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俺を選べ

ブラッドフィールド公爵邸の舞踏会は、大人のムードの漂うシックな室内と音楽で年齢層も割合と高めである。

ジョージアナもこっちに呼ばれるようになったのか…とそう思った。


ジョージアナのドレスはローズピンクの艶やかなシルクに細やかな細工の美しいドレス。フレデリックはグレーのテールコート、しっくり来る衣装の組合せだ。

フレデリックがジョージアナに微笑みと共に話しかけ、彼の人好きのするその笑みに、ジョージアナも微笑みを返す。

しかし、ジョージアナにはその笑みはどんな笑みなのか…。あのオペラの時のようにジョージアナの知らない顔を見せてはいないかと訳のわからない不安に襲われる。


なんて臆病になったんだろう…。


ここのところ、真っ直ぐにフレデリックの顔が見れなくなっている。そしてまたこの夜も…。

今夜は、高位の貴族たちの舞踏会、それはより社交的な意味合いが強いとも言える。若い貴公子、令嬢たちのお見合いというよりは、政治的な結び付きだった。

ライアンもフェリクスもどこかにいるはずで、爵位のない貴族はよほどの実力派でなければ来ていない、そんな選りすぐりの招待客であった。

「この間はずいぶんと素敵な姿が見れてよかったよ」

朝の乗馬の事を言い、にこっと微笑むフレデリックに、ジョージアナはその記憶をどうか早く消してほしいと無視をした…。


いつものように、ダンスを踊り、会話を楽しむ。なのに少しも楽しめず、ただ重苦しい疲労がジョージアナを包み込む。


「ジョージアナ、どうしたの?」

「フレデリック…」

「少し休もうよ」

そんな浮かない様子のジョージアナを見て、フレデリックが次の相手にダンスを断ってテラスに連れ出してくれる。テラスに二人で出た、その事に気づいたのは夜空を見てから。

「…テラスに二人なんて…戻るわ」

フレデリックがジョージアナの腕を掴んだ。

「また、俺から逃げるつもり?」

フレデリックと壁との間に挟まれる

「させないよ」

かつての、あの力の差を思い出してジョージアナはフレデリックに再び恐れを感じた。

「…離して、フレデリック。お願いよ」

ジョージアナはかつての教え通りに言った、その筈だ。

ふっとそれに優しい笑みを浮かべたが、

「よく言えたね?ジー」

しかしあの時と同じくフレデリックは開放しようとはしなかった。

フレデリックの指がジョージアナの頬をなぞり、唇をなぞる。その触れるか触れないかの感触にぞくりとして体を震わせると、ジョージアナは顔を伏せようとした。

フレデリックの指が顎をとらえて、フレデリックと顔を合わさせた。キラリと光る青い瞳にはジョージアナのまるで迷子のような頼りなげな顔が映っていた。

「ジー…俺が恐いんだね?」

ジョージアナは言い当てられて、息を乱した。

「それはね、今の俺が紳士でも何でもなくて情欲をたぎらせた、男だからだよ。うぶなジーにはさぞかし恐ろしいだろうね?」

フレデリックの顔がゆっくりと近づく。

「これは情欲のキスだよ…」

腰に回された腕がぴったりとジョージアナの体をフレデリックに合わさせる。

反対の手はジョージアナの後頭部を支えて、かつてないほどの熱意の籠った口づけをされて、思わず押し退けようとするがびくともしないフレデリック。

ジョージアナの唇から痺れるような甘美な感触が押し寄せて、次第に抵抗は弱くなりジョージアナの腕はフレデリックの腰に添えられるだけになってしまった。


「俺にしておきなよ…」

唇をそっと離したフレデリックが囁いた

「…ぇ…?」

「君の婚約者として俺を選べよ…」

ジョージアナは驚いてフレデリックを見上げる

「からかってるの?」

もしそうならこんな事を言うなんて信じられない。

「わたくしを振り回して楽しんでるんでしょう?」

だってフレデリックはジョージアナから離れようとしていた。他の令嬢をエスコートしようと、婚約しようと関係ないと言ったではないか。

そのあと仲直りしても、たとえキスをしても、フレデリックからしてみれば二十歳を過ぎてもうぶなジョージアナをからかっているようにしか思えなかった。

「他の令嬢を選ぼうとしていた貴方が…」

ジョージアナはフレデリックから身を離すと、ふつふつと怒りのような感情が渦巻いた。

「2度とこんなことはしないで…もう、からかって遊ぶのは止めて」

知らず、涙が零れた。


なぜ泣くの…。この涙は何の涙?


テラスから中に入れば、暗めの照明の中、着飾った華やかな踊る人々。

ジョージアナは滑るように歩くと会場を後にして、なにも告げずに馬車を呼び寄せた。


最悪の気分だった。


なぜ涙が出るんだろう…心がどこにあるのかと…見えないはずのそれにジョージアナの胸は苦しく、そして痛かった…。

存在を感じなかったそのジョージアナの心が、凍ったような心が溶けるように、存在感を出し始めたのだ。

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