだ。主に出現するのはブロッサム型と呼ばれる桜の花弁のようなグランマだが、専門家の見方によれば、これは尖兵であるという。しかし、このグランマとて撃破した記録は少ない。一個小隊が全滅の覚悟で向かってようやく一体撃破、あるいはこちらが壊滅させられ、グランマの支配宙域を広めてしまう。グランマはワームホールを用いて唐突に出現し、一度現れればその宙域に一週間は留まる。
その間、人類は何もできない。オセロの盤面で言えば、確実に白に侵食されている。オセロでも四隅を取っても負けることがあるのだから、この戦いは決死だろう。人類が四隅を取っているのか、それともグランマに四隅を取られているのか、または四隅しか取れていないのか。益のない思考に身を浸していると、「十五年間」とB3が言った。
「人類がしたことは少ない」
「少なくとも対グランマで言えば、ブルーフレームの開発があった」
ブルーフレームとは元々、宇宙開発用に造られた特殊戦闘宇宙服だ。大国同士が鎬を削って技術競争をし、結果的に開発には小さな島国が成功した。人類同士の火種になろうとしていたこの発明が、奇しくも人類を救うための一大発明となったのだから因果である。この発明の更なる因果は、稼動させるためのOSの関係で女性、それも少女と呼べるような年齢の人間が適性だったことである。故に、ブルーフレーム隊は別名「青ずきん部隊」と呼ばれている。メルヘンチックな名前だが、行っていることは人類存亡の最前線だ。
「人類は、どうしてこんなものを発明したんだろう」
ウィペットの疑問にB3が応じた。
「人は戦いたがっているから。いつだって最初に発展するのは兵器だ」
時代を紐解いていけば、その結論に達するのは当然だろう。兵器技術が民間転用し、平和のために使われるのは世の常だ。
「だからと言って弱者である女にお鉢が回るとは」
「宇宙に進出してから人口は増える一方だ。OSが女性専用なのは、特に増加傾向にある女性を間引くためという説がある」
「過激な話だ」
「それにもう女性は弱者ではない」
B3の言葉にウィペットは納得した。そもそも人類のルーツは女性側だ。オリジナルに近い形状が新天地に出た人類が構成するに相応しいと選ばれるのは当然の摂理だろう。
ウィペットはB3と喋るうちに幾分か落ち着きを取り戻していた。それは同時に自分が薄情な人間であるような気がしていた。小隊の他の仲間たちの死を引きずっていれば自分が地獄へと堕ちる。それが分かっているから、他人の死に引きずられている余裕はない。グランマと戦うのならば、誰かが死んだり消えたりした程度で涙を流している場合ではない。
「すまなかった」
ウィペットはB3に謝っていた。B3が不思議そうに、「どうして謝る?」と尋ねる。
「さっきは取り乱してしまった」
ウィペットの声に、「ああ、そのことか」と事もなさげにB3は口にした。
「人間として普通だろう。逆に冷静でいられるほうがおかしい」
「私には、お前は冷静に見える」
B3が顔を振り向ける。言ってから、失言だったと気づいたウィペットは顔を伏せた。
「……すまない。目の前で隊長を失った人間に。デリカシーのない」
「いや、それはわたしも思っていた。不思議と誰かの生き死にに干渉している気になれないのは事実だ。謝る必要はない」
「それでも、悪かった」
「ウィペット・ガンス」
名前を呼ばれ、ウィペットは身を強張らせた。
「何か……?」
「よく謝る人間だ。珍しい」
評された言葉に、ウィペットは目を丸くさせた。
「そうかな」
「きっと、これからも謝ることが増える。今からそんなに謝っていると疲れも溜まる」
「誰かに謝らない生き方を模索しよう」
冗談交じりに発した言葉にB3は頷いた。
「それがいい。恥じることなど何もないのだから」
ウィペットは頷いたが、果たしてそうだろうかと自問もした。恥じることなどない。それは確かにそうと思える。人類の最前線で戦っている自分たちの犠牲は尊いものとして扱われる。殉死した人々も手厚く葬られることだろう。しかし、彼女たちの死体は残らないのだ。この戦いに参加している限り、まともな死は遂げられない。それは人間の生死として正しいのだろうか。グランマを倒すためだけに生まれたわけではない。きっと他の生き方も選べた少女たち。
B3がポッドの船員に、「端末を貸してほしい」と言った。船員が小型端末をB3に貸す。B3はウィペットの傍へと漂ってきた。投射画面を見つめて、何かの文字を打ち込んでいるようである。
「もうさっきの戦闘がトップニュースになっている」
その言葉にウィペットは立ち上がって投射画面を覗き込んだ。どこから撮影していたのか、グランマとの戦闘動画が配信されている。最大望遠でも青い流星が僅かに線を引いて乱舞しているのと、小さな、本当に桜の花弁のように見えるグランマしか映っていない。
「冥王星付近での作戦行動は失敗。グランマの活動領域を広げる結果になった」
B3がニュースの内容を読み上げる。ウィペットは息をついて、「勝手なものだ」と呟いた。
「本当に。ニュース記事を作っているのはきっと男」
発せられた言葉がB3のジョークなのだと知れて、ウィペットは、「ありうる」と乗った。
「それも陸育ちのお坊ちゃん」
B3が口元を斜めにして笑った。皮肉を含んだ笑みしか浮かべられない自分たちがいやに悲しく思えた。
「これからどうする?」
「どうするって?」
「転属待ち?」
「辞令待ちになる」
ウィペットは栄養剤に口をつけた。バニラの味はほとんど消え失せて、苦味ばかり残っている。
「ブルーフレームを使っている部隊に行くことになるだろうと思う。また同じような小隊に編成されて、同じように戦う」
B3の言葉にウィペットは先ほどの戦闘を思い返した。誰も死なない道はあったはずだ。後悔先に立たずとは言うが、どうしても考えてしまう。
「とりあえず、どこかで補給を受けて、いつでも出れるようにしておくしかない」
それが兵士としての務めだろう。こうしてB3と喋れるような時間もなくなる。呑気に喋る暇があれば戦闘訓練とブルーフレームの制御訓練に勤しむのが筋だ。それが次の犠牲を出さないためにできる最大限の努力である。最善を考えても仕方がない。結局、答えは出ないのだ。
「そうだな」とB3は応じて、栄養剤を飲み干した。顔をしかめているということはもう苦味しか残っていないのだろう。自分と同じだ。ウィペットは苦いばかりの栄養剤を飲んで、三分の一Gの空間に投げ捨てた。
ふわりふわりと乳白色の船内を銀色の容器が流れた。