オペラは恋の歌を奏で
歌声が途切れて、拍手が沸き上がり、幕が下りたのが分かった。ジョージアナは身をそっと離した。
「いつまでくっついてるのよ…離れて」
悪い魔法が解けたように、ジョージアナは小声でフレデリックにとても冷静に言った。
「…うっとりした顔をしてたくせに…」
くくっと喉をならすように笑うフレデリック。
立ち上がろうとするジョージアナに、条件反射のようにそつなく手を出して立つのを助けるエスコート慣れしているフレデリック。
ジョージアナはさっとフレデリックから離れるとカミラの元へ近寄った。
「カミラ大伯母様…幕間ですわ」
揺らして起こす。
「えっ…あら…」
カミラははっと少しばかり寝ていたという風情で立ち上がった。
居眠りするなんて、何のためのお目付け役なのよ。お陰で変な雰囲気になってしまったじゃない…。
ジョージアナはパウダールームに向かうと、身なりを直す。
ふと鏡をみて、仄かに上気した頬と、潤んだような青い瞳の自分の顔に息を飲んだ。
こんな顔でフレデリックの横にいたの!
ついほんの数日前までのジョージアナは…それまではどんな顔でフレデリックと過ごしていたのか…。
しっかりしろと頬を軽く叩いた。隣の夫人が少し驚いてジョージアナを見たのがわかった。
オペラはまだ後半が待っている。再びカミラが寝ない事を願いつつ、ジョージアナは席に戻った。
フレデリックはジョージアナを座らせて、自分も座ると小さなテーブルに置いたグラスを手渡した。
「ワイン飲むでしょう?レディ カミラもどうぞ」
にっこりと微笑むと、カミラは上機嫌でグラスを受け取った。
「ありがとうフレデリック。頂くわ」
ジョージアナはそれほどお酒に弱くはない。少しくらい飲んでも大丈夫だ。
後半は、王子と乙女が障害を乗り越えていくストーリー。
ジョージアナは隣のフレデリックを意識しないように、それでいて思い切り気にしていたけれど…。顔を舞台に向けて集中するべく頑張った。
何故、そんな風に意地になったのかわからないまま。
舞台では、やがてクライマックスに向けて歌が迫力を増していく。役者たちの最大の見せ場。
《例えどれほど反対されようと愛を貫く!》
力強く歌い上げる王子役。
「まるでライアン卿のようだね」
「えっ?」
「レディ エレナとの愛を貫いた」
思わずジョージアナはフレデリックの方を見てしまった。
「君にもそんな情熱的な血が流れているんだよ、ジー」
ニヤリと笑う。
「お父様とわたくしは違うわ」
「そうかな?さっきの顔を思い出すと…まるでこの乙女のような表情をしていたよ?ジー…」
にこやかに話しかけるフレデリック。
カミラには話の内容までは聞こえないだろう。
「馬鹿じゃないの…!」
動揺を隠しきれていないジョージアナにフレデリックは面白い物を見るかのように観察を続けていた。
これ以上顔を見られたくなくて、ジョージアナは動揺してますと言わんばかりに扇で顔を遮るように使ってしまった。
何故だか、フレデリックに負けている。負け続けているそんな気がして悔しかった。
「1度目は仲直り、2度目はお仕置きだったかしら?3度目は何?」
そっと扇越しに聞いた。
「3度目は…恋のはじまり…かな?」
くすっと笑うフレデリック。
動揺するかと思ったのに、全く平然と答えられた事に、そしてその言葉にジョージアナは頬が赤くなったのが、鏡を見なくても分かるくらいに自分でも分かった。
まさか…の答えだったのだ。
薄暗い照明の下で良かった…!
明るければ尚更、その事に羞恥を覚えたに違いなく…。立ち直れそうにない…。
興味本位に聞いてみて後悔した…何故そんなことを聞いてしまったのだろう…からかうようなその言葉にこんなに恥ずかしくなるなんて。どうかしてる…
「ありふれた言葉だわ」
ジョージアナはやっとそれだけを言い返した。
「そうかな?ありふれた言葉にこそ重みがあることもある」
フレデリックはいつも通りの笑みを浮かべて、にこやかにしている。
その事がよりジョージアナに屈辱を感じさせた。
オペラはクライマックスを迎えたが、全く耳を素通りして脳にまで到達してくれなかった。