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王女は覚めない夢を見る  作者: vanille
―エルメランド―
3/11

王花祭前日

「なあなあ、ぜーったいに父上には内緒にしてろよ!」


「分かってるってば。ロロこそうっかり口を滑らせちゃわないでよね」


 エルメランドに王女が誕生してから十回目の春の日のことである。

 王女の誕生日を祝う、王花祭を翌日に控えていた街は祭りの準備で慌ただしかった。


「まったく、お前たちは二人ともうっかりしているからな……ロロもティアも父上から大目玉食らいたくなければ慎重にしていろよ」


 活気付く街に紛れ込んでいるのは三人の子どもたち──二人の少年と、一人の少女である。

 ロロと呼ばれた少年と少女が今にも言い争いを始めてしまいそうなのを見かねたもう一人の少年がため息混じりに言った。


「……シャルのお小言が現実にならないように気を付けるよ。という訳で、ロロのお世話はシャルに任せたからね」


 一瞬、むっと唇を尖らせかけた少女だったが、思い直したようにそう答えると可憐な笑みを浮かべる。

 ぽんと幾分背の高い少年の背を軽く叩いた少女は気を取り直すかのようにうーんと伸びをした。


 朗らかな陽光が反射してきらめく噴水や、他国から輸入した煉瓦が並ぶ灰白色の街道──三人は両親の目を盗んではこっそりと街を訪れて普段目にすることのない光景に感嘆を漏らしていた。


「おーい! シャル、ティア! こっちこっち!」


 ロロの明るい声が響く。

 彼の示す方向には、一際華やかに彩られた祭壇のようなものがある。

 年に一度執り行われる王花祭だが、今年は今までよりもずっと国民の気合いの入り様が違っていた。

 何故なら、王女の十歳の誕生日を祝う年には区切りとしてある儀式のような物が行われるからである。


「すっげえな、明日あそこにお前がいるんだぜ? 上手くやれんのかよ?」


 からかうような口調で言ったロロの頬を背伸びしたティアがつねる。

 痛い痛いと騒ぎ立てるロロが少し哀れになって、シャルがティアの頭を撫でて宥めた。

 思えば、まだ幼子だった自分にも父親の大きな手のひらがこうしてくれていたのだ。

 国が発展するにつれて公務だ外交だと忙しい父親は妹に余り構ってやる暇さえないのだった。


「ティア、今年の王花祭は特別なのは知っているかい? あの壇上に上って、簡単な儀式をするんだ」


「儀式? なにそれ」


 大人しく頭を撫でられながら、ティアは上目遣いでシャルを見る。

 見る間に生意気で男勝りに育ってしまった妹は、黙っていれば花のように可憐な少女だった。


「国を代表する王女としてエルメランドを守護する夜明けの女神に祈りを捧げるんだよ。そして、女神の祝杯を受け取って、中身を飲み干すんだ」


「それって……お酒じゃないよね?」


「当然だろ。ブランデー入りの焼き菓子で酔っぱらっちまうようなお子さまに酒なんて飲ます訳ねえだろー」


 茶々を入れるかのように言ったロロの言葉のお陰で、ティアの脳裏には忘れ去りたい過去の光景が蘇る。

 たった一つ、ほんの香り付け程度にブランデーを入れられた焼き菓子を頬張っただけなのに頭は割れるように痛むし、目の前がぐらぐらと回るような心地で気分が悪いしで大変だったのだ。


「大して変わらないお子さまのくせに」


「でも、お前より年上だからな!」


 得意気に笑うロロを小突きながら、ティアはむっと頬を膨らませた。

 いくら自分の方が大人びているとはいえ、ロロが年上であることには変わりないのだ。

 ああ言えばこう言う、とった状態の二人に再びため息を溢しながらシャルは花々で彩られた祭壇を眺めていた。

 ──無事に終わればいいんだが。

 シャルは内心、不安な気持ちを抱えていたのである。


 エルメランドにはここ二百年もの間、ティア以外に王女が誕生したという歴史がない。

 そして、歴史に残る最後の王女であるロザリーは弱冠十歳でこの世を去っているのである。

 ロザリーが命を落としたのは彼女の誕生祭でのことであったというのだ。

 歴史書には、彼女が儀式の途中でいきなり意識を失い、そのまま帰らぬ人となったと記載されていた。

 ロザリーを亡くした後のエルメランドは災害や凶作などが続き、人々は飢えに苦しんだのだという。

 その後、数代に登る国王たちの奮起によって現在のエルメランドがあるのである。


 ロザリーの時のように、ティアに何かがあってはいけない。

 王国のためにも、大切な妹のためにも。

 物心ついた頃から兄二人の後を追って走り回っていたティアがいなくなるのを考えるだけで、とても胸が苦しかった。



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