雨露の花
王花祭当日、エルメランドは奇しくも雨天に見舞われ、どんよりとした雲に春の陽光すら姿を隠していた。
人々が慌ただしく駆け巡っているのは何も街中だけではなく、城に住まう王族やその従者たちも同じである。
「あーあ。今日は中止になんのかな、祭り」
一際残念そうに言ったのはエルメランド王国の第二王子であるロレンスだった。
その隣を急ぎ足で歩いている兄の第一王子、シャルルは呆れたような表情を浮かべる。
「今はそれどころじゃないだろう? 父上が俺たちを直々に呼び出すなんて何か大事な用でもあるはずだ」
幼い頃から変わりのない真面目な兄の言葉に、ちぇっと不服そうに呟きながらロレンスは歩を進めた。
同じ血を分けたとは思えないほどに真逆な性格の兄弟ではあるが、それはそれで何とか上手くいっているのである。
ロレンスは長い廊下を歩きながら頭の上で腕を組んだ。
今まで滅多なことでは国王である父から直々に呼び出されることなどはなかったのだから、余程のことなのだというシャルルの言葉も理解は出来る。
しかし、それなら何故妹のティアナは一緒に呼びつけられなかったのだろうかという疑問がロレンスの頭に浮かんでいた。
叱られる時も誉められる時も、いつも三人一緒だったというのもあってどこか落ち着かない。
「なあ、何でティアだけ呼ばれなかったんだと思う?」
「……さあな」
ロレンスの問い掛けに短く答えたシャルルが分厚い樹の扉を軽く叩いた。
扉の向こう側からはいつもと同じ、父王の穏やかな声が返ってくる。
「父上、失礼します」
「シャル、ロロ。急に呼び出してしまってすまない」
二人を迎えた王は困ったような微笑みを湛え、頭を掻く。
「ティアは? 呼ばなくていいのか?」
シャルルからは明確な答えが返ってこなかった先ほどの質問をロレンスは王に投げ掛けた。
すると、王の顔からは柔和な笑みが消え、真剣な面持ちに一変する。
「──二人を呼んだのは、そのティアのことでだ。」
心当たりのないシャルルとロレンスは顔を見合わせた。
ティアナのことであるのであれば、直接彼女を呼べばいいものである。
それなのにわざわざ兄二人を呼んだ理由とは一体何だろうか。
「見合いでもすんのか? ティアの奴」
その場に流れている神妙な沈黙を破るかのように、努めて明るくロレンスが尋ねる。
しかし、王は黙って横に首を振ってみせた。
「ティアに何かあったのですか?」
弟から父王へと視線を移したシャルルが静かに尋ねる。
口を開いては言い淀む王は一つため息を吐き出し、窓際の椅子に腰掛けた。
「お前たちは、六年前の王花祭でティアが倒れたことを覚えているか?」
「儀式の途中で、だったよな? 覚えてるけど、それが?」
重たい口を開いた王にロレンスが腕を組み、どうして今そんなことを話すのだろうかと訝しがる。
「あの時からティアはあるものに取り憑かれている……今もずっとだ」
「はあ? 何だよ、それ!」
王の言葉にロレンスが声を荒げた。
椅子に深く腰掛けたまま、王は藍色の瞳を伏せる。
今にも噛み付きそうなロレンスを制止しつつ、今度はシャルルが訊いた。
「そのあるものとは、ロザリーの事件と同じものですか?」
王はその言葉に頷き、自らもゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ……このままではかやティアの命が危ない。昨日届いた手紙にも、ティアを呪ったと書いてあった」
机の上に束ねて置いてあった手紙の内から一通を選び、王はシャルルとロレンスに手渡した。
既に開封されていた手紙を開き、シャルルの視線は綴られた文字を追う。
ロレンスはその隣から覗き込むように手紙を眺めていた。