繰り返される悪夢
ぼんやりとした光の渦に身体が包み込まれていく。
ああまたこの夢か、とティアは微睡む意識の中で呟いた。
「こんばんは、オヒメサマ。今日も綺麗だね」
甘い言葉を囁く彼は、夢の世界の住人と自称するナイトメアという男だ。
ティアが十歳の時に初めて会ってからはごく頻繁に夢の中に姿を現してはこの調子なのである。
「君、いい加減にしてくれない? 毎回人の安眠を妨げるなんていい趣味じゃないよ」
今晩のティアはいつも以上に不機嫌だった。
何故なら、明日は年に一度の王花祭なのである。
ティアにとっては息の詰まる王室を誰に引き留められることもなく堂々と抜け出すことが出来る特別な一日だった。
ゆっくり休んで目一杯祭りを楽しみたい──そんな思いを邪魔されたのだから、少しくらいトゲのある言葉を投げ掛けてしまっても仕方がない。
「今日はね、オヒメサマに大事なことを伝えにきたんだ」
相変わらず笑みを浮かべたまま、ナイトメアは告げる。
そして、どこかへ誘うかのようにそっとティアの華奢な手を取った。
「離してよ」
「離さないよ。ボクは、ずっとここでキミを待っていたんだから」
身動ぎするティアに、ナイトメアはぎゅっと彼女の手を握る自らの手に力を込めた。
いつになく力強い口調の彼はじっと不思議な色合いをした双眸でティアを見つめる。
「今夜こそキミにはボクのところへ来てもらうよ」
「嫌だ! 離して!」
何度も拒み続けていたナイトメアからの申し出だったが、今回こそは彼も退く気はないようである。
かといって、はいそうですかと易々と連れ去られる訳にはいかないのだ。
ティアにはエルメランドがある。
それに、得体の知れない夢の世界に引き込まれるなど、何が何でも阻止しなければいけなかった。
「私は、あんたの物になんかならないんだから!」
早く目が覚めて、元の現実でいつも通りの生活に戻りたい。
ティアが強くそう願った時、ふとナイトメアの力が弛む。
その隙を突いてするりと彼から逃れると、ティアはナイトメアから距離を取った。
ようやく諦めたのだろうかと彼の表情を伺っていると、ナイトメアのギリッと奥歯を噛み締めた音が聞こえる。
「……キミもロザリーみたいになりたいのかい?」
「え……?」
ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れず、ティアは眉をひそめた。
しかし、ナイトメアはそれに答えることもなく、今度は残忍さが滲む笑みを浮かべる。
「それならボクは、キミに一年だけ時間をあげよう」
その言葉にティアがほっと安堵しかけた時だった。
ナイトメアの骨張った手が印を結び、暗いもやが辺りを覆い込む。
反射的に後退りしたティアだったが、逃げ場はどこにもなかった。
「一年後……キミが十七になる時にもう一度迎えにくるよ。その時までにキミの意志が変わらなければ、キミはこのまま夢の世界から戻れない。そういう呪いをかけておくよ」
「そんなの……!」
ナイトメアの言葉はティアに選択の余地などないと告げていた。
どちらを選んでも現実の世界で今までのように両親や兄たちと暮らすなど出来ないという、あまりにも卑怯なやり方にティアは憤る。
「ロザリーみたいに、キミも永遠に眠ったままでいたくなければ……ボクのところへ来るしかないんだよ」
霞の向こうへ薄れていくナイトメアの唇は弧を描いていた。