陽光の王花
幸いなことに、王花祭当日の空は青く澄み渡り、雲一つない晴天だった。
朝からバタバタと準備に忙しいティアは、もううんざりだと言わんばかりの表情で項垂れている。
「おいおい、主役がそんなんじゃ国民の士気が下がるだろ? 馬子にも衣装ってやつか? 結構似合ってんじゃねえか。──ほら、この前サイモンが言ってたやつ」
式典用の礼服を身に付け、いつもとは違ってどこか大人びて見えるロロがにっと笑いながら捲し立てるように言った。
彼も少しは緊張しているのだろう、らしくなく諺なんてものを口にしてみるなんて。
ティアは大袈裟なため息を吐き出し、椅子に腰掛けたままでぶらぶらと足を揺らした。
「馬鹿にも衣装に変わるといいね、そのことわざ。案外似合ってるじゃない、ロロも……少しは賢そうに見えるし」
父譲りの密色の髪によく映える母譲りの淡いすみれ色の双眸、少しだけ日に焼けた肌はロロの活発さを引き立てている。
成長期に入った頃からどんどんと伸びていく背や、筋肉質になっていく体躯がとても羨ましかった。
自分も男に生まれていれば、もっと堂々と剣術や馬術にも勤しめたのだろう。
禁止されている訳ではないが、両手を挙げて歓迎されている訳でもない。
兄二人の剣術の稽古についてくるティアには、指導者である騎士隊長もどこか微妙な面持ちなのである。
「あー、早く終わらないかなあ」
「ティア、もう少しおしとやかに」
「……はーい」
落ち着きのないティアの長い白金の髪を結い上げている侍女が困惑しているのに気付いてか、ふとそれまで押し黙って何かを考えていたらしいシャルに注意される。
流石のティアでも、長兄からの言葉とあっては素直に従うしかないのであった。
開け放たれた窓の外には穏やかな春の日射しに照らされた街並みが広がり、どこからともなく朗らかな演奏が聞こえてくる。
静かに瞳を閉じたティアは、いつの間にかその美しい音色に聞き入っていた。
それまでとは一変し、厳かなものに変調したメロディが風に乗って街中に響き渡っている。
胃がキリキリと痛むのは、いつになく緊張しているからなのだろうか。
人々の歓声の中、祭壇に上ったティアはごくりと唾を飲み込んだ。
少し離れたところにいる二人の兄へと視線を送れば、頑張れという表情を向けられる。
シャンパン色の大人びたデザインのドレスはどうにも慣れないし、この日のためにと伸ばした髪はまるで貴婦人のように美しく結い上げられていた。
ふわりと吹いてくる春の風が頬を擽り、ようやく踏ん切りのついたティアは女神を模した彫刻の前に置かれた杯の元へ跪く。
「母なる夜明けの女神よ、我が祈りを聞き届けたまえ。我は主の意思を継ぐ者である。我が名は────」
手元の古びた書に従ってティアはつらつらと声を発する。
よく通る鈴のような声音が、いつの間にか演奏の止んでいた祭壇周辺に響いていた。