代理人
オペラでどぎまぎと動揺させられたものの、フレデリックは、その後はいつも通りの彼でジョージアナはホッとさせられた。
フレデリックに恋にうぶで奥手な部分がばれてしまったことでからかわれる、とジョージアナはフレデリックに会うたびに身構えていたが、砕けた口調はそのままだけれど、オペラの時のように、ジョージアナを動揺させて楽しむようなそぶりは見せなかった。
春の近づいたその日、久しぶりにシャーロットが訪ねてきた。
ルーファス、カイルと二人の男の子を産んだ親友はすっかり母親らしくなっていた。
ウィンスレット邸のジョージアナの応接室に向かっていると、エレナが前から歩いてきてジョージアナ達の前で立ち止まる
この日は公爵夫人らしからぬ質素な装いをしている事が、ジョージアナは気になった。
「レディ シャーロットよく来てくださったわ」
柔らかな笑みを浮かべるエレナ。
「こんにちはレディ エレナ」
一方のシャーロットは固い表情である。
シャーロットはエリザベスとの離婚原因となった(と噂されている)エレナに好印象がないのだ。
「ゆっくりしていらしてね」
エレナもそれをわかっているのか、お辞儀をするとそっと玄関ホールに向かっていった。
「入ってちょうだい、シャーリー」
と言った所で、エレナが歩いて行った方からドサリと音がして、見るとエレナが崩れ落ちるように床に倒れていた。
「ちょっとエレナ!?」
ジョージアナが駆け寄るより素早くシャーロットが駆け寄った。
「アナ!部屋に運ぶのよ」
シャーロットがエレナの体を支えているので、ジョージアナも反対を支えた。
二人が入ろうとしていた部屋をあけて、ソファにエレナを横たわらせた。
「コルセットを緩めるわよ」
シャーロットはてきぱきとドレスの背中を開けて、エレナのコルセットの紐を緩める。母は強しというかシャーロットは頼もしくみえた。
緩められたドレスとコルセットの合間からエレナの柔肌が見えて、ジョージアナはその色っぽさに同性ながらドキリとさせられた。
ジョージアナはベルをならし、使用人を呼んだ。
「お呼びですか?ジョージアナ様」
「エレナが倒れたの。お医者様を呼んで」
わかりました!と言うなり従僕はあわてて走っていった。
変わってチェルシーと、デイジーとチェリーが駆け付けて室内に入ってきた。その頃にはエレナは気分も治ったようでソファに座っていたが、顔は青白かった。
「ありがとうレディ シャーロット、ジョージアナ。もう大丈夫よ一瞬気が遠くなっただけなの」
「でもまだ顔色が悪いわ」
シャーロットがエレナに横になるよう肩を押さえた。
「約束があるから行かなくちゃ」
「エレナ様、今日はお止めになった方が…先方でまた倒れられても」
「…デイジー…でもみんな待っていると思うの」
エレナは躊躇いつつも行きたそうに言う。
「私が贈り物だけお届けしますから、どうかお休みください」
デイジーが止めよう言うと、エレナは思案するような雰囲気だ。
待っているから、贈り物があるとか、その訪問先はどこなのか、ジョージアナが気にしていると、
「レディ エレナ。お約束はどこなの?」
ジョージアナの疑問をを代弁するかのようにシャーロットが聞いた。
「セント・バーバリー修道院に児童書と洋服を届けるつもりだったのよ」
エレナがとても残念そうに言った。
シャーロットは場所を聞くと、
「じゃあわたくしとジョージアナが、代わりにお届けに行くわ。そしてレディ エレナが行けなくてとても残念だけど、また来ますってお伝えするわ。だから今日は休んで、ね?」
シャーロットがそう言い、ジョージアナは驚いた。
エレナが嫌いじゃないのか…と。
そうして、ジョージアナはシャーロットと共に馬車でセント・バーバリー修道院に向かうことにしたのだった。
