現実主義
「あぁ、もうっ！」
いつもなら楽々弾きこなせるはずの曲につまづく…。
朝食前の朝…。指ならしのはずが上手くいかない…。
フレデリックの思惑通り？にジョージアナは彼のことばかり思い出していた。
…昨夜はあまりの力の差に動揺していた。そして、フレデリックの変貌ぶりが思い出されて…何もかも上手くできなくなった。こんなことははじめてだった。
「ジョージアナ？どうかしたの？」
エレナが優しく尋ねてきた。
「何でもないの。少し指を痛めただけだわ」
と切り上げて、
「食事も部屋で摂りたいから…」
「ジョージアナ…それは駄目よ。貴女はまだ結婚前なのだもの」
エレナは意外とこういうところはきっちりと注意してくる。
「私は貴女のお母様ではないけれど、お父様の妻として言うべき所は言わせてもらうわね？」
「…わかったわ…」
八つ当たりのように扉を乱暴に閉めてしまった…。
朝食の家族揃った席でも、ほとんど無表情で食べ終えると、ジョージアナは部屋に籠った。
エレナが気にして来てくれたけれど、八つ当たりしてしまいそうで、チェルシーに断ってもらった。
変わってフェリクスがやって来た。
「どうかしたのか？様子が変だ」
「…頭の中がお花畑なお兄様には分からない悩みよ！あっちに行って」
どうしようもなく攻撃的な態度が出てしまう。
「…あのさジョージアナ…ちゃんと話さないと分からないだろう？」
「女心は複雑なのよ！」
ジョージアナは、優しく宥めようとするフェリクスにクッションを投げつけた。
ああもう嫌だ嫌だ。こんな自分…！
「しばらく放っておいて！」
フェリクスは降参とばかりに部屋から出ていった。
「どうなさったのです？本当に…？」
チェルシーがいつになく荒れているジョージアナを怪訝そうに見つめる。
話せば楽になるのか？
いや、上手く説明出来る気もしない。
とにかく今は優しくされればされるほど、悪化しそうな気がする。
ジョージアナは、昼からの予定に母を訪ねようと思い立った。現実的なエリザベス。恋だの愛だのよりお金や身分…(のようにジョージアナには見える)が大事な彼女に会えば、物事がすっきり片付くような気がしてきた。
ヨーク・ブリッジ邸を訪ねてみると、ジョージアナは玄関ホールでしばし待たされた。
「ジョージアナ様、こちらへどうぞ」
執事が淡々と案内をしてくれる。
客用のガーデンに面した広間でエリザベスはお茶会を開いていた。それは予想済みだった…が…。
ジョージアナは少し、そこにいた所謂…酸いも甘いも経験したかのようなメンバーにひきつった…。
キャサリン・エーヴリー…ベルナルド卿と離婚。エヴァ・オーブリー、ブリジット・リンドマン二人とも、夫と不仲…という噂である。
会話は当然…夫への不平不満…。
「あら、ジョージアナ相変わらず綺麗ね貴女は」
にっこりとエリザベスが座るように促す。
「貴女は賢いから、結婚しても男を信用してはダメよ。ここの女性たちを見てみなさい。男に頼らず立派に暮らしていけるっていうことを証明してるのよ！」
いえいえ、お母様…お母様はお父様のお金で暮らして行けてるのよ…。
「…ええ、お母様…」
勢いが怖いので、同意しておく。
「本当にエヴァもブリジットもお金をがっぽり貰って離婚した方が楽しいわよ？何もかもが自由なんですもの。仲のよいふりもしなくてもいいし」
にこにことエリザベスが言っている。
「ライアンだってさっさとあの女と子供を作って、望みが叶って楽しそうじゃない。幸せそうなのは癪にさわるけれど、まあわたくしは離婚出来て本当に幸運だったわ！」
「羨ましいわ…レディ エリザベス」
ブリジットが言った。
「アドリアンも早く切り出してくれないかしら？」
ほぅっとため息をつく。
…結婚前にこんな話、聞きたくなかったわ…。
「いい？レディ ジョージアナ。絶対お金のある人と結婚する方がいいわ、でないと離婚してもお金がたっぷり貰えないんですからね？」
「ええ、レディ キャサリン…」
女って怖い…。わたくしも女だけど…。
「優しくしてくれるのも若いうちだけ、子供を産んだらもう終わりよ終わり。用済みなのよ」
エヴァがジョージアナに忠告してくる。
「でもうちはそれほどたくさん貰える訳でもないし、我慢するしかないわね…はぁもう帰ってこなくて良いのに…」
「まぁ…ほほほ」
ジョージアナはわざとらしく笑いを返してみた。
…怖いわ…奥様方…。
しかし、こんなダークな話をすごくいきいきと喋っていて、ジョージアナはげんなりしてしまった。
わたくしも未来は、ああ言っているのかしら…。
ジョージアナは余計に疲労をしてしまい、帰宅をした。
夜はまた舞踏会があるが…この気分のまま行っても楽しめそうもない。体調不良と偽って…いや本当に調子は良くない！
止めることにしたのだ。
