恋がわからない
「…うーん…アナ…。はっきり言って、気持ちをきっちりと伝えなかったそのせいもあるとわたくしは思うわよ?」
フレデリックとの話を相談したシャーロットはそう言った。
舞踏会の最中、呆然と立っていたジョージアナを気にして、どうしたのかと話を聞いてくれたのだ。
「そもそも…アナはフレデリックの事はどうなの?好きなの?」
好き…?好きだとか…なんだとか…本当によく分からない…。
「…わからない…だってフレデリックだってわたくしを好きだと言ったことも無いのよ?なのにどうしてわたくしが好きだなんて思えるのよ…」
「前からフレデリックに決めていたのじゃないの?」
「…でもなにもはじまる前にお断りされたみたいな感じで…もういいかなぁなんて…」
ジョージアナが言うと、シャーロットは手を握って
「いつからアナはそんな後ろ向きになったの?情けないわよ…!」
シャーロットはジョージアナの顔をじっと覗き込んで、心配そうに見ている。
「後ろ向き…そうかしら…」
後ろ向きといえばそうなのだろう…。
ちらりと見るとフレデリックは、アナベルと踊っていた…。
陽気で楽しい雰囲気のアナベル…フレデリックは彼女を選ぶのだろうか?ジョージアナをふって…。
「ジョージアナ…?どうかしたの?」
座って話し込んでいるジョージアナとシャーロットにエレナが話しかけてきた。
愛人上がりだと噂されるエレナをよく思っていないシャーロットの顔が険しくなる。
「顔色が良くないわ…私たちはもう帰るから、一緒に帰る?」
エレナからは匂いたつような色香…。
ふわりと柔らかな手がジョージアナの頬に当てられる。
「エレナ…」
「気分が悪いの?」
シャーロットと反対側に座ると、そっとジョージアナを心配そうに見ている紫の瞳…。
「気分が悪い…ええ、そうみたい…。一緒に帰るわ」
エレナは、父ライアンの奥さん。
ジョージアナの母ではない。
けれど包み込むような柔らかな優しい空気がジョージアナを包み込み、安心させる。
ここは甘えてしまえ、とジョージアナはエレナと共にライアンの待つ馬車に向かうことにした。
「レディ シャーロット…どうもありがとう。また遊びに来て下さいね」
微笑みを浮かべてエレナは言った。
ライアンが扉を開けて馬車に乗り込むと、エレナは柔らかな体にもたれかけさせてくれた。
「エレナ…気持ちいい…」
傷ついた心に、今はこの感触が優しい…。
「おい、ジョージアナ…ちゃんと返してくれよ…」
何をよ…父…。
ちょっとくらい貸してくれてもいいじゃない…わたくしは傷ついてるのよ…
ふられっぱなしで…!!
あまりにもエレナにくっついているので、ライアンがイライラとジョージアナを見て我慢していた。
ウィンスレット邸に着くと、ライアンはエレナに代わってジョージアナを部屋まで連れていくと、
「ゆっくりと休め…おやすみ」
と微笑んで部屋に押し込んだ…。
はやく二人になりたくて娘を邪険に扱ったわね…あの色ボケ中年…!
父親にもふられたような気がして思わず苛立った。
ジョージアナはほぼ父の思惑を正確に見抜いているはずだ…!
「ジョージアナ様今夜はずいぶんとお早いお帰りですわね」
メイドのチェルシーが入ってきた。
「今あの色ボケ中年がわたくしを邪険にしたのよ!」
イライラと言うジョージアナ
「あらあら…仕方ありませんわ…旦那様は新婚ですからね」
チェルシーはジョージアナの乳姉妹でそのままメイドになっている。
ジョージアナの信頼するメイドだ。
「新婚って柄かしら?」
側にたったチェルシーはジョージアナのドレスを丁寧に扱い脱がせる。
「こう申してはレディ エリザベスの悪口になって申し訳ないですけれどね?私たち使用人もエリザベス様のなさりようはあんまりだとずっと思っておりました…。ですからね、今幸せそうな結婚生活を、されている旦那様を見てみんな嬉しいのですわ」
エリザベスはジョージアナの母。ずっと不仲だったライアンと離婚したのは去年の事。
一つ年上だけではあるが、チェルシーは邸の事にとても詳しい。そう話ながらも、コルセットを外し、楽なワンピースに着替えさせてくれる。
「まあ、多少…いえずいぶんと使用人一同、旦那様とエレナ様が二人でいらっしゃるところには不用意に近づかないように気を使ってはおりますけれど…」
「えっ?どうして?」
「まあ、嫌だジョージアナ様ったらわかるでしょう?もう大人なんですし…」
その含みある言葉にジョージアナは、ようやく思いあたった。
くすっとチェルシーが笑う。
「旦那様が色ボケだって言うのは正解ですわ、きっとまた近々弟君か妹君が誕生するでしょうね!」
昨年末…弟のジョエルが誕生したばかりだ。
年の離れた弟のジョエルをライアンは溺愛している。父の生々しい事情にジョージアナは少しげんなりする。
「まあ、そんな顔をなさって…旦那様はまだまだお若いしエレナ様もお若いし…何より…」
チェルシーは言葉を一端止めた。
「あの美しい事といったら!」
やや興奮ぎみにブラシを動かしてジョージアナの髪をとかす。
「あんなに細くていらっしゃるのに、お胸は柔らかくて大きくて、お腹はぐっとくびれて細いなんて本当に反則なお体だし、お顔はもちろん、言うまでもないでしょう?」
くすくすとチェルシーは続ける。
「側でお世話をしてるチェリーとデイジーはいつも同性ながらドキドキするのですって」
「ふぅんそうなの…」
チェルシーのおしゃべりにもイライラしてきた…。
エレナの事はむしろ好ましく思ってる。人柄としては。ただ、エリザベスの娘としては複雑な思いもあるのだ。
確かに、もたれかけさせてくれたエレナは柔らかくて気持ち良かったなぁ…と、思うけれど。
「…で…ジョージアナ様…何があったのです?」
頼もしく言うチェルシーに、ジョージアナはフレデリックとの会話を話した。
「あのね、ジョージアナ様…男の人だって、好かれているかどうか気になるものですわ。特にジョージアナ様は高嶺の花みたく高慢な雰囲気ですしね…その答え方はいけなかったと思いますよ?」
「どう言えばいいって言うのよ」
「わたくしの側にいて!…とか?行かないでフレデリック…!とか?」
「ええっ?そんな事…言えないわよ…」
「まぁ、だからダメなんですわジョージアナ様…ちょうどお手本がいらっしゃるからお勉強なさいませ」
「お手本…?」
「エレナ様ですわ、旦那様にたいする言動をよくごらん下さいな」
どうしてチェルシーはエレナ推しなのよ…。
でも、確かにフレデリックが行ってしまってジョージアナは傷ついた…。
行ってほしくなかったの?わたくしは?
フレデリックに恋をしてるわけでもないのに、そう思うことは我が儘じゃないだろうか…
これまで勉強や令嬢としてふさわしい教養はすべて教わってきた…。でも人として当たり前にみんな出来てる恋…それがジョージアナにはわからない。好ましく思うのと恋をするのは違うのだとジョージアナにも今はわかっている。
だってみんな相手に夢中になっている。ジョージアナはそんな気持ちになったことなんて一度もなかった