「ねぇ、シャーリー。貴女エレナが嫌いなんじゃなかったの?」
シャーロットはジョージアナをちらと見ると
「確かに…愛人は気にくわないけれど、レディ エレナは修道院に慈善をされるのに無理をされようとしていたでしょう?わたくしが思ってるほど悪い女でもないのかなぁなんて思ったりして…」
「そう」
「お金だけじゃなくきちんと訪問してお手伝いをするような装いだったし、なんというか見直したの…」
シャーロットは微笑んだ
セント・バーバリー修道院でジョージアナ達を出迎えたのは初老の修道士のアラステア。
「アメジストさんの代理の方ですか、それはどうもありがとうございます」
呼び名にジョージアナが首を傾げると
「レディ エレナはこちらではアメジストさんと呼ばれております、瞳の色からそう皆が呼ぶようになりまして…」
疑問に答えるようにアラステアが言った。
シャーロットの言う通り、エレナはここで親しまれているようだった。
併設させている孤児院の子供たちと修道女の暮らすこの大きな修道院。院長のアラステアによると数年前からエレナは繕い物から料理の手伝いから、そして金銭的な援助はもちろん継続的にしてきていると話した。
シャーロットはこういった場所に慣れている様子で、孤児の子供たちの勉強を見てやったり、遊んだりと楽しそうに過ごしていた。
ジョージアナは戸惑いつつも、シャーロットを真似て子供たちや、女性たちと話したりとしながらひとときを過ごした。
帰りの馬車で
「ちゃんとした所だったわね、あの修道院は」
にこやかにシャーロットは言った。みんな身なりは清潔で、明るく楽しそうに暮らしていた。
「アナもエレナと次からは一緒に行くと良いと思うわ。慈善をするのは大事な事よ?アナのように身分のある女性には」
シャーロットはこういう施設などに貴族の援助は必要で、それも女性が進んで行うべきだと思うと力説した。
しっかりと伯爵夫人らしくなっているシャーロットが眩しいくらいだった。
このまま帰るというシャーロットを、馬車を向かわせてアボット邸で下ろしジョージアナは帰宅の途に着いた。
「おかえりなさい、ジョージアナ。今日は私の代わりに行ってくれてありがとう」
エレナが玄関ホールで出迎えてくれた。
「気にする事ないわ、それよりもエレナは大丈夫なの?」
とジョージアナが聞くと、エレナは頬を染めて
「あの…病気ではないの…出来たみたいなのよ、赤ちゃん」
と恥ずかしそうに告げた。
「ええっ!そうなの?」
こくっと頷く姿が年上なのに愛らしくジョージアナの目に映る。
チェルシーが言っていた通り、また弟か妹が産まれるようだ。
ウィンスレット家はまた賑やかになるのだと、ジョージアは素直に嬉しかった。
無邪気な子供は、屋敷を明るくしてくれる。
「エレナがずっと修道院に慈善を行っていたなんて知らなかったわ」
ジョージアナが言うとエレナは少し顔をうつむかせたが、
「私はね、あそこにいれていただこうと思っていたのよ」
「えっ?そうなの?」
修道院に入るということは、貴族の女性としては終わりに等しい。
「そう…でも、俗世を捨てようと悲観的だった私を、ジョージアナのお父様が助けてくださったのよ」
にっこりとエレナは笑う
この少しばかり年上の彼女は、想像以上に色々な事があったのかも知れない。とジョージアナは思った。
「父がねぇ…」
ライアンは貴族らしく冷淡な男だったと思うし決して親切なタイプではなかったと思う。どちらかと言うと非情な所があると思う。その父が助けたとは…どんな気まぐれと運命のいたずらが働いたのか
代理で修道院に行ったために、シャーロットにフレデリックとのことを相談しそびれてしまったことに今更ながら気がついたけれど、たとえ今日お茶をしても、うまく話せたとは思えなかった…