心乱れる公爵令嬢
〈公爵令嬢を全身に被っている?〉
…確かにそう…ジョージアナは、いつだってらしくあらねばならない。とそう教えられて来た。
無意識にそう常にあるほどに…。
完璧な容姿をもち生まれついたジョージアナ…そして高貴な立ち居振舞い、令嬢らしい教養…。
もっと素直に…エレナにもギルバートに言われた事と同じような事を言われた。
ふと気がつくと、次のダンスの相手がジョージアナに近づいてきていた。
「やっと私の順番ですね」
…彼は確か、マーティン・レイモンド…同じ年にデビューしたジャスティンの兄だ
「今日はいつもより可憐な装いで、可愛らしいですね レディ ジョージアナ」
にっこりと微笑まれて
「そうでしょうか?」
やっぱり…似合ってない…わよね…
「優しい雰囲気でとてもお似合いです」
「えっ…?」
「いつもこう、隙がなくて近寄りがたい印象なのですが、今日はどこか頼りなげで男心をくすぐりますね…」
「…そ、そうなのですか…?」
そんな事を言われると動揺する…!
「…フレデリック卿ですか?貴女を変えたのは?」
「フレデリック?」
変えた…といえばきっかけは確かにフレデリックなのかもしれない。
「やはりそうですか。美しい貴女を射止めるのはフレデリック卿でしかありませんね」
とにこやかに微笑んだ。
またここでもフレデリック…
これがわたくしが無意識に作りあげてしまった、結果なのね…。
「まぁ、まだわかりませんわ…」
と微笑んで誤魔化そうとする。
けれど、今更無駄なのかもしれない。
曲が終わり、お辞儀をして離れる。
呼吸をするかのように無意識に行える動作。
ああ、もうなんだかすべてを投げ出したい気持ちさえする…。
何もかも…訳がわからなくて…自分の心さえ…見えない。
もう、今日も帰ってしまおうかな…。
会場を見れば、社交界の注目は、すでに新しい令嬢たちに移り代わり、ジョージアナが一番の花だった時は過ぎた。
そう…時は流れた…幼かった、友人のシャーロットの妹のアデリンやユリアナの妹のアナベル。
そしてフェリクスの婚約者のルナ。今年デビューしたアデリンの妹のエーリアル。
毎年デビューするレディたち、キラキラしてる彼女たちが若い貴公子たちの関心を得ているのだ。
ジョージアナがここで帰ろうと、がっかりする人もいないだろう。
ジョージアナはそう決めると、会場をそっと滑るように出た。
「…帰るの?ジョージアナ」
間近でいきなり声をかけられてジョージアナは慌てて振り返った。予想通りのフレデリック…。
「ええ、つまらないから」
ジョージアナはさっと歩き出し、預けていたケープを受けとる。
「ふぅん?じゃあ俺が送っていってあげるね」
にっこりと笑う。
「一人で帰れるから問題ないわ。フレデリック、まだまだ舞踏会は終わってなくてよ?楽しんでいらっしゃいよ」
コツコツと規則正しい靴音をさせてジョージアナは馬車つき場に向かう。
舞踏会の広間から離れると、夜の静けさがやってくる。
ジョージアナの靴音とフレデリックの靴音…。
「どこまでついてくるの?フレデリック…」
と振り返った瞬間に、ジョージアナはフレデリックに腕を掴まれて、壁に押さえ込まれた。
「どういうつもりなの?フレデリック」
「つれないね?ジー」
フレデリックは力を必死に込めている風でもないのに、ジョージアナは逃れられそうもない。
「仲直りをした所なのに」
「ええ、そうね」
ジョージアナは人気のない回廊に目をやった…
まだまだ宴もたけなわなこの時間、馬車に向かう人はいない。
「離してフレデリック」
ガッチリと肘が押さえられ、体はピッタリとフレデリックの体で密着されてジョージアナは動けなくなっていた。
「もっと可愛らしく懇願してみてよ、ジー…」
「可愛らしくってなによ!いい加減ふざけるのは止めて」
「お願い、フレデリック離してって言ってごらんよ」
くすくすと、笑うフレデリック。
「馬鹿じゃないの!」
「ほらほら、ジー…怖くなってきた?震えてるよ?」
女性の中では長身な方のジョージアナ。フレデリックは男性にしたら背は普通くらいで見上げるほどの身長差でもない。
しかし、びくともしない力にジョージアナは確かに怯えを感じていた。
「お願いよ、フレデリック…離してちょうだい」
ジョージアナは言われるままに、そう言った。
「よく言えたね?ジョージアナ…だけど…お願いしたからって離すとは限らないんだ…ごめんね?」
フレデリックの顔がゆっくりと近づき、ジョージアナの額にフレデリックの髪がふれた。
暖かな唇が、ふわりと触れる…
昼間は、触れるだけだった…なのに…
フレデリックのキスは、大人のそれに変わっていく…
くらくらとするジョージアナが崩れ落ちそうになると、フレデリックはようやく腕を離して、ジョージアナの腰を支えた。
ドレス越しに、彼の体温を感じる…
ジョージアナの心臓は早鐘を打ち、フレデリックにもそれが伝わるようだった。
「次にまた俺を拒絶したら、こうしてまたお仕置きをしてあげるよ?ジー」
フレデリックが微笑んで体を離した。
「えっ…?」
「お仕置きが欲しかったら…また拒絶してみる?」
くすっと笑った。
なに?こんな人だったの?
いつもの人当たりの良い青年は嘘だったの?
「あのさ、言っておくけど俺がこんな風になったのは君のせいだよ?だから責任とってくれないとね?」
さぁいこう、と馬車につれて行く。
アシュフォード家の屋根のない馬車に乗り込むと、フレデリックはいつもの優しいフレデリックだ。
「ジョージアナ、星が今日は綺麗だ」
「ええ、そうね」
「明日の朝は乗馬でもしようかな?」
「…ええ、そうね…」
「チョコレートでも食べようか?」
「ええ、…そうね」
「今からスケートでもしようか」
「ええ、そうねその通りだわ…」
この変わり身はなんだろう…。
上の空のジョージアナにフレデリックは機嫌よく話し続けた。
「じゃあお休み、今度オペラにでも誘うよ」
愛想のよい微笑みでフレデリックは玄関ホールまでジョージアナをエスコートすると、
「フレデリック様、いつもありがとうございます」
「いや、私の役目だと思っているからね!ジョージアナのエスコートは任せてもらって大丈夫さ!」
ウィンスレット家の執事にもにこやかに対応して帰っていった。
「フレデリック卿はこう、成人なのに子犬のような可愛らしさがありますわねジョージアナ様」
にこにことチェルシーが言う。
「仲直り出来て良かったですわね!」
子犬…?可愛らしさ…?
「どこがよ!」
ジョージアナの叫びにチェルシーは驚いたが、てきぱきとドレスを片付けた。
ジョージアナは今日一日、フレデリックに振り回されて、もうぐったりであった…